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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ ・・第3部

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ほんとなのかな?と思いながら。

そんなボクに気付いたのか、さゆりさんが先に箸を付けてボクに向き直って言った。
「・・美味しいですね」

「本当にノブさんが仰った通りです、美味しい」
「良かった、頂きま〜す!」
ボクも食べ始めてから・・・黙ってしまった。

本当にうまいと思いながら、一気に半分近く食べた。

「ノブさん?」
「・・うん?」口いっぱいに麺を頬張ってモグモグするボクに、さゆりさんは微笑みながら言った。

「冷やし中華は逃げませんから」
「う、うん・・でも、美味しくてさ」
「餃子は?何を付けますか?」

ボクは醤油とラー油と、お酢多め・・・と言った。

「はい、分かりました・・」
さゆりさんが小皿にそれらを入れて「餃子もどうぞ?冷めちゃいますよ?」と勧めてくれた。
「うん、じゃ餃子」

さゆりさんの好みなのか、ラー油が効いた餃子はピリ辛で、いいアクセントになった。

「・・やっぱり旨いね、餃子も」
「ノブさんって、ほんと美味しそうに頂くんですね」
「見てるだけで楽しくなっちゃいます」
「・・・そう?」
ボクは相変わらずモグモグしながら、冷やし中華と餃子を交互に食べた。

さゆりさんはボクとは対照的に、静かに上品に食べていた。
ボクは先に食べ終わってしまい、どうしようかと少し迷ったが・・・ボクは手を上げて彼女を呼んだ。

「中生、二つ!」
「・・・・」やはり彼女は無言で伝票に書き足して、向こうに行った。

「ノブさん・・いいんですか?練習は?」
「うん、一杯だけね!」
何か飲みたくなっちゃった・・・と笑ったボクに、さゆりさんは何も言わずに微笑んだ。

「一杯位は、いいよな・・」
ボクは自分に言い訳する様に独りごちて、煙草を咥えた。
さゆりさんがそれを見て、素早くバッグからライターを出して火を点けた。

そしてその時、ドン!とジョッキが2つ目の前に乱暴に置かれて、泡が少し零れた。
ボクは思わず女の子に目を向けた。

「・・・」彼女はボクと目を合わせず、無言のまま立ち去った。

「なんだろ・・・」
「ごめんなさい、タイミングが悪かったですね」
「彼女とは関係無いのに・・態度悪いな!」

今度は明らかに、ボクも苛ついた。
取り敢えず気持ちを落ち着かせようと、ボクは乾杯もせずに独りでジョッキを傾けた。
「ふ〜!」そんな時でも、生ビールは美味しかった。

冷たいビールが喉を落ちて行って、苛々も少しは凪いだようだった。

唇に泡を付けたままのボクを見て、さゆりさんが笑いながら言った。

「ノブさん、動揺してますね」
「え?そ、そんな事ないよ・・関係無いもん!」
「いいんです、彼女の気持ちは分かりますもん、私にも・・」
勿論、ノブさんの気持ちも・・と続けた。

「どういうコト?」

「きっと・・」
彼女はボクが女連れで来るなんて、思ってもいなかったのだろう。そして・・その事に面白くない感情を持ってしまった。
多分、そんな自分にも驚いて腹を立てているのではないか?と、さゆりさんは言った。

「知らないよ、オレ」
「そうですよね、ノブさんには関係無い事なのかもしれません。」
「でも、女ってそういう所があるんです・・・いきなり自分の胸の内が分かってしまって慌てる・・みたいな」

そこまで言って、さゆりさんは冷し中華を食べながら生ビールを一口飲んだ。
「あら、ビールも美味しいですね!」

結構難しいんですよ?ジョッキにビールを美味しく注ぐのって・・・とジョッキを両手で抱えて言った。

「そうなんだ・・・で?オレの気持ちって?」
「はい、ノブさんはきっと」
「心のどこか、自分でも気付かない所で、彼女に好意を持ってるみたいな気がします」

あはは・・・とボクはいきなり笑ってしまった。
「それは無いよ、全く、絶対に!」
「ううん、あくまでも好意ですからね?ノブさん・・」

「好きとか嫌いとかの恋愛感情じゃなくて・・・」
さゆりさんは微笑みながら言った。

そうなのか?ボクは自問自答しながら、暫く静かにビールを飲んだ。

「でも・・・そうだとしても、やっぱり関係無いよ」
「オレには・・」
ボクはビールを一気に飲み干して、ジョッキをカウンターに置いた。

さゆりさんは、両手で抱えたジョッキをゆっくり傾けながら言った。

「そろそろ、お暇しましょうか・・」
「あれ、もういいの?残ってるけど?」

はい、お腹一杯になっちゃいました・・と、さゆりさんは立ち上がった。
そして「私、払ってきますね」とレジに行った。
うん・・・ボクは出口の扉を開けながら、レジの方を見た。

レジでは、やはり彼女は無言でさゆりさんからお金を受け取った。
そして、二言三言の遣り取りの後、突然彼女が大きな声で言った。

「ありがとうございました!」

ボクだけではなく、店にいた10人近いお客さんが、いっせいに声の方に目をやった。

彼女はさゆりさんを睨み付けて、店の奥に消えた。

さゆりさんが出てきて、ボクらは店を出た。
「ご馳走様・・でも、どうしたの?彼女」
「私が、余計な事を言っちゃったみたいです」
そう言いながらさゆりさんは、悪びれた様子も無く微笑みながら言った。
「私たち、兄弟ですからね、ご心配無くって」
「そうしたら彼女、姉って弟の煙草に火を点けるものなの?ですって」
「はぁ」

「私、われながら下手な言い訳だなって思って、笑っちゃったんです・・」
「彼女、そんな私に苛ついちゃったんでしょうね」

ボクは、何だか少し気分が悪くなった。

「・・良くないよ、そんなの」
「彼女の事、からかってるようにしか思えないじゃん!」つい、強い口調になってしまった。

「ごめんなさい・・でも、ノブさん?」
「なに?」

「そんなに彼女が大事ですか?」
「いや、そういうコトじゃなくって・・」
「それが、私の言ったノブさんが持ってる好意なんですよ」
「え?」

何となく分かっちゃうんですよね、女って・・・と言いながらさゆりさんは、立ち止まったボクの前を歩いた。

そして、振り返って言った。
「・・ごめんなさい、嫌な女ですね、私って」
「彼女がこれからもノブさんに会うんだろうなって思ったら・・」

「それって」
「焼餅、妬いたってコト?」
「はい、そうみたいです」

さゆりさんは目を伏せて、また言った。
「ごめんなさい・・」

ボクはボクで、気分を害した自分にも驚いていたのかもしれない。

「帰ろうか」
ボクは、さゆりさんの手を取って歩き出した。
「オレさ、まだ良く分かんないんだよ、女性の心理って」

「・・単純です、嫉妬深くてエゴイスティック」
「そのくせ、いい子ぶったり年上ぶったり・・・私ってそんな女なんですね」
さゆりさんが、また立ち止まって手を離して言った。

「ノブさん?」
「なに?」
「こんな女で、ガッカリしました?」

ボクらは暫く、もうとっぷりと暮れたすずらん通りで無言で見詰め合った。

「オレね・・・」
「自分でも分からないんだ、なんでさっき・・嫌な気分になったのか」
「自分のコトも分かんないのに、人にえらそうな事なんて言えないよな」

「・・・」
「だから、もういいよ」
さゆりが焼餅妬きだって事が分かっただけで・・とボクは笑った。
作品名:ノブ ・・第3部 作家名:長浜くろべゐ