ノブ ・・第3部
はあ・・ボクは、自分に置き変えて考えてみたが、正直あんまり気分のいいものではないなと思った。
そりゃ両親だって人間で、男と女なんだから・・そういうコトもあるんだろうけど、浮気?!となると。
「でね、お母さんの顔見るの嫌だったけど、帰らない訳にはいかないでしょ?」
「具合も悪かったし・・」
「はぁ」
「だからロイホの公衆電話から家に電話してね、具合悪いから帰るって」
「暫くして、ただ今って帰ったら、もうチェーンは掛かってなくてね、すんなり入れたの」
「お母さん、お帰りなさい、大丈夫?って、いつもの顔でさ、何事も無かったみたいな」
「私、自分の部屋に行く前にベランダをチラっと見たのよ」
「そしたら、やっぱり干してあったの、赤いショーツ・・」
「それから暫くの間はね、お母さんの顔見るのさえ嫌でいやで」
リエさんはまた、黙って飲んだ。
「だから今でも、赤い下着って・・・大っ嫌い!何か不潔に思えちゃって」
「でもよ、それがお前の男嫌いの訳なんか?」
タカダが言った。
「まだ、途中」リエ坊に睨まれて、すいません・・とタカダは小さくなって黙った。
「一昨年かな、渋谷に行ったのね、友達と買い物に」
「その時、買い物の後ちっちゃいけど渋いライブハウスがあるからって、ブラブラ友達と探しながら歩いてたらね・・見ちゃったのよ」
「お袋さん、か?」
「うん、知らない男と腕組んで歩いてた」
ひゃ〜、厳しいな・・と思わずタカダも声を上げた。
「お袋さんも運が悪いってか?」
「ちょっと、茶化さないでくれる?!」
「私ね・・」
「こう見えて、バージンなんだよ」
「え?!ほんとか?お前!」
「嘘言ったって仕方ないでしょ、本当なんだから」
お母さんの浮気を見てから、リエ坊は男女のそういう行為がとてもイヤらしく思えてしまうのだと続けた。
「でもね、恋人同士だったり夫婦だったら自然な事でしょ?それは分かってるんだけど」
「頭では理解出来るんだけど、自分の時のコトを想像すると・・鳥肌が立っちゃうのよ、気持ち悪くて」
「それにね、何かさ、実はお母さんみたいな女なのかな・・なんて思っちゃってさ、私も」
「同じ血が流れてるんだって考えるとさ、怖いのよ、自分が」
「私も、あんな声だすのかな、獣みたいだった・・」
「あ〜あ、最悪・・私って」
「だから男と女のコト、ちっともいいコトだなんて思えなくってさ・・」
そう思うと、益々オトコってモノが縁遠くなるんだ・・とリエ坊はため息と共に話を終えた。
「お前、運が悪かったんだな、それは」
タカダが真面目に言った。
「お前よ、お袋さん・・好きだったろ!」
「そりゃそうよ、あんな場面を目撃するまではね」
「だから余計なんだな、裏切られた気分ってか?!」
「そうなんだろね、まさか、あのお母さんが?!って感じよ」
タカダはショッポに火を点けて、フ〜っと上を向いて吐き出して、言った。
「仕方ね〜じゃん、見ちゃったんだからよ」
「そりゃ、お袋さんの母親じゃねぇ部分は、お前にはキツいだろうけどな・・女なんだよ、お袋さんも」
「でもさ、だからって、お父さんがいない時に浮気していいとはならないでしょ?」
「だから、一緒にすんなっての!」
「何をよ?!」
「浮気は浮気・・お袋さんのプライベートな事情なんだから、それとセックスそのものを混同すんなって言ってんだよ」
「・・だって」
「いいか、良く聞け?!」
「お袋さんが浮気しようが、親父さんが女つくろうがな?お前の人生にはこれっぽっちも関係ねぇってコトさ!」
「そりゃ、親子だからな?動揺もするだろうし嫌な気にもなるだろう・・でもよ?」
「親子だから同じコトするなんて、誰が言った?」
「・・・」
「それにな、処女だったらセックスが怖いのは多分一緒だ、みんな」
「お前はそこにお袋さんの行為っていうか、お前から見たら嫌な一面を重ねちまってるんだよ、きっと」
「お袋さんと親父さんの間の事は、はっきり言えばお前にはどうしようもない事だろ?」
「確かに親子だけどな、両親だって男と女なんだから・・」
「子供には分からねぇ秘密とか事情って、きっとみんな持ってんだよ」
「そうなのかな」
「ま、偉そうに言ってもオレも良く分かんねぇけどよ、少なくともセックスに対しての負の要因になってる事だけは、確かだろ?」
「まぁね」
ボクは、途中で恭子の事を思い出していた。
彼女はセックスに怖さを覚えるどころか、その100倍の興味を持って虎視耽々とその機会を狙っていたんだな。
考えてみれば、タカダの意見は大多数ではあっても全てではない。世の中・・・色々なんだ。
でも、この場合のタカダの解説は明快で分かり易かった。
「シンはどう思った?私の話」
「え、オレですか?」
「うん、私がおかしいのかな」
ボクは言葉に詰まりそうになったが、リエ坊がここまで胸の内をあかしたんだから・・と正直な気持ちを言った。
「リエさん、可哀そうっすね」
「可哀想なの?私」
「はい・・」
「オレ、自分の両親のどっちかが浮気してたら・・そして、その現場を見たり聞いたりしちゃったら、やっぱ嫌です、同じです」
「でも」
「・・でも?」
「はい、うまく言えないっすけど・・・セックスって、リエさんが思ってる程、悪いもんじゃない・・みたいにも思います」
「タカダさんが言ったみたいに、親の浮気なんて見たくないモノと混同しちゃったら厳しいですけど、好きな相手と一緒にいると・・」
「うん・・」リエ坊は、真面目に聞いてくれた。
「オレ、その人の話をもっと聞きたい、その人を知りたい・・」
「そして手を繋いだり肩抱いたり、その人に触れたくなるんです」
「うん、分かるよ、その位は私にも」
「はい、オレ・・・セックスって、その延長みたいに思えるんですよ、好きな相手を知る、相手に触れる事の」
相手を好きになるとボクは、触れていたくなる、手も唇も。
そして相手が喜んでくれたらこんなに嬉しい事は無いし、自分も幸せを感じられるんだ・・と言った。
「多分、誰だって好きでも無い人と手を繋ぎたいなんて思いませんよね?!」
「そりゃ・・そうよね」
「でも、ある人を意識して好きになっちゃうとオレ、そんな風に相手と何とかして繋がりたいって思うんです」
「繋がる・・か、セックスもその延長って事?」
「はい、多分」
「そして、もしかしたらお互いの気持ちを確かめたいって面もあるのかもしれません、オレにとってセックスは」
そうか、お互いの気持ちを確かめる手段ね・・リエ坊はそう言いながら煙草に火を点けた。
恭子の好きな煙草と同じ、セーラムのメンソールだった。
「その煙草、オレの彼女も好きで吸ってます」恭子が懐かしくなったボクは、微笑みながら言った。
「1本、貰えますか?」
「うん、いいよ!」
セーラムは、懐かしい香りがした。
無性に恭子に会いたくなったボクは、我ながら調子いいヤツだな・・と自嘲してしまった。
さっきまでさゆりさんの事で煮詰まってたのは、どこのドイツだ?
「シン、なに笑ってんだ?」
「あ、いや、すいません・・ちょっと彼女思い出しちゃって」