天使の導き
天使の導き
僕が医者から余命半年を宣告されたのは、ちょうど半年前だった。
思えば父も祖母も同じ病で急逝していた。医師には聞かなかったが、たぶん遺伝なんだろう。まるで呪いみたいだなと他人事のように思った。
唯一の肉親である母は僕の入院を知ってすぐに来てくれたが、もともと身体が弱い人なので体調を崩してしまい、一か月後には田舎へ帰ってもらった。
大学の友人も最初の頃は見舞いに来たけど、もともと親友と呼べる間柄の者もおらず、病室で些細な口論をして以来、誰も姿を見せなくなった。
どうせ死んでしまえば誰もが孤独だ。
そう自分に言い聞かせて、白い部屋の中で終わりの時をじっと待つだけの毎日だった。
しかし、病院のベッドに横たわる僕はまだ生きている。
二ヶ月ほど前に担当の医師に薦められた薬を服用し始めてから劇的に回復したんだ。今では胸の痛みもほとんど感じなくなったし、ひとりでトイレや売店にも行けるようになった。
僕の命を救ったのはまだ国から承認されていない新薬で、僕は鼠や猿と同じ実験台になっているわけだけど、もちろん後悔はしていない。
この薬の臨床試験が認められたのはつい最近のことらしく、医師は「本当に幸運でした」と喜んでいた。
「佐藤さん、検温の時間ですよ」
部屋の空気を一気に変えるような軽やかな声。ナース服を身に纏った彼女のやわらかな微笑。
白衣の天使などとも言われる看護婦だが、この病院でその名に最も相応しいのは間違いなく彼女だろう。
少しウェーブがかった亜麻色の髪が素敵な美人だからというだけではなく、その心根までもが透き通るように綺麗で、彼女の声を聞くと僕の心も温かくなる。仕事に対してはすごく真面目だけれど、僕のつまらない話にも付き合ってくれて、クスクスと笑う姿がとても可愛い。
そんな彼女――手塚愛理さんが僕のことを好きなんじゃないかと自惚れ始めたのは最近のことだ。
僕の病状を誰よりも気にかけてくれて、見舞い客の来ない僕の病室にいつも花を飾ってくれる。この前、僕が冗談っぽく「退院したらデートしてくれませんか?」と聞いたら、少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら「いいですよ」と言ってくれた。
「もしかしたら年内に退院許可が出るかも知れないんです」
体温計を確認している彼女の長いまつ毛を見つめながら告げる。
「……え?」
顔を上げた彼女が僕を見つめ返す。
愛理さんはきっと喜んでくれる。そう思っていた。
でも、その顔に期待していたような笑みはなかった。
「良かったですね」
業務用の笑顔でそれだけを告げると、彼女は逃げるように病室から出ていった。
それからの僕は我ながら魂の抜け殻のようだった。
昼食も夕食もほとんど手をつけず、婦長の飯山さんから散々叱られたが、その言葉も全然頭に入ってはこない。
なぜ、彼女は喜んでくれなかったのだろう?
僕が退院すると今までのように会えなくなるから寂しかったのか? いや、この前約束したデートが実現してしまうのが嫌だったのか? 好かれているのか嫌われているのかすら判らない。
あれから何度か彼女は仕事で病室に来たが、ほとんど僕と目を合わせてくれなかった。