ノブ ・・第3部
「リエさん、いいの?オレの使っちゃって」
「うん、だって・・隣のピンクのは、彼女のでしょ?」
「あ〜!」
「さすがに使えないじゃない?そっちは」
多分、ブルーがシンのだろうなって思ったからね・・と屈託ない顔で言った。
「でもさ・・オレの歯ブラシって、平気なの?」
「汚ないとか、思わない?」
「なんで?そんな風に思ってたら・・キスなんか出来ないじゃん」
「そう、か?」
「シンのだったら、汚ないとか思わないよ」
そうなんだ・・ボクはあっけにとられながらも、笑ってしまった。
「リエさん、案外オレより豪傑かも」
「・・何で?そんなに変かな」
「ううん、変じゃないよ」
「でしょ?彼女のを使うのは・・・やっぱムリだけどさ、でもシンのならいいじゃん!」
そういうもんなんだ、リエ坊にとっては。
「そうだよね、いくら洗濯してるって言っても、オレのパンツ・・穿いてるんだもんな」
「うん、気になんないよ?別に」
「だって、洗濯したら綺麗じゃん?!」
「・・うん、そうだね」
ボクは、今まで見た事の無いリエ坊に新鮮な驚きを覚えていた。
考えてみれば、何回かの練習と飲み屋でのリエ坊しか知らなかったワケだから、当然と言えば当然か。
そこには素っぴんでボクのシャツとパンツを穿いて、平気で同じ歯ブラシを使ってしまう、長い髪の可愛い女の子がいた。
「さて、どうするの?これから・・」リエ坊がコーヒーを飲みながら、聞いてきた。
「え?これからって?」
「恋人同士ってさ、2人で夜を過ごした次の朝って・・何すんの?」
「う〜ん、それぞれ・・かな」
「予定があれば、その予定をこなしたり出かけたり、色々じゃない?」
恋人同士だから、こうする・・こうしなきゃ!みたいなのは無いと思うよ・・とボクは笑いを噛み殺しながら言った。
「もう、何で笑うの?しょうがないじゃない、知らないんだから、私」
「だって、昔・・ピンキーとキラーズが歌ってたでしょ?夜明けのコーヒー、2人で飲もうって」
「あ〜、覚えてる!恋の季節・・だったかな?」
「うん、それ」
だから、ボクがコーヒーを持って行った時「歌の通りだ・・」と感心していたのだ・・とリエ坊は言った。
「あはは、でも、とっくに夜明けじゃないけどね!」
ボクはまた、爆笑してしまった・・・まさか、ピンキラの歌詞を思い出していたとは。
「面白いね、リエさんって」
「シン、ほんとはバカにしてんでしょ、私のコト」
リエ坊が可愛く、睨んだ。
「ううん、バカになんかしてないよ、リエさんの受答えって言うのかな」
「ユニークだからさ、オレには」
「・・・」
「だから、ばかにして笑ってるんじゃなくて、楽しくて笑ったの」
「ユニークって、変わってるってコトじゃん!」
「・・いい意味でね、ユニークなのはいいんじゃない?じゃ個性的って言おうか?」
「ふ〜ん、ま、いいけどさ・・バカにしてるんじゃなければ」リエ坊はちょっと拗ねて、コーヒーを飲んだ。
でも、お腹、ちょっと空いたかな・・・?とリエ坊が呟いた。
「じゃ・・食べに行こうか、モーニング」
「うん、いいね!トースト食べたい!」
ボクは一応、他所行きの短パンにTシャツを着た。
リエ坊は・・・というと、ボクの貸したトランクスの上にジーパンを穿いて、Tシャツはそのままだった。
「リエさん、ブラ・・は?」
「あ、いいよ、このままで・・」
「え〜、ノーブラ?!」
「うん、時々・・面倒な時はね、ブラしないの、あんまり好きじゃないしさ」
それに、汗かいたままの下着ってさ、何かね・・と。
そう言ってリエ坊は、洗面所に行って髪をブラッシングした。
あ〜あ、くしゃくしゃ・・とブツブツ言いながら。
ノーブラか・・・ボクは恭子の懐かしい顔を思い出していた。
どうしてるんだろうな、今頃・・・。
「いいよ、行こうか!」
「あ、うん・・」
目の前に、髪を束ねてキリっとしたリエ坊が立った。
「クシャクシャだからさ、縛っちゃった・・いい?これでも」
「うん、リエさんらしいよ、その姿も」
ボクらは正午近くの、暑い街中に出た。
「うわ、今日も暑くなりそう・・」
「・・うん、真夏だね」
迷った挙句、涼しい三省堂の一階の隅にある喫茶室に入った。
「・・ここ、良く来るの?」
「うん、本屋さん、大好きだからさ」
そうなんだ・・・とリエ坊は店内をしげしげと見渡していた。
三省堂はよく来るけど、奥にこんな喫茶店があるなんて知らなかった、初めて・・と呟きながら。
モーニングセットを二つ頼んで、ボクは一服した。
「あ、私も・・・」
「うん」
ボクは自然に、火を点けたばかりのセブンスターをリエ坊の唇に差し込んだ。
「有難う、嬉しい・・」
リエ坊は微笑みながら、軽く吸って・・・煙をはいた。
右手で片肘ついてタバコをくゆらすリエ坊は、素敵だった。
そして、そんなリエ坊の視線が照れくさくてボクはもう一本、火を点けた。
静かなクラシックが流れる喫茶店で、ボクらはぶ厚いトーストとゆで卵、ミニサラダのモーニングセットを食べた。
コーヒーは、店内の冷房が効いていたので2人ともホットにした。
ボクらの他にもお客さんはいて、静かにコーヒーを楽しむ人、本を読む人、頬杖をついてもの思いにふける人・・様々だった。
「・・静かなお店なんだね、ここ」
「うん、読書するお客さんも多いからじゃない?」
「そうだね・・」
モーニングを食べ終わったボクらも、コーヒーを楽しみながら・・・静かに一服した。
「ね、シン?」
「何?」
「今日は、何か予定あるの?」
「いや、特に無いけど・・あ、練習しなきゃ!」
呪われた夜とサンシャイン ラブ、まだ手付かずだもん・・・とボクは思い出した様に言った。
「そうか、明日・・練習あるしね」
「え?!明日なの?」
「あら、言ってなかった?私」
うん、聞いてなかった・・・とボクは、リエ坊を凝視して言った。
「ごめん、言ってなかったんだ」
「でも、サラっと位はやっときたいよね?シン」
「そりゃ勿論!サラっとどころか、ガッツリやらなきゃ!オレの場合は」
じゃ、うちに来ない?と、リエ坊はコーヒーを一口啜りながら、言った。
「え?リエさんち?」
「うん」
「ドラムならあるよ?弟が使ってたヤツが」
「・・弟さん、いるの?リエさん」
「うん、1人。三つ離れてるから、シンより1つ下だね」
「そうなんだ、ドラムやってるんだ」
「ううん、過去形・・もう、やめちゃった」
「そうなの?せっかくドラムセットあるのに?」
うん、飽きちゃったんだって、音楽に・・と、リエ坊は笑いながら言った。
「今、詩とか小説ばっかり・・読んだり書いたりしてるよ」
「そうなんだ、オレと似てるかもね、趣味」
「アイツはね、昔っからそうなのよ」
「本ばっかり読んでてね」
「・・・私がドラムやらせたんだ、メンバーが足りなくてさ、高校の時」
「うん」
「半分、無理やりだったからね・・・あんまり好きにはなれなかったみたい、音楽ってモノがさ」
「そうなんだ・・初めて叩いて楽しかったオレとは、ちょっと違うのかな、タイプが」



