ノブ ・・第3部
ボクは、そう言いながらアイスコーヒーを持って行った。
「今度は、丁度いい濃さだと思うよ?!」
「・・有難う、頂きます」
裸の上にタオルケットを羽織って、リエ坊は半身を起こしてグラスを受け取り・・微笑んだ。
「うん、美味しい・・」
「良かった」
「お腹、空かない?朝メシ、作ろうか?」
「シン、出来るの?」
「自信無いな、じゃ食べたいものがあったら買ってくるよ」
「ううん、今はいらない」
そう言ってリエ坊は、グラスを抱えてコーヒーを飲んだ。
「んん〜、美味しい・・ブラックいいね」
「そう?好きになった?」
「うん」
そんな風に微笑むリエ坊が可愛くて、ボクはキスしたくて堪らなくなった。
「どうしたの?シン」
「寝起きの私、変?」
「ううん、そんな事ないよ、可愛いなって・・ね」
ばか・・とリエ坊は笑いながら起き上った、タオルケットを羽織ったまま。
「着るもの、貸して?」
「あ、うん」ボクはTシャツとトランクスを渡した。
ありがと・・恥ずかしそうにリエ坊がそれを着て、「顔、洗ってくるね」と洗面所に行った。
「・・これ、借りるよ〜?」
「なに?」
「ハフハヒ〜・・」
「なに?聞こえないよ」
「ハフハヒ!」・・・ひょっとして、歯ブラシか?
え、え〜〜?オレの使うの?!とボクは驚いて洗面所に行ったが、リエ坊は既にブルーの柄の歯ブラシで、シャコシャコ歯を磨いていた。
そして口の周りを白くして、何か?みたいに、不思議そうな目でボクを見た。
「ありゃま」ボクは驚いたが、使っちゃったものは仕方ない・・と椅子に座ってコーヒーを飲んだ。
暫くして、ガラガラ・・と盛大な音がして、リエ坊が洗顔を終えた。
「リエさん、いいの?オレの使っちゃって」
「うん、だって・・隣のピンクのは、彼女のでしょ?」
「あ〜!」
「さすがに使えないじゃない?そっちは」
多分、ブルーがシンのだろうなって思ったからね・・と屈託ない顔で言った。
「でもさ・・オレの歯ブラシって、平気なの?」
「汚ないとか、思わない?」
「なんで?そんな風に思ってたら・・キスなんか出来ないじゃん」
「そう、か?」
「シンのだったら、汚ないとか思わないよ」
そうなんだ・・ボクはあっけにとられながらも、笑ってしまった。
「リエさん、案外オレより豪傑かも」
「・・何で?そんなに変かな」
「ううん、変じゃないよ」
「でしょ?彼女のを使うのは・・・やっぱムリだけどさ、でもシンのならいいじゃん!」
そういうもんなんだ、リエ坊にとっては。
「そうだよね、いくら洗濯してるって言っても、オレのパンツ・・穿いてるんだもんな」
「うん、気になんないよ?別に」
「だって、洗濯したら綺麗じゃん?!」
「・・うん、そうだね」
ボクは、今まで見た事の無いリエ坊に新鮮な驚きを覚えていた。
考えてみれば、何回かの練習と飲み屋でのリエ坊しか知らなかったワケだから、当然と言えば当然か。
そこには素っぴんでボクのシャツとパンツを穿いて、平気で同じ歯ブラシを使ってしまう、長い髪の可愛い女の子がいた。
「さて、どうするの?これから・・」リエ坊がコーヒーを飲みながら、聞いてきた。
「え?これからって?」
「恋人同士ってさ、2人で夜を過ごした次の朝って・・何すんの?」
「う〜ん、それぞれ・・かな」
「予定があれば、その予定をこなしたり出かけたり、色々じゃない?」
恋人同士だから、こうする・・こうしなきゃ!みたいなのは無いと思うよ・・とボクは笑いを噛み殺しながら言った。
「もう、何で笑うの?しょうがないじゃない、知らないんだから、私」
「だって、昔・・ピンキーとキラーズが歌ってたでしょ?夜明けのコーヒー、2人で飲もうって」
「あ〜、覚えてる!恋の季節・・だったかな?」
「うん、それ」
だから、ボクがコーヒーを持って行った時「歌の通りだ・・」と感心していたのだ・・とリエ坊は言った。
「あはは、でも、とっくに夜明けじゃないけどね!」
ボクはまた、爆笑してしまった・・・まさか、ピンキラの歌詞を思い出していたとは。
「面白いね、リエさんって」
「シン、ほんとはバカにしてんでしょ、私のコト」
リエ坊が可愛く、睨んだ。
「ううん、バカになんかしてないよ、リエさんの受答えって言うのかな」
「ユニークだからさ、オレには」
「・・・」
「だから、ばかにして笑ってるんじゃなくて、楽しくて笑ったの」
「ユニークって、変わってるってコトじゃん!」
「・・いい意味でね、ユニークなのはいいんじゃない?じゃ個性的って言おうか?」
「ふ〜ん、ま、いいけどさ・・バカにしてるんじゃなければ」リエ坊はちょっと拗ねて、コーヒーを飲んだ。
でも、お腹、ちょっと空いたかな・・・?とリエ坊が呟いた。
「じゃ・・食べに行こうか、モーニング」
「うん、いいね!トースト食べたい!」
ボクは一応、他所行きの短パンにTシャツを着た。
リエ坊は・・・というと、ボクの貸したトランクスの上にジーパンを穿いて、Tシャツはそのままだった。
「リエさん、ブラ・・は?」
「あ、いいよ、このままで・・」
「え〜、ノーブラ?!」
「うん、時々・・面倒な時はね、ブラしないの、あんまり好きじゃないしさ」
それに、汗かいたままの下着ってさ、何かね・・と。
そう言ってリエ坊は、洗面所に行って髪をブラッシングした。
あ〜あ、くしゃくしゃ・・とブツブツ言いながら。
ノーブラか・・・ボクは恭子の懐かしい顔を思い出していた。
どうしてるんだろうな、今頃・・・。
「いいよ、行こうか!」
「あ、うん・・」
目の前に、髪を束ねてキリっとしたリエ坊が立った。
「クシャクシャだからさ、縛っちゃった・・いい?これでも」
「うん、リエさんらしいよ、その姿も」
ボクらは正午近くの、暑い街中に出た。
「うわ、今日も暑くなりそう・・」
「・・うん、真夏だね」
迷った挙句、涼しい三省堂の一階の隅にある喫茶室に入った。
「・・ここ、良く来るの?」
「うん、本屋さん、大好きだからさ」
そうなんだ・・・とリエ坊は店内をしげしげと見渡していた。
三省堂はよく来るけど、奥にこんな喫茶店があるなんて知らなかった、初めて・・と呟きながら。
モーニングセットを二つ頼んで、ボクは一服した。
「あ、私も・・・」
「うん」
ボクは自然に、火を点けたばかりのセブンスターをリエ坊の唇に差し込んだ。
「有難う、嬉しい・・」
リエ坊は微笑みながら、軽く吸って・・・煙をはいた。
右手で片肘ついてタバコをくゆらすリエ坊は、素敵だった。
そして、そんなリエ坊の視線が照れくさくてボクはもう一本、火を点けた。
静かなクラシックが流れる喫茶店で、ボクらはぶ厚いトーストとゆで卵、ミニサラダのモーニングセットを食べた。
コーヒーは、店内の冷房が効いていたので2人ともホットにした。
ボクらの他にもお客さんはいて、静かにコーヒーを楽しむ人、本を読む人、頬杖をついてもの思いにふける人・・様々だった。
「・・静かなお店なんだね、ここ」
「うん、読書するお客さんも多いからじゃない?」
「そうだね・・」