ノブ ・・第3部
「あら、じゃ、梨恵子の方が年上なのね?よろしいの?」
「はぁ?」
「だって、お付き合いなさってるんでしょ?あの子と」
「へ・・?」
ボクがしどろもどろになっている所に、リエ坊がグラスを載せたお盆を持って来た。
「もう、お母さんはいいから!あっち行っててよ!」
「あらあら、お邪魔かしら・・」
では、ごゆっくりなさって下さいね?オガワさん・・・とお母さんは軽く会釈して、奥に行った。
リエさん・・・ボクはリエ坊からお盆を受け取って、テーブルに置いてから言った。
「ねぇ、お母さん・・変な事言ってたよ?」
「聞いてたわよ、私だって」
「どういう事?」
「知らない!多分、私が初めて朝帰りして・・あ、昼帰りか、もう・・」
「おまけに男の子を連れて来ちゃったから、ビックリして浮かれちゃったんじゃないの?」
「初めて、なの?男子はオレが」
「あ、バンドのメンバーは来た事あるわよ?勿論・・」
「でも、1人って、シンが初めてだね」
「ごめんね、お母さんが変なこと言っちゃって」
「ひょっとして、気ぃ・・悪くした?!」
リエ坊がボクの目をのぞき込む様に見て、言った。
「ううん、驚いたけど、そんなワケなら仕方ないよね、勘違いしてもさ」
「・・」
「お母さん、いくつに見えた?」
「え?!お母さんの歳?」
「うん、いくつ位だと思った?」
ボクは困ってしまった。初対面の女性の歳なんて分かる訳ないし・・。
「う〜ん、リエさんが21だから・・・45歳位かな?」
「ブ〜!外れ!」
「じゃ、40?」
「ブッブ〜!はい、失格です」
「え〜、じゃ・・もっと若いってコト?」
「・・逆よ、ぎゃく!もっと上なの、あの人!」
「上?上って・・いくつなの?本当は」
「50よ、もう」
「え〜?!50歳?」
「信じらんないよ、50だなんて!」
「本当だよ、私はお母さんが29歳の時の子供だからね」
50って事は、うちのお袋よりも年上なんだ・・とボクは心底驚いてしまった。
どうするよ・・・お袋さん!
「若いんだね、リエさんのお母さん」
「違うのよ、一生懸命なの、若づくりってヤツ・・」
「でもさ、あんなに美人だったら、リエさんも自慢のお母さんなんじゃない?」
一瞬、リエ坊の顔が曇って、ボクはしまった・・と後悔した。
「ごめん、オレ・・」
「ううん、いいのよ。アイツも言ってたけど、仕方ないじゃん?見ちゃったものはさ」
「ショックが大きかったってのは事実だけどね」
いいの、もう・・リエさんは氷の入ったグラスに、白い陶器のポットから綺麗なルビー色の液体を注いだ。
「名前は知らないんだけどね、私の好きな紅茶なの・・いい?アイスティーで。」
「勿論、頂きます」
アイスティーは香り高くて美味しかった。
リエ坊も、静かに両手でグラスを抱えて飲んでいた。
窓の外は、青空と緑、白いテーブルと椅子、バラのアーチ・・・。
ボクの周りには今まで経験した事の無い、上品で静かな時間が流れていた。
「リエさんって、お嬢様なんだ」
「そんなんじゃないよ、たまたま、ってだけの事」
「でもさ、こんな雰囲気、オレ初めてだもん」
「何言ってるの!私だって初めてで楽しかったよ?シンの部屋・・」
リエ坊が心持俯いて、囁いた。
「何もかも初めてで、ドキドキして・・・」
「うん、オレもドキドキだった」
「ウソ!シンは・・余裕の塊に見えたよ?!」
「なに言ってるの、リエさん!こう見えてオレだって・・・」
ここまで言いかけた時に「・・ちょっと、よろしいかしら?」とお母さんがガラス戸を開けて、声をかけた。
「梨恵子さん、ちょっと・・お願い」
「・・はいはい」
リエ坊がやれやれ・・と言った顔で、ソファーを立った。
「あ、シン・・いいわよ、一服してて?」
「うん、有難う」
リエ坊が奥に消えて、ボクは応接セットのテーブルに置かれた大理石の灰皿を見つめた。
複雑な模様を浮かべたその灰皿は、我が家の重いだけのガラスの灰皿よりも・・やっぱり立派だった。
「はぁ〜、違えば違うもんなんだな・・」ボクは何故か可笑しくなって、1人で笑いながらセブンスターに火を点けた。
そしてやっぱり・・灰皿に灰を落とすのを躊躇って、また笑った。
暫くの間、ボクは一服しながらソファーに座っていた。
突然、ガチャっと扉が開いてボクは振り返った。
そこには、ブックバンドを下げて、アレ・・?って顔でボクを見る背の高い男の子が立っていた。
「・・だれ?」
「あ、すいません・・小川です、リエさんの大学の後輩で・・」
「ふ〜ん、彼氏?姉貴の」
「え?いえ、彼氏ってワケじゃ・・・」
男の子はそれ以上何も云わずにボクの横を通り抜け、奥のガラス戸を開けて、奥へ行った。
弟さんかな?多分・・。
「・・・いいってば・・」
「そうはいかないでしょ?」
「オレも・・」
奥の台所からは、途切れ途切れに家族の会話が聞こえてきた。
「どうしよう・・」ボクは落ち着かなくなってきた。
いいんだろうか、ボクはここに座ってて。
「シン、お腹空いた?」リエ坊がガラス戸を少し開けて、顔を覗かせて聞いた。
「う〜ん、どうだろ・・リエさんは?」
「うん、お昼食べなさいって、お母さんが・・」
「・・いいの?」
「練習の前に食べとく?少し」
「うん」
ボクの返事を聞いて、リエ坊はまた向こうに消えた。
「そうか・・そんな時間か」
浜田山に着いたのが確か・・12時はとっくに過ぎていたから、お昼時と言えば、そうだった。
モーニングを食べてからそう時間は経っていなかったから空腹と言う程ではなかったが、練習の前にエネルギーを補充しとくのも悪くはないな・・とボクは思った。
「シン、いいよ、こっち」
ボクが2本目に火を点けようと咥えた時、リエ坊が呼びに来た。
「・・そっちで?」
「うん、いい?みんないるけど」
「うん」
ガラス戸を開けて奥に行くと、ボクが台所?と思った所はダイニングルームだった。台所・・キッチンはそのまた奥だった。
天井には、応接間とはまた違ったデザインのシャンデリア・・・一方の壁には大きな食器棚があり、綺麗なグラスや食器が見えた。
ダイニングの真ん中には猫足の大きなテーブルがあり、4脚の椅子が備わっていた。
椅子も猫足で、座面と背もたれがグリーンの革張り、テーブルは天板が象嵌というのだろう・・違う色合いの木をデザインに合わせて嵌めこんだお洒落なもので、真ん中にはレースのクロスが敷かれ、その上の陶器の花瓶にバラが活けてあった。
そして、それぞれの席には取り皿とシルバー、お絞りが用意されてあった。
「・・お邪魔します」
ボクは見た事もない高級な食卓に、圧倒されていた。
座って・・とリエ坊が促してくれて、ボクはリエ坊の前に座った。
「オガワさん?」
「はい」
「好き嫌いはありますの?」
「い、いえ・・何でも、雑食性ですから」
「あら、雑食?」
面白い言い方ね、ホホホ・・とお母さんが言いながらキッチンに引っ込んだ。
「ごめんね、シン・・」リエ坊が小声で話しかけてきた。
「どうしても・・ってうるさいのよ、お母さんが」
「ううん、いいよ。腹減ってきたしさ!」



