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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ ・・第3部

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「オカズって・・こんなに難しいの?」
タムタム、フロアタム・・それにシンバルの叩く順番は分かるのだが、とても印が多すぎてその通りには手足は動かなかった。

「う〜ん、厳しいな、こりゃ」

確かに、あの長髪の楽器店の店員はスコアを必ずしも完璧になぞる必要は無いと言ってはくれたが、正直・・・少しボクは自惚れていた様だった。

「そうだよな、プロが叩いてる通りになってるんだから難しいのも当たり前だよな」
ボクは独り言を言いながら、自分を落ちつかせようとした。

でも、学園祭に出ると言う事は人前で演奏すると言う事であって・・・と言う事は同時に、恥ずかしい演奏は自分だけではなくてあの2人にも恥をかかせるってコトでもあったのだ。

練習しなきゃ・・・ボクは、いい気になっていた自分を呪った。

「よし、明日までに少しは・・・」
ボクは、買って来たスコアの予定曲全部の基本的な部分だけでも覚えようと、難しいオカズは省略して、とにかく右手左手、右足を動かした。

クーラーはビンビンに効いていたはずだが、程なくボクは汗びっしょりになり、太腿が真っ赤になって両掌もジンジンしだした。
汗が目に入って仕方なかったので、途中でタオルを頭から目の上に巻いてボクは続けた。
そんなコトに構ってはいられない気分だった。

暫く夢中になっていたら、段々・・スコアが見辛くなってきた。
「ん?暗いな」

ふと目を上げると、窓は黄昏色になっていた。

「ふ〜、ひと休み・・」
ボクは立ち上がって時計を見た。
驚いた、時計の針はとうに7時を過ぎていたのだ。



「試験勉強以来かな、こんなに集中したのは・・」
ボクは痛い太腿を摩りながら、笑った。
1つの事に夢中になると時間を忘れて没頭してしまう・・これはボクの昔からの癖だったが、さすがに真っ赤な太腿はジンジンと痛かった。

腹減ったな・・・ボクは汗まみれのシャツを着替えて顔を洗って、夕飯を食べに街に出た。

夕暮れのスズラン通りはまだまだ暑かったが、ボクは先日の中華料理屋に急いだ。

あそこなら注文して出てくるのが早いから少しでも時間の節約が出来るだろうと考えて。
そして帰ってまた、練習だ・・・とボクはブツブツ言いながら歩いた。

店はやはり混んでいたが、先日と同じカウンターに座れた。
・・と思ったら案の定、あの忍びの女の子が伝票を片手に横に立った。

「ご注文は?」
「う〜ん・・広東麺でしたっけ?美味しいの」
「うん、お勧め」

「じゃ、広東麺と炒飯で」
「生は?」
「あ、今日はいいや、時間無いし」

カントン・チャーハン一丁〜!と女の子は厨房に叫んで水を置いた。

「どうしたの?それ」
「へ?」
てっきりもう遠くに行ったと思ってたのに、突然話しかけられてボクは驚いてしまった。

「太腿、内出血・・酷いじゃん」
「あ、これ?」
ボクは、ジンジンするのでとてもジーパンは履けず、短パンのままで出て来ていた。
見れば確かに、さっきよりも赤く腫れあがってて、所々・・点々と真っ赤になっていた。

「練習で叩いてたら、いつの間にかこんなんなっちゃって」
「自分の足を叩く練習?」
「うん、ドラム・・・始めたばっかでさ、どうやって練習するかも分かんなかったから取り敢えず自分の足叩いてリズム取ってたんだ」

「ふ〜ん、痛くないの?」
「実は、ジンジンしてる、へへ・・」

忍びの子は、それだけ聞いて向こうに行った。

確かにひどいな、こりゃ・・・とボクも真っ赤な太腿に同情した。
すまんね、迷惑かけて・・とさすったら、さっきよりもピリピリして痛みは増していた。

ありゃ、この後の練習をどうしようかとボクが悩んでいたら「これ、使いなよ」と忍びの子がキンキンに冷えたお絞りをくれた。

「太腿にのせとくだけでも、いいんじゃない?」
「あ、有難う」
冷たいお絞りは、気持ち良かった。


暫くすると痛みが引いてきて、ボクは忍びの子に感謝した。
広東麺と炒飯が運ばれてきた時にお礼を言おうとしたら、料理を置いた彼女が「替えて」と新しいお絞りをくれた。

「嬉しいな、有難う!痛み引いたよ」
「良かった」
忍びの子はニッコリして向こうに行った。

意外と優しいんだな・・とボクは嬉しくなって料理を平らげた。

お勧め・・と言うだけあって、広東麺は美味しかった。
それこそアッと言う間に、ボクの前の丼と皿は空になった。

「やっぱり美味しいよ、ここは」
食べ終わってお勘定を払いにレジに行くと、素早く彼女も来た。
そして勘定を終えたあと、一本の透明のチューブをボクに持たせて言った。

「これ、使いかけだけど・・あげる」
「日焼けで痛い時に塗ると気持ちいいから、きっといいんじゃない?」
「え、悪いよ・・自分のでしょ?」

いいよ、使って・・と彼女は言って「毎度ありがとうございました〜!」と奥に消えた。

ボクはチューブを握りしめて、ポカンとしてしまったが店の奥から彼女に「シッシ・・」と片手で追い払われた。
彼女の目が笑っていた。

店を出たボクは、早速チューブを絞って太腿に塗った。
塗った直後はひんやりして、歩くとスースーして気持ち良かった。

チューブには、「クーリングジェル・アロエエキス入り」と書いてあった。
「へ〜、いいもん貰っちゃったな」
今度何かお返ししなきゃ・・と考えながらボクはアパートに戻った。

さて練習、どうするか・・とボクは一服しながら思案した。
「結局、もう太腿は使えない訳だから」とボクは、テーブルの角に椅子を置いて座って、左側のテーブルの上にタオルを畳んで置いた。

「これが、ハイハットだろ、スネアは・・」
ボクはもう一脚の椅子を目の前に置いて、その上に雑誌を積み上げて、またタオルを置いた。
「これで大体スネアの高さかな」

こうすればスティックを使って右手と左手が交差して・・より本物に近い練習になると考えたのだ。

シンバルやタムタムは仕方ないから空を切る感じで、バスドラは足先で踏みこむ事にした。
「よし、頑張るぞ〜!」とボクはまた、スコアを眺めながら叩き始めた。



即席のドラム練習スタイルは思いの外雰囲気が出て、ボクは練習に没頭した。

結局、6曲全部をさらい終わったのは午前2時を過ぎていた。

「もうダメだ・・」
ボクは重くなった両手とピクピク痙攣する右足を引きずりながらシャワーを浴びた。

出た後にシャワーでまた痛みだした太腿にジェルを塗って、ボクは冷蔵庫から一本缶ビールを出して一気に空けた。
「うまい!」

そうしてそのまま、寝台に倒れ込んだんだろう・・・気付いた時にはもう、窓の外は明るくて時計の針は昼の12時半を回っていた。
「・・ん?」暫く寝台の上でボーっとしていたが、漸く事態を理解してボクは慌てて飛び起きた。

「ヤバいよ・・こりゃ!」
2時からの練習までに、もう一回全曲さらっとく積もりだったのに・・と悔やんでも遅かった。

こんなに熟睡しちゃったのなんて、いつ以来だろう・・とボクは着替えながら思った。
でも、熟睡したお陰で体は随分楽になってたし、太腿の張れも幾分は引いたみたいだった。
作品名:ノブ ・・第3部 作家名:長浜くろべゐ