夢の途中8 (248-269)
「・・・・・ママ、御馳走さん(ーー゛)・・・・・・」
熊田は古畑の顔を見ないで、プイッと店を出た。
『あ!熊田さん・・・・(*_*)・・・・』
[アレ?何か俺マズイ事言っちゃった?^^;・・・・]
『・・・いえ、良いのよ(*_*;・・・・・』
香織は口先で熊田をかわそうとした自分を恥じた。
やはり、はっきり言うべきではないかと・・・
例え優一の自分に対する気持ちに確証が無いにしても、今の自分は確実に優一の事を愛している。
その気持ちだけで十分ではないか・・・
例え優一にその気が無くても、今まで何くれなく応援して来てくれた熊田に対し、何時までも思わせぶりな態度のままでは申し訳ない・・・
熊田が入院中、静子が香織に「お父ちゃんの事、好き?嫌い?」と尋ねられた時も、頭の片隅に既に優一の存在が在ったから静子に良い返事が出来なかったに違いない。
そうだ、そうなんだ・・・・香織は改めて、自分に問いかけた・・
香織は何時もの時間に店を閉め翌日の仕込み終えると、
まずシャワーを浴びて食事をした。
その後、その日の売り上げや仕入れを記帳し、新たなメールが来ていないかチェックする。
優一から新しいメールは来ていなかった。
優一は今、熊本に居る。
あの日、「月曜に大阪本社で会議が在ってね。だから火曜日の朝イチで札幌に飛ぼうかと思っているよ。札幌の仕事もボチボチ終わりかけてる。あっちが片付いたらまた藤野に戻れると思うよ。そしたらまた香織さんの作る朝食もランチも戴けるね♪」
そう言って別れた優一では在ったが、池田の美羽の自宅で翌日藤野に帰る身支度をしていた香織に携帯電話を掛けて来た。
「あ、香織さん?実は・・・・・」喜び勇んで受話器をとった香織であったのに、優一の話に少し落胆を覚えた・・・
夢島建設大阪本社で行われた月曜日の会議で、急遽優一が熊本支社へ派遣されることになったのだ。
夢島建設熊本支社は、近年の地球温暖化の影響で日本各地に頻繁に発生し始めた【ゲリラ豪雨】から火山灰地質の阿蘇山周辺の道路を補強するため、県から地質調査と補強工事を受注していた。
現場では丁度1年前から調査と補強工事を平行して実施していたのだが、予想以上に補強箇所が多く在る事が分かり、更には支社の実務責任者が3名交通事故により重傷を負い、長期離脱を余儀なくされた。
その事に対し大阪本社は熊本支社の実務部隊の補強をすることになり、実務の現場監督4名と、総責任者に優一を指名したのだった。
そして翌々日に優一は熊本に赴任していた。
「・・・・そんな訳で、2,3カ月は藤野には帰れんかも知れんなァ・・・
香織さんの料理、食べれるかと楽しみにしてたんやけどなァ・・・」
『うふふふ♪ お仕事なら仕方ないわ♪ でも、折角ついた朝食の習慣、お止めにならないでね・・・ 特に男の方にはきちんきちんと朝食を摂る事が大事だから・・』
電話では気にするそぶりを隠しながら香織は対応した。
『私、明日藤野に帰ります。 お忙しいでしょうけど、たまには連絡下さいね・・・
お電話が無理なら、メールでも・・・携帯でもパソコンでも良いから・・・
一言二言、元気でいるって事だけでも良いですから・・・』
「ああ、分かった。 必ずメールする。 毎日、メールするわ♪」
藤野へ帰った昨日の夜、優一から香織のパソコンにメールが在った。
2008年8月20日 20:07
件名:お疲れ様
「香織さん、もう藤野に帰ったかな?
今日は阿蘇山に上って来た。
藤野も広いけど、阿蘇山の外輪山も広いところや。
此処は太古の昔に大噴火で出来た土地やが、阿蘇山が噴火しなかったら高さが3万メートルにもなってたそうや。
今日は俵山言う山に登って来たんや。見晴らしのエエ場所でなァ、何となく藤野に似た風景やった。
またメールします。オヤスミ 」
2008年8月20日 21:15
件名:reお疲れ様
『メール、有難う御座います。藤野には7時頃着きました。
久しぶりで帰って来たから、なんか懐かしい想いです。
熊本も雄大な処なのですね。
お食事はちゃんと摂られてますか?
明日から【喫茶・ラベンダーの香り】を再開します。
林さんがいらっしゃられないのが残念ですが・・・・
それじゃまた。 おやすみなさい。』
(・・・『お食事はちゃんと摂られてますか?』って、
何か、母親が息子に送るメールみたいね(#^.^#)・・・
でも・・・何だか寂しい・・・)
今月の上旬、優一に薦められて12年ぶりに関西の地を踏みしめた香織ではあったが、
また帰る場所が増えた筈なのに何故か喪失感を覚える・・・
たった2週間前に在って、今ないもの・・・
それは・・・・優一の存在・・・
逆に2週間前から見れば、携帯電話やメールでのやり取りも出来る仲になったのに、やはり日本列島の南と北に離れている事実は、いやが上にも香織に寂寥の念をいだかせた・・・
今、夜の8時過ぎ、まだ優一から【今日のメール】は無かった。
香織はもう一度シャワーを浴びて、車に関西の土産を積むと、熊田ファームに向かった。
熊田の家は農園の入り口にある大駐車場の東側にあり、三千坪程の敷地の中に熊田と長男夫婦の住む母屋、次女である静子夫婦の其々住む戸建の家が建っていた。
長女は東北の、やはり農家に嫁ぎ、二男は仙台の大学の農学部で学んでいて、何れは北海道に帰る予定だ。
二つの家の他に、熊田ファームの農作業で使う大型のトラクター、ブルドーザーの重機を格納する倉庫、収穫した農作物をストックしておく納屋なども在った。
その納屋は、外観こそ杉板張りのカントリー風ではあるが、小学校の体育館程もある大きな物だった。
香織は三戸のなかでひときわ大きい母屋の玄関で訪ないを入れた。
『こんばんは~♪花田ですぅ~♪』
玄関から奥の部屋に続く長い廊下に向かって大きな声で叫んだ。
「は~~~い♪ ああ、香織ママ、久しぶり~~♪」
長い廊下の奥から、長男の嫁、東北から嫁いできた政子が出て来た。
『ご無沙汰してます♪』
「ああ、久しぶりの関西はいがったか? あ!父ちゃんが怪我した時は大変世話になってぇ~!礼もロクに云わねえ間に、香織ママが関西に行ったってもんだから・・・・
その節はどうも<(_ _)>」
『うふふふ♪政子さん、そんな事良いわよ♪私の方こそ、普段から熊田さんにはお世話に成りっぱなしなんだから・・・・あ、コレ、関西のお土産♪』
「あんれまぁ~、そだらことしてもらったら~!」
『良いのよってば♪今日ね、お父さんがお店に来てくれたのに、渡すの忘れちゃったのよ(#^.^#) あわてん坊でしょう? お父さん、居る?』
「ああ、父ちゃんなら、今、納屋で刈り取ったラベンダーの乾燥具合みてるべぇ♪
これだけはまだオメェらにゃ任せられねぇって・・・
オラ、チョット呼んで来るだ♪」
『ああ、政子さん大丈夫!私、場所分かるから自分で行ってくるわ!』
香織は政子を制して、薄暗い敷地の中を納屋に向かって歩いた。
熊田ファームでは2ヘクタールのラベンダー専用農地に早生から遅手まで10種類以上のラベンダーを生産していた。
作品名:夢の途中8 (248-269) 作家名:ef (エフ)