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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ ・・第3部

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「ほんと?」リエ坊は、パっと顔を上げて、花がほころぶ様に微笑んだ。
「いいの?シン・・・」

「だって、いいも何も・・・断れるワケないじゃん、大事な先輩にそこまで言われちゃったらさ?!」
「もう、また先輩っていう・・」
意外と意地悪なんだね、シンは・・・とリエ坊が言った。

「・・でもさ、リエさん?!」
「なに?」
「教わりたいって、どこまで?」

ボクは、この際だからストレートに聞いた。
リエ坊は暫く考えて、笑いながら言った。

「そりゃ勿論・・・私のオッケーが出るまでよ!」
なんか、聞いた事ある台詞だと思ってボクは笑った。

ふ〜、こんなコトって・・・ボクは、小さく独り言を言いながら歩きだした。

リエ坊は変わらずにボクの右手を抱えて、ボクらは駅前の交差点を渡ってから、ゆっくり・・左に折れた。


明大前の坂の歩道を、ボクらは下った。

リエ坊はやはり、かなり酔っているんだろう、時々躓きかけてボクの腕を強く掴んだ。

「大丈夫?」横を向いてリエ坊に声をかけると、リエ坊はニッコリ笑って言った。
「うん、平気」

「・・シンの部屋ってさ」
「その・・彼女も来た事あるんだよね」
「そりゃ、ね」

「でも、何で?」
「私、結構図々しいお願いしちゃってるのかな・・シンに」
「そうかもよ?実は」

ボクはボクで、正直・・さっきから恭子の顔がチラついていたから、隠さずに言った。
「リエさん、オレさ」
「・・うん」

「今夜、リエさんと一緒にいる・・そして恋人同士のコトを教えるって事は・・」
「彼女を裏切る事になるんだよ」
「・・そう、なんだよね、きっと」

「うん、そうなんだと思う・・でもね?!」

ボクは立ち止まって、リエ坊を見て言った。

「さっき、オレも感じちゃってたんだ、リエさんのキスに」
「オレのオトコが反応しちゃってたの」
「シン・・」
「リエさん、恋人がいる男が他の女性と・・って、どう思う?」

「しかもさ、その女性は知ってるんだよ、彼女の存在を・・」

いつの間にかボクは、リエ坊にさゆりさんを重ねていた。
女の人ってどう思うんだろう、こんなオレみたいな男を。

リエ坊の答えとさゆりさんの考えは同じなんだろうか・・。

さゆりさんは経験者だけど、男性そのモノに傷付いていていた。
そして、ボクとの間には・・恵子という接点があった。

そして、さゆりさんは「・・それでも、いいんです」と言った。

リエ坊は、バージンで・・そして、母親の浮気という思春期に受けた心の傷が、リエ坊を男性から遠ざけていた。
ボクの質問に何と答えるんだろうか、リエ坊は。

リエ坊は暫く下を向いたままだったが、やがて真面目な顔を上げてボクを見た。

「私ね・・いい?」
「うん」

「さっきのキスで多分、シンの事・・好きになったんだと思う」
「可笑しいと思うだろうけどさ、シンは・・」
「でもね、本のページが一気にめくられたみたいに、パーっと開けたんだ、何かがさ!」

「目が開いた?って感じかもしれないの、私」

「そうなの?あの、キスで?」
「うん、だから、スイッチって言ったんだよ、私」

「私ね、さっきの質問には上手く答えられないんだけど・・・シンがさ、ほんの少しでも私の事・・好きな気持ちがあったら嬉しい」
「そりゃ、彼女の存在は・・・私にはどうしようもないんだけど・・」
「だからって、シンが悪い訳じゃないと思う」

「きっと、悪いのは私・・」
「でも、シンに教えて欲しいの」リエ坊はそう言って、下を向いた。

「・・リエさん」
ボクは、下を向いたリエ坊にかけてあげるうまい言葉を探してみたが、そうそう容易く見つかるものではなかった。


「前にね、ある女性に言われた事があるんだよ、オレ・・」
「・・え?」
「男って、どうしようもない生き物なんだって」
「どうしようもない・・生き物?」

「うん、そうらしい・・」ボクは自嘲しながら言った。
「目の前にね?素敵な、好みの女の子が現れたら・・オトコって」
「ヤリたくなっちゃうんだよ、彼女がいてもね?!」

そんな、どうしようもない生き物の1人なんだよ、オレも・・と。

「それで結果的に、色んな人を傷付けちゃうのかもしれない」
「だから、どうしようもない生き物なんだよ]


「ヤリたく・・なったの?シンも」
「え?」
「だから、私と・・」

あれれ?リエ坊は微妙に・・・ボクの言葉を違った風に受け取ったみたいだぞ?

「私に対しても、そう思ったって事?シン!」
「いや、リエさん・・」

「オレが言いたかったのはさ・・」
「いいよ、私!」
リエ坊は今度は、明るく笑いながら言った。

「シンが、その・・どうしようもない生き物でも、彼女がいても・・私の頁を捲ってくれたのはシンだから」
「言い方、下品だけど・・シンに私の最初の男性になって欲しい!」
「大丈夫、私・・・傷付かないよ、絶対・・」

「ダメ?シン」
抱きしめられた右腕に柔らかな胸を感じて、上目遣いにこんな事を言われて・・・振りきって帰る事が出来る男は、そうそういないだろう。
勿論・・ボクもその、帰れない1人に間違いなかった。

「うん、分かったよ、リエさん・・」
「もう、ごちゃごちゃ言わないよ、オレ」
「教えてあげる、知ってる範囲でね、男女の営み・・」

「有難う、シン」
「私さ、約束する!」
「シンに絶対に迷惑はかけない!シンを・・困らせる様な事はしないよ」

「・・リエさん」
「ね、早く行こう?シンの部屋・・・見てみたいな、私」

リエ坊は心なしか元気になったみたいで、足取りも幾分・・軽くなっていた。


明大を過ぎて、斜め右に折れて・・キッチン・ジローの前をボクは、恭子ではない女性と共に家に向かった。

三省堂の交差点で信号を待っている時、リエ坊が言った。

「シン、私の事・・素敵って言ってくれたでしょ?」
「うん」
「あれって、御世辞?」

「違うよ、オレ、お世辞は言わない。本当にそう思ったから言ったの」
「・・思ったの?今も、同じ?」

「今でも、そう思ってるよ・・何でこんな素敵な人が、オレなんかに・・・」

リエ坊はボクの言葉が終わらないうちに、首に両手を回してキスしてきた。
舌を深く差し込んで、ボクの舌に絡みつけてきた。

歩行者用の信号が青に変わり、また・・赤に変わるまで、ボクらはお互いの口を貪りあっていた。





      長い髪の女の子





「ふ〜、行こうか・・・」
「・・うん」

何度目かの歩行者用信号の青で、ボクらは交差点を渡り、アパートに帰ってきた。

「初めに言っとくけど、ボロっちいからね?!」
「でも、靴は・・脱げるんでしょ?」
「あはは、当たり前でしょ、アメリカじゃないんだからさ」

「だってボロいなんて言うから・・」

なるほどね、そういう意味か・・ボクは笑った。

「大丈夫、裸足で歩いても平気だよ、怪我はしないな」

「面白いね、リエさんって」
「いいけど、別に・・笑われても」


部屋は、変わらずに暑かった・・というより、熱かった。

「昼間の熱気が籠っちゃってるんだな・・」ボクは独り言をいいながら窓を開け放し空気の入れ替えをして、クーラーのスイッチを入れた。
作品名:ノブ ・・第3部 作家名:長浜くろべゐ