ノブ ・・第3部
「お前、ほんとにスケベだな!思い出し笑いがその証拠だ!」
ガハハ・・とタカダは笑って、ジョッキを傾けた。
「今、シンが言った事がよ、セックスってモノの核心に近いんじゃね〜か?リエ坊」
「うん、それは分かるんだけどね・・」
「じゃ、お前、今まで誰ともそんな風になりたいなんて思った事ね〜のか?」
「そんな事ないよ、私だって」
リエ坊が顔を上げて、タカダを見て言った。
「酒井君の時は、少しだけどそんなコト考えたよ」
「そうか、やっぱな・・」
「だけどね、お母さんの事があったし、酒井君あんなコトになっちゃったし・・」
「そのうちにね、受験やなんだで忙しくなったでしょ?」
「そして大学入ったら面倒くさくなっちゃったのかな」
「だったら1人でいいやってなっちゃうのよ、私」
そうなんだ・・ボクはリエさんの気持ちが、何となくだけど分かる気がした。
恵子が亡くなって、大学には入ったがボクも何となく・・誰と交わるでもなく過ごしていたし、そんな必要も感じてはいなかった。
正直、煩わしいとさえ思っていた、そう、恭子と知りあうまでは。
「オレ思うんですけど・・いいですか?言っても」
「うん、言って?!」
「リエさん、お母さんの事さえうまく切り離せたら、きっといい人見つかると思います」
「だって、こんなに美人だしスタイルいいし・・ベースはかっこいいし無敵ですよ、はっきり言って!」
「お、いいぞ、シン!この際だからよ、うんと持ち上げてやれ?!」
「いや・・」ボクは笑いながら続けた。
「持ち上げるなんて・・そんなんじゃなくても、リエさん綺麗っすよ、本当に本心ですもん!」
リエ坊のボクをジっと見つめる視線がこそばゆくて、ボクは下を向いて続けた。
「オレ、この冬に前の彼女が死んじゃって・・空っぽだったんです、入学当時・・」
「うん」
「もう、それこそ誰にも構って欲しくなくて、オレも煩わしくて1人でいいやって・・」
「そうだったんか」
「はい、暗かったみたいですね、オレ・・」
「そんな時です、今の彼女が声かけてきて、誕生日のお祝いに無理やり引っ張られて行ったんですよ」
「オレを入れて4人でお祝いしたんですけど、みんないいヤツで・・オレ、初めて話したんです、死んだ彼女の事」
「うん・・」タカダもリエ坊も、静かに聞いてくれた。
「そして、その夜・・今の彼女、恭子っていうんですけど」
「好きだって告白されて、オレもなんだか胸がジンワリ温かくなっちゃってですね」
「あ〜、忘れてたな・・こんな気持ちって思って」
「それで付き合う事になったんですよ、オレ達」
「そうだったんか・・良かったな!」
「その彼女に感謝しろよ?」
「はい、感謝してます」ボクは笑いながらウーロンハイを空けた。
「だからリエさんも、いいなって思える人が見つかったら、きっとうまくいきますよ、そう思います」
暫く黙って聞いていたリエ坊が、顔を上げて言った。
「いいな、って思える人か」
「はい」
「じゃ、その人の事好きになれたら、次は私どうしたらいいの?」
「そりゃ、正直になればいいんじゃないですか?自分に」
「自分に正直にって、どういう事?」
「うまく言えないっすけど・・好きになった気持ちに、もう蓋しないみたいな?!」
「ふた?」
「はい、お母さんの事は一先ず置いといて、セックスに対する嫌悪みたいなのも一旦、忘れて・・」
「何かリエさん、そのせいで損してますよ、多分」
「誰かを好きになったら、きっとホンワカしてくると思います、心っていうか胸の中が」
「それって、すごく幸せって感じると思うんですよ、オレ」
「そのホンワカした幸せを・・お母さんの事や嫌悪感で消しちゃったら勿体ないじゃないですか」
「そうなったら、迷わずあれこれ考えずにアタックしてみたらどうっすかね!」
「あんまり昔の事ばっかり考えても、仕方無いっすもん。」
あ〜、なんて偉そうにボクは語っているんだろう・・と、途中から自分で自分が恥ずかしくなったが、あえてここは鉄面皮を通した。
そんなに偉そうな事を言う資格なんて、ありゃしないのに。
でも、人を好きになると心がジンワリ・・ホンワカしてくるのは本当の事だと思ったから、ボクは続けた。
「きっと、そんな人が現れたら・・リエさん、もっと綺麗になっちゃいますね!」
「そうだな、リエ坊はオレが言うもの何だけどよ、いい女だぞ?黙ってりゃな!」
タカダも嬉しそうにジョッキを空けた。
「そうか、有難うね・・シンもアンタも」
「私ね、今まで誰にも言えなかったからさ、お母さんの事も、その・・セックスに対する嫌悪感も」
セックスってとこだけ、恥ずかしそうに小声になるリエ坊が可愛いなと思った。
「聞いて貰って、真面目に話してくれて有難う」
リエ坊が小さく頭を下げた。
そして言った。
「何か、今夜は嬉しい」
「ね、私もっと飲んでもいいかな?」
「おいおい、いい加減にしとけよ?そんなに強くね〜んだからよ、お前は」
「大丈夫、いい気分なんだもん」
「いいけどよ、オレはそろそろ引き上げるぜ、アイツが心配するからな」
「アイツって、奥さんですか?」
ガハハ、バカ!そんな奥さんなんてモンじゃねぇよ、アイツは・・まだ籍も入れてね〜しな!とタカダは笑いながら言った。
でも、その顔には嬉しそうな表情がハッキリと見てとれた。
「そうか、何カ月だっけ?彼女」
「おう、そろそろ4カ月だな」
「ええ〜?!4ヵ月って・・ひょっとして、赤ちゃんですか?」
「おうよ、何とオレ・・冬には親父になっちまうんだな、これが!」
驚いた!キャバレーのバンドマンやりながらの医学生ってだけでも十分にインパクトあるのに、父親でもあるのか。
ボクは鳩が豆鉄砲喰らったみたいに、口をパクパクさせてしまった。
「なに驚いてるんだよ、シンは。そんなに変か?オレが親父って」
「いや、凄いなって、タカダさんって・・ほんと、凄いっすね!」
「凄かねぇよ、生でヤリまくったら当たっちまったってだけの事だろが!」
と言いつつ、タカダはニコニコしながらさっさと立ち上がって荷物を持った。
「じゃ、シン、リエ坊に付き合ってやってくれな?」
「オレは、腹ん中のガキでも撫でに帰るからよ!」
「はいはい、どうぞ・・・お引き留めは致しませんからね」
「あ、今までのここのお勘定、払っといてね?!」
「私とシンは、もうちょっと飲んで行くからさ」
ちぇ、忘れてね〜でやんの・・とブツブツ言いながらも、タカダは勘定を済ませてくれた。
「じゃな、お前ら、あんま飲み過ぎんじゃね〜ぞ?!」
「うん、お休み!キヨちゃんによろしくね!」
「ご馳走様でした、お休みなさい」
「おう!」
ガラガラ・・と扉を開けて、タカダは出て行った。
「はあ〜、タカダさんって、面白いっていうか凄い人ですね」
正直、今まで出会った人達の中でも、きっと一番尖がった生き方をしてる人なのかもしれないな・・とボクは思った。
「うん、アイツもね、色々あったみたいだからね」
「そう・・なんでしょうね、少ししか知らないけど」