ノブ ・・第3部
勘当されて、同棲相手の稼ぎで大学に通って、父親になって、そして医者になる・・ボクは改めてタカダというギターのめちゃめちゃ上手い医学生に興味を持った。
「でも嬉しかったな、さっきは」
「へ?」
「アイツもさ、シンも・・・真面目に考えて答えてくれたでしょ?一生懸命にさ」
「そりゃ、不真面目には答えられないっすよ、さっきの場合は」
「優しいよね、シンもアイツも」
有難うね、シン・・と、リエさんはテーブルに片肘ついて、斜めにボクを見た。
その視線がすごく色っぽくて・・ボクは慌てて目を逸らして言った。
「な、何にします?次は」
「う〜ん、何がいいの?」
「え、何って・・リエさん、次は何飲みたいんですか?」
「私ね、こういうトコのお酒って良く知らないんだ・・シン、決めて?!」
「はあ」
ボクは迷った挙句、レモンサワーを二つ注文した。
「何か食べません?飲んでばっかじゃ酔っちゃいますよ?」
「うん、任せる、それも」
「じゃ、煮込みとサラダでもとりましょうか・・」
うん、そうして・・と言いながら、リエ坊はボクを見つめていた。
それからボクらは、サラダを突きながら話した。
男の気持ち、女の気持ち・・・リエ坊は次々に疑問をぶつけてきて、ボクはやっとの思いでそれらに答えた。
「シンってさ、なんて言うのかな・・」
「どうして人に対して、そんなに親身になっちゃうの?」
「だって、リエさんが聞くから・・」
「でもさ、優しいよね、本当に」
「誰にでも、こんなに優しいの?シンは」
「分かんないっすよ、自分の事なんて」
「でも、オレそんなに優しくなんかないです、自分でも分かってます」
「どうして?どこが?」
「オレ、すごい自分勝手なんですよ、リエさんは知らないだけです」
ボクは、さゆりさんの事を思い出していた。
2番目でも3番目でもいいなんて事を言う女性に対してボクは・・・。
「シンはさ、今の彼女のことどの位好きなの?」
「え、いきなりですね・・どの位、ですか?」
そう、どの位?・・そう言ってリエ坊はテーブルに突っ伏してしまった。
「あれ、酔っちゃいましたか?リエさ〜ん?」
「起きてますか?」
ガバっと起き上ったリエ坊の目から、今にも涙が溢れそうだった。
「好きになるってさ・・辛くない?」
リエさんの目から、涙が転がり落ちた。
「私、怖いよ・・自信なんて無いよ」
「人を本気で好きになったら、私ってどうなっちゃうんだろ・・」
「それって、お母さんの事、言ってるんですか?」
「ううん、違う」
「じゃ、何で怖いなんて?」
「自信が無いの、自分に」
何で?そんなに綺麗なのに・・とボクは思わず友達言葉で言ってしまった。
「あ、すいません、つい・・」
「いいよ、タメ口でさ・・バンドの仲間なんだし」
涙の跡が残る顔で、リエ坊はニッコリと笑って言った。
「シンだけだよ、そんな事言ってくれるのは」
「私、背高いしガリだしさ、女らしい所なんてひとつもないから」
「自分に自信が持てないの、だから誰かを好きになっちゃうのが怖いんだよ」
だってね・・とリエ坊は真直ぐにボクの目を見つめて言った。
「こんなさ、ロックばっかり一生懸命な女、色っぽくも可愛くもない女にアタックされて誰が振り向くっていうの?」
「そんな風に思ってるんですか?自分の事」
「だって、事実じゃん」
リエさんは分かってないですね、男心・・とボクは言った。
「え?」
「男ってね、そりゃ・・週刊誌のグラビアとか写真に出て来る女の子で騒いだりしますけど・・」
「本音の部分は、顔形よりも気持ちなんですよ、きっと」
「気持ち?そんなの見えないじゃん!」
「うん、見えないっすよ・・だから余計に敏感になるんじゃないですか?気に入った女の子に対しては」
「それが、その子の思いやりだったり優しさだったり・・なんて言ったらいいのかな、ズキンってくる瞬間があるんですよね」
「ふーん、ズキン・・ね。シンもきたの?彼女の気持ちに」
きましたね、あの時・・・と、ボクはお誕生会の夜、恭子と初めて1つの傘に入った時の会話を思い出していた。
恭子は・・恵子を好きなままでいい、それごとひっくるめて好きと言ってくれた。
「じゃさ、私、こんな私でも・・人を好きになってもいいの?」
「勿論じゃないですか、何言ってるんです?」
「私が好きになったらアタックするの?自分から?」
「それは・・色々とテクニックというか駆け引きみたいなのもありますけどね、多分」
「シン、詳しいの?その辺」
「いや、ダメっす・・オレは」
「じゃ、何でそんな事言えるの?テクニックで好きな人の気持ちが私のモノになるなら・・教えてよ、そのテクニック」
困った、話がすこしずつ逸れてきちゃったな、リエ坊、いい加減酔ってるし。
「テクニックって言うより、以心伝心って言うじゃないですか、昔から」
「うん、知ってる」
「きっと、リエさんが好きになったら伝わりますよ、相手に・・リエさんの気持ちが」
「それに、何度も言いますけど・・リエさんは十分素敵なんですからね?!」
リエ坊は、また真直ぐにボクの目を見たが、その目は明らかにちょっと座っていた。
「シンってさ、何かずるいよね」
「え、ズルいっすか?オレ」
「うん、ズルい!何かさ、一段高いとこから見てるでしょ、私を」
「そんな事ないですよ、リエさん」
「うそだ、きっとバカにしてるんだ・・このバージンが好き勝手言いやがってってね?!」
「もう、そんな事思ってないですって。どうしたんですか、リエさん!酔っちゃいました?」
「じゃ、どう思ってるのよ?私の事・・言ってみな?」
「リエさんの事ですか?」
「うん、私の事」
「素敵な先輩って思ってますよ?ベースは最高だしボーカルも渋いし・・ルックスだってカッコいいし」
「本気で言ってるの?」
「当たり前じゃないですか!嘘で言えませんよ、こんなコト・・・歯が浮いちゃいますって!」
「はは、じゃニ〜っとしてみ?」りえ坊は顔を近づけてきた。
「はい、こうですか?」
ボクも満面の笑みで、ニ〜っと口を開けた。
「よし、歯は浮いてないね」
「もう、当たり前でしょ・・リエさんったら」おかしくなってボクは笑ってしまった。
「さ、帰りましょうか、そろそろ」
「え〜、もう?いいじゃん、もう少し飲もうよ、ね?!」
「もう、飲み過ぎですって・・ここらで引き上げないと」
「大丈夫だって、私・・全然酔ってなんかいないから・・」
ホラっと立ち上がったリエ坊は、文字通りフラフラだった。
慌ててボクも立ちあがってリエ坊を支えた。
「あ〜あ、もう・・だから酔ってるんですって」
「さ、帰りましょ?お勘定してきますね・・座って待ってて下さいね?!」
ボクは自分の財布を持って、レジに向かった。
そこで、はたと気付いたのだ。
オレ・・文無しだった。
ボクはテーブルに戻って、突っ伏しているリエ坊に言った。
「リエさん、すいません・・お金、貸して貰えませんか?」
「ん?なに?」
「お金、無いんです、オレ」
も〜、しょうがないな・・とリエ坊はゆらゆらしながらバッグをごそごそして、分厚い財布をボクによこした。
「そこから払っといて!」