愛と苦しみの果てに
それから一年が過ぎた。啓太と可奈子の結婚の日取りが決まり、二人の結婚が迫っていた。
そんな折、可奈子が洋介のそばに寄ってきた。そして寂しいそうに呟く。
「私、きっと洋介さんに振られてしまったんだね。だから……、待てなかったの」
それは可奈子の未練のようにも聞こえた。しかし洋介は、それがどういう意味なのかよくわからなかった。
啓太と可奈子が結婚して、一ヶ月も経たない内に米国駐在員の欠員が出た。
会社の規定では、独身者に海外赴任の辞令を出すことはない。なぜなら、独身者の海外生活は自由奔放となり過ぎて、種々問題が起こり易い。そのためどうしても妻帯者となる。
その流れで、若くて既婚の啓太が本命となった。しかし、啓太夫婦は新婚のの暮らしをスタートさせたばかり。まずは生活を固めていく必要がある。
「洋介、俺、今回は海外赴任……、パスしたいんだよなあ」
啓太が昼食時に弱気なことを漏らした。
その点、洋介は独身で身軽。そして可奈子の件がなぜか心に尾を引いていて、日本を離れたい。だが、会社の規定から外れる。
「会社のために貢献したいのです。だから今回の海外勤務、私に行かせて下さい」
洋介は部長に願い出た。
確かにそれは会社のために一働きしたいという純粋な気持ちだった。しかし、親友の生活を守るための懇願でもあったし、日本から逃れたい気持ちもあったことは事実だ。
幸いにも会社は、洋介の仕事への熱い情熱としてその願いを聞き入れてくれた。そして特例ではあったが、洋介は米国駐在の辞令を受け取ったのだった。
洋介が米国へ旅立つ二日前に部内で壮行会が催された。残念ながら、親友の啓太は九州へ出張中。
「洋介、仕事の関係で、どうしても出席できない、スマナイ」
啓太から謝りの電話が入った。
「啓太、構わないよ、俺らは生涯一蓮托生、今日明日の友じゃないぜ」
二人の友情はこんなことくらいで揺らぐものではないと信じていた。
しかし、啓太は余程申し訳ないと思ったのだろう、「俺の代わりに、可奈子を出席させるよ」と言い出した。洋介に断る理由はない。
「ああ、ありがとう。可奈子さんを家までちゃんと送り届けるから」
洋介はそう約束した。