ノブ ・・第3部
ボクは取り敢えず練習に没頭する事で、モヤモヤから解放されたかったのかもしれない。
「明日までに・・・」
それからボクは、ひと晩中カセットを聞きながらジミヘンの2曲と、昨日目鼻が付いた2曲を繰り返して叩いた。
叩いているうちに、自分の演奏がいいのか悪いのか?そんなコトはもう頭からは無くなっていて、ひたすら・・本当にただひたすら聞いて叩いて、一夜が明けた。
ジミヘンの2曲にキッス、イーグルス・・・4曲何とか叩ける様になったかなと思えた時にはもう、窓の外は薄青くなっていた。
「疲れた・・・」
窓を見やって、自分がひと晩集中出来たコトは嬉しかったが、一人寂しくホテルで過ごしたであろうさゆりさんを思うと少し心が痛かった。
「今頃、どうしてるんだろ・・寝てるかな」
私はいいんです・・・寂しそうに微笑んださゆりさんの横顔が頭から離れなかった。
「ごめんな、さゆり」
ボクは独りごちて、今のオレにはこれしか出来ないんだよ・・・と言い訳しながら、シャツを着替えてベッドに横になった。
目が覚めた時にはまた、汗ビッショリになっていた。
夢は全く見なかった。
「何時だ?」
目覚ましの針は丁度2本とも真上にあったから、少なくとも寝坊はしていないな・・と安心して、ボクは起きた。
肩も腰もバキバキだったけど、熟睡出来たお陰で頭はスッキリしていた。
洗顔の後、ボクは三省堂の前のマックに行きハンバーガーのセットを食べてアパートに戻った。
そして、タオルを頭に巻いて・・・4曲通しでまた、何度かさらった。
「・・もうすぐ、2時だ」
シャワーを浴びて着替えたボクは、部室に急いだ。
「随分、頑張ったみたいだな、自主トレ」
「はぁ・・」
いい感じになってきたぞ、ジミヘンも・・とタカダが珍しく笑わずに褒めてくれた。
リエ坊も煙草に火を点けて、フ〜っと煙を吐きながら言った。
「シン、間に合うよ・・学園祭」
「ほんとですか?」
「うん、音がカチっとしてきた。リズムはまだまだ怪しいけど・・ちゃんとロックのドラムスになってきてるわよ!」
「良かった・・」と呟いて、ボクは部室の床に汗ダクのまま大の字になった。
2時から始まった練習は途中休憩を1回挟んだだけで、もう6時近くになっていた。
息も絶え絶えだったが、ボクは思わずニヤけてしまった。2人に褒められた事が何より嬉しかったし、また正直、ホっとしたのだ。
自分なりに工夫したとは言え、あんな練習で良かったのか・・?とずっと不安だったからね。
今日の練習は、4曲をとにかく早く仕上げよう・・とのリエ坊の提案で、最初の2時間はダメ出し・・・後の2時間は前半の注意点を意識しながら、ぶっ続けでひたすら通したのだ。
横になったボクに向かって、タカダが言った。
「テープ、聞いたのか?」
「はい、丁度帰京してた兄貴が、昔入れたジミヘンのテープを探し出してくれたんで・・」
「なに、シンってお兄さんいるの?」
リエ坊が咥え煙草のまま、ベースをケースに仕舞いながら聞いた。
あれ、言ってませんでしたっけ?と、ボクは2歳上の兄の事を2人に話した。
「そうなんだ、S医大か・・」
「お前の兄貴、頭いいんだな!」タカダが今日初めて笑いながら言った。
「真面目なんですよ、ヤツはとにかく」
ボクも床から起き上がって、タオルで顔と頭をゴシゴシ拭いた。
「でも、真面目なお兄さんでもロックは好きなのね」
「はい、オレ・・・音楽に関しては兄貴から教わりましたから」
そ〜そ、真面目が一番・・・と呟きながらタカダもギターとエフェクターを仕舞った。
「いや〜、きつかったな、今日は」
「いいじゃない、取り敢えず4曲は見通し付いたんだから文句言わない!」
はいはい・・おっかね〜よな、リエ坊はよ・・とボクに目配せしてタカダが舌を出した。
「でも良かったです・・オレも」
「シンはさ、この調子で集中してやれば・・アンタ、結構いい線行くかもよ?」
「え?いい線って?」
パーカッションの素質があるかもって事・・とリエ坊は言った。
「打楽器ってね、生まれ持ったリズム感が全てなのよ」
「こればっかりはいくら練習してもムリね!」
「そうなんですか?オレ、リズム感いいのかな」
「うん、いいと思うわ」
あ、勘違いしないでね?いいとは思うけど、まだまだ満点には程遠いんだから・・・と最後にニッコリ笑ってボクに釘を刺す事もリエ坊は忘れていなかった。
はい、分かってます・・・ボクも素直に頷いた。
「そう、まだまだ・・だよな」
「さて、冷たいビールでも飲みに行くか?」
「あんた銀座は?」
「おう、今夜はフリーだ!」
部室に鍵をかけて、ボクらは外に出た。
「まだまだ暑いな・・この時間は」
タカダが空を仰いで呟いた。
「そうね、この調子で練習してたら、痩せるわね・・この夏は!」
「バカ、お前・・それ以上痩せちまったら、どこもかしこもペッタンコになっちまうじゃんか!」
タカダが、ガハハと笑いながらリエ坊に言った。
「なに言ってんのよ、私の裸なんて見た事ないくせに!」リエ坊も負けてはいなかった。
「こう見えてもね、ちゃんと出るとこは困らない程度に出てるんだから・・余計なお世話よ!」
ボクはそんな2人の後を、微笑みながらついて行った。
鳥銀でいいか?代わり映えしね〜けどよ・・と、タカダが振り返って言った。
「はい、オレはどこでも・・ただ」
「ん?なんだ?」
オレ、金欠で・・とモジモジすると、リエ坊が「あ、ごめんね?!」
「スコアの代金、払うからさ、それに今日はコイツの奢りだからね?!大丈夫よ、シン!」
「おいおい、いつ決まったんだよ、オレの奢りって!」
「いいじゃない、可愛い後輩でしょ?面倒見てあげなさいよ」
リエ坊はそう言って、タカダの肩をバン!と叩いて笑った。
いいけどよ、別に・・・タカダも苦笑するしかなかったのだろう、ボクに向かって「そういうコトらしい、心配すんな!な?!」
でも、学年は同級なんだけどな・・と下を向いて呟くタカダに、ボクは笑いながら「すんません・・ご馳走様です!」と言った。
鳥銀で飲み喰いしながら、ボクらは次の曲を話しあった。
「クリームのサンシャインラブと、イーグルスの呪われた夜だろ?」
「後は?どうするよ」
「え?!ちょ、ちょっと待って下さい・・」
「うん?なんだ?」
「後はって、一体何曲やるんですか?」
「そうね、各バンドの持ち時間が50分だから・・・10曲位用意するバンドもあるわね」
「じゅ、10曲?!」ボクは思わず持っていたジョッキを落っことしそうになってしまった。
「そんな、10曲なんて・・無理っすよ、オレ!」
今の4曲でも一杯いっぱいなんすから・・・と。
「な〜に早くも泣き入れてんだよ、シン・・」
「曲が多くて喜ぶんなら分かるけどよ、大丈夫、まだまだ時間あんだから!」
「そりゃそうっすけど」
「シン、考えてみて?今の4曲・・どの位時間かかった?」
「え〜っと、部室覗いたのが日曜日・・・今日が4日の木曜日ですよね・・」
「って事は・・・5日目です」と、ボクは指折り数えて言った。
「でしょ?」リエ坊が続けた。



