ノブ ・・第3部
「2人とも、も、もう少し穏便にいきましょ、ね?!」
リエ坊とタカダが一瞬お互いを見やって、次にボクを見た。
「はは〜、シン、おまえ」
意外なコトに、タカダの目は笑っていた。
あれ、大丈夫なのかな?良かった・・・ボクはホっとしてウーロンハイをあおった。
途端にゴホっとむせてしまい、慌ててお絞りで口を押さえた。
「あ〜あ、気を付けなさいよ、もう」
リエ坊が自分のお絞りも渡してくれた。
「す、すいません、慌てちゃって・・」
「いいのよ、シン」
「心配してくれたんでしょ?私とコイツが喧嘩するんじゃないかって」
いや、そんな・・・と口を拭いながらボクは、思わず笑ってしまった。
「だって火花散ってましたもん、2人の間に」
「大丈夫よ、コイツの失礼な台詞には飽きあきする位慣れてるからさ」
ね、アンタのせいよ?シンに謝りなさいよ!とリエ坊はタカダを睨んだ。
でも、もうその目は笑っていた。
「はは、悪いな、シン」
「でもよ、オレとリエ坊はいつもこんなんだからよ、早いトコ慣れろよ?!お前も」
「はぁ、分かりました」ボクはツマミをつついて笑った。
「ふ〜、でも死ぬかと思いましたよ、ウーロンハイが気管に入っちゃったみたいで」
バカね、シンは・・リエ坊も笑ってジョッキを空けた。
「お代わり、しちゃおうかな?」
「おいおい、大丈夫か?そんなに強くね〜んだからよ、お前」
「なに言ってるのよ、これ位」
「ちょっと、お手洗い・・・あ、ウーロンハイ、頼んどいて?!」とリエさんは言い残して、店の奥に消えた。
「でもよ、何で男作らないんだろうな、アイツは」
タカダが、店の奥を見やって言った。
「さぁ、なんでですかね・・」
「まさか、まだ引き摺ってるんかな、酒井のコト」
そうか、そうなんだ、きっと!ボクは自分の鈍感さに呆れた。
「それでしょうね、多分」
「うん、オレもそう思う・・どうするよ、シン!」
いきなりタカダに振られて、ボクはまた慌てた。
「どうするって、どうするんですか、一体」
「お前、聞いてみ?!」
「そんな、ムリっすよ、無理!」
「ムリじゃね〜って、お前なら聞けるさ・・確かめてくれよ、な?」
「だって・・」
「オレじゃよ、ほら、アイツのコトだから素直にゲロしね〜って」
「そんなコト言われたって・・じゃ、オレが怒られたらど〜すんですか?!」
「いいじゃん、ここ、奢るからよ、頼むって・・な?」
タカダにおがむ真似をされて、ボクが困っているところにリエ坊が戻ってきた。
「頼んどいてくれた?ウーロンハイ」
「あ、すいません、これからです」
もう、しょうがないわね・・と、リエ坊はウエイターに向かって自分でオーダーした。
ほれ行け!とテーブルの向かいからタカダが目で促した。
仕方ない、もうどうにでもなれ・・だ!
「あの、リエさん?」ボクは横のリエ坊に少し改まって聞いた。
「その・・男性って言うか、彼氏を作らないのはどうしてですか?」
「なに〜?シンまでそんなコト聞くの?!」
「あ、いや参考までにっていうか、何でかな〜って」
リエさん、綺麗だからもてると思うし・・と、ボクは必死だった。
「聞きたいの?」
「あ、もし嫌じゃなかったら・・です、はい」
「ふふ、アンタ達が考えてる理由は、外れね、多分」
「え、じゃ、サカイさんのコトがまだ好きだからじゃないんですか?」
言ってしまってからボクは、テーブルの向こうからのタカダの視線に気付いた。遅かったみたいだけど。
お前、なにいきなり直球投げてんだよ!と、タカダの目は言っていた。
リエさんはボクの言葉を聞いたあと、ゆっくりとボクら2人を見まわして言った。
「あのね、酒井君の事は、もう何とも思ってないのよ」
「ほんとか?」
「本当よ、嘘なんかつかないわ」
「私ね・・いいか、話しても、アンタらには」
リエ坊は俯いて、テーブルの上に両手を組んだ。
「・・私ね」
「はい・・」
何となく硬くなったリエ坊の表情に、ボクは少し緊張した。
見ればタカダも、もう笑ってはいなかった。
「アンタにも話した事ないんだけどさ、うちの事情、知ってる?」
「いや、詳しくは知らね〜けど?」
「うん・・」
「うちの父親は商社マンでさ、年中海外飛び回っててね、家にいるのは、そうね・・」
「それこそ盆暮れ正月だけ、みたいな感じなのよ」
「ほう、そうなんだ」
「うん、そう」
それでなのかな・・と、リエ坊は一息ついて、ウーロンハイを一口飲んだ。
「高3のある日ね、何気なく早く帰った日があってね」
「ただ今〜って言って玄関入ったら、母親が慌ててさ、ベランダに出て洗濯もの取り込み始めたの」
「はぁ・・」
「あれ?まだ夕方になってないのに、どうして慌てて?なんて思ってね」
「何気なく、洗濯ものを入れるバスケットを見たら」
「真っ赤なショーツとブラジャーがあったの」
「うん、真っ赤なパンツか」
「私もね、その時は派手なの穿くんだな、お母さん・・位にしか思ってなかったんだけど・・」
リエ坊の表情がまた沈んだ。
「その訳が分かっちゃったのよね」
「え、派手な下着のワケですか?」
「うん、そう」
リエ坊のボクを見た目が、悲しそうな色をしていた。
「浮気してたの、お母さん」
「下着だけで分かるんか?浮気って」
「だって・・・」
聞いたし見ちゃったんだもん、現場・・とリエ坊は下を向いてしまった。
「その後暫くして、私、生理で具合悪くなって早退したのね」
「帰ったら玄関にチェーンロック掛かってたの」
「チェーンですか?」
「うん、チェーン・・」
「うちの辺りはさ、一時期泥棒が多くってさ、外出する時はチェーン掛けて勝手口から出るって、家族で決めたのね?!」
勝手口には、難しい暗証番号のダイヤルロックも付けてあったから・・と。
「で、てっきり、お母さん出かけてるんだと思って、勝手口から入ったんだ、家に」
「そしたらね、聞こえて来たのよ、2階の寝室から声が」
「はぁ〜、思い出しても気分悪くなりそ・・」リエ坊は頭を抱えた。
「声って、ひょっとして、お前のお袋さんのか?」
「そうよ、お母さんの、女の時の声」
「・・・・」
ボクは何も言えずに黙ってしまった。
「お前んちデカイもんな、勝手口から入った位の音じゃ聞こえねぇんだな、2階には」
「そんなにデカイんですか?リエさんちって!」
「おう、すげ〜ぞ?!なにしろ、楽器やるのにうるさいと困るってんでな、庭にプレハブのスタジオ造っちまった位だからな!」
「へぇ〜、凄い豪邸っすね」
いいのよ、そんなコトは・・リエ坊がボクらを睨んだ。
「聞く気あるの?私の話」
はい・・とボクとタカダは居ずまいを正して黙った。
「でね、初めは私も何の声か分からなかったからね・・恐る恐る昇ったの、階段を静か〜にね、怖かったからさ」
「そしたらさ、お父さんとお母さんの寝室のドアの向こうから聞こえるじゃない?声・・」
「お母さん、知らない男の名前も呼んでた」
「もう、耳を塞いで降りたわよ、階段」
「そしてね、勝手口からまた出て、結局近所のロイホで時間潰したの、暫くね」