ノブ ・・第3部
そんな事言われたの初めて!と、リエ坊がまた強く抱きついてきた。
「有難う、シン・・嬉しい」
「リエさん・・」
「ねえ・・聞いてもいい?」
「はい」
「こんな気分ってさ、私・・初めてなんだけど、恋人達ってこんな気持ちで愛し合うのかな」
「そうですね、きっと」
「シンもそうなの?彼女とその・・こうなった時って」
はい、それはそうだと思いますよ・・とボクは微笑みながらリエ坊の耳元で囁いた。
「何か、ずるい」
「え、どうして?オレ、ズルいの?」
「ずるいじゃん、こんな・・・」
リエ坊はそこまで言って、ボクの顔を見つめた。そして・・・何も言わずにキスしてきた。
リエ坊はボクの頭を両手でかき抱き、リエ坊の舌がボクの口の中で動き回った。
「・・・・」
ボクは驚いて目を開けたが、リエ坊は目を閉じて、一生懸命だった。
だからボクも目を閉じた。
今度も長いキスだった。
「ふ〜・・」ボクらは頬と頬を合わせて、お互いの呼吸を感じていた。リエ坊の胸の膨らみがボクをまた刺激した。
「リエさん?」
「・・なに?」
ごめん、オレ・・と言って、ボクは腕を解き立ち上がった。
「どうしたの・・シン、怒ったの?」
「ううん、違うよ・・」
ボクはリエ坊に微笑んでから、背中を向けた。
「シン」
「ごめん、ちょっと・・」ボクはきついジーパンの下でカチカチに勃起してしまったオチンチンが痛くていたくてどうしようもなくて、立ち上がって、少し位置を直そうとしたのだ。
「リエさん、向こう向いててくれます?」
「うん、いいけど」
リエ坊が首を曲げたのを見て、ボクは急いでジーパンの中に手を入れてオチンチンを直した。
はい、いいですよ、もう・・とボクが振り返ると、リエ坊も振り返った。
「シン、どうしたの?どこか痛いの?」
「違いますよ、コレは男の問題です」
「オトコの、問題?」
「はい、男の問題」
ボクは、笑いながら言った。
「さ、そろそろ帰りましょうか」
「うん、そうよね」
そう言いながらも、リエ坊はベンチから立ち上がろうとはしなかった。
「リエさん?」
「ね、シン」
「はい」
「私、立てないみたい・・」
「え?たてない・・んですか?」
「うん、何か、フニャフニャ・・」
そう言いながらリエ坊は、ボクを見上げて情けなさそうに笑った。
しょうがないですね・・と、ボクも笑いながらリエ坊に手を貸した。
「ん〜・・よっこらしょっと!」
リエ坊のオバちゃんみたいな掛け声が、可笑しかった。
「シン、笑いごとじゃないんだってば・・」リエ坊も笑いながらボクの右手を掴んで立ち上がった。
「ふ〜、フラフラだよ、私」
「大丈夫ですか?帰れます?」
「うん・・」
ボクはリエ坊のベースを斜め掛けにして、左手でスネアとバッグを持った。
そして、リエ坊は空いてるボクの右手に両手でしっかりと掴まって、ボクの肩に頭をあずけた。
ボクらはゆっくりと、駅の改札に向かって歩いた。
リエ坊の足取りは覚束なかったが、ゆっくりなら帰れるかな・・。
「シンの家って、どこ?」
「オレんちですか?」
「うん」
「三省堂の裏を、少し入った所ですけど?」
「そっか・・」
「何で?・・あ、リエさんちは?どこです?」
「うちはね、浜田山」
「浜田山って、どの辺なの?」
ボクは聞いた事の無い地名に、思わず友達言葉で聞いてしまった。
「あ、どの辺ですか?」
いいわよ、別に言い直さなくても・・とリエ坊は、ボクの肩に頭を押しつけながら笑った。
「バンドの仲間なんだから、タメ口でいこ?ね?!」
「いいんですか?先輩なのに」
「また〜先輩っていったって、二つしか違わないんだよ?」
「そりゃ、そうですけどね」
いいから、これからはタメ口でね?とリエ坊が言った。
ボクも、うん・・とだけ。
「浜田山はね、杉並区なの」
「・・西永福の次で、高井戸の1つ手前」
「何線?」
「井の頭線」
「井の頭線って、渋谷からのヤツ?」
「そう、そのヤツ・・」リエ坊はクツクツと笑いだした。
「え、何か、変なコト言った?オレ」
「だって、電車の事、ヤツなんて言うからさ」
そうか?そんなに・・変か?ま、いいや。
「じゃ、まずは渋谷まで行かなきゃね」
「あのさ・・・シン?」
「うん、なに?」
リエ坊はボクの手をグっと引いて、立ち止まった。
そして、ボクを見ながら言った。
「私、帰らなきゃ・・ダメ?」
「え?どういうコト?」
「シンのトコ、行っちゃ駄目かな・・」
「え、え〜?!オレんち??」
「・・うん」リエ坊がまた、上目遣いにボクを見た。
「だって、オレんちって・・そんな」
ボクの頭は、多少の混乱をきたしたようだった。
一瞬、リエ坊の言ってる意味が分からずに何言ってるんだ?この人は・・・と。
「オレんちって・・何で?どうして?」
「いい?ダメ?」
「リエさん、オレ・・オトコですよ?いや、オトコなんだよ?」
「・・・・」
リエ坊は、それには答えずに下を向いてしまった。
「リエさん?」
「シンはさ、バンド、楽しい?」
「バンド?うん、凄い楽しいよ・・・勿論!」
「じゃさ、私のアドバイス、役に立ってる?」
「そりゃ、リエさんとタカダさんがいなかったら・・オレ、何にも出来ないよ」
「そっか・・じゃ、感謝してる?私に」
「当たり前じゃん、何でそんな分かりきった事聞くの?」
「・・・」
「感謝してくれてるんなら、今度は私に・・」
「え?」
リエ坊は何かを決意した顔でボクを見て、そして言った。
「教えて欲しいの!人の愛し方、愛され方を」
リエ坊の瞳が、真直ぐにボクを射った。
「リエさん・・」
「さっきのキス・・・私、ビックリした」
「あ〜、こんなのがあったんだって」
「・・・ドキドキして心はホンワカして、何か・・うっとりしちゃった」
「不潔とか嫌らしいって感じじゃ、全然なかったの」
「私が想像してたのとは、違ってた・・・全くね」
リエ坊は、真面目な顔で続けた。
「それで思ったの、これなら・・お母さんの嫌な思い出を取っ払って、自分も・・私でも恋愛出来るんじゃないかなって」
「リエさん、それって・・・」
「分かってるよ?シンには好きな彼女がいるって・・・」
「でもね、私・・さっきみたいな気持、初めてだったの、嬉しかったの」
「・・だから、シンに教わりたいって思ったの」
ゴメン、違う・・リエさんは続けた。
「シンから教わりたい・・ううん、シンじゃなきゃイヤなの!」
「シンの彼女には、ごめんなさい・・だけど・・」
そこまで言ってリエ坊は、ボクの手をきつく抱いて、肩に顔を押し付けた。
ボクの答えを待つ様に。
何と答えていいのか分からずに黙ってしまったボクは、リエ坊が抱きしめた右手が・・小刻みに震えているのに気付いた。
「リエさん・・」
ボクは、今こうして自分の気持ちを吐露してボクの答えを震えながら待っているリエ坊が、何か急にいじらしく思えてきた。
今ここで震えているのは、あの自信満々でチョッパーするリエ坊じゃなくて、不安の塊の、普通の女の子だった。
「・・うん、分かった」
「いいよ・・行こう、オレんちに」