夢の途中7 (216-247)
聞きたかったけれど、聞く訳にいかないと思った疑問に優一は素直な答えを返してくれた。
そうこうしているうちに、電車は三宮の駅に着いた。
香織は改札を出ると、駅前の風景を見渡した。
『わァ~、やっぱり変わったわねぇ・・・前はもう少しゴミゴミしてたような・・・
人と人がすれ違うのも、押し合うような感じでね・・・』
「ここも震災の後、再開発されたから、道幅も大きめに取って、火除け地の代わりにアチコチに広場や公園を設けたんや。昔の面影は無いかも知れんなァ・・」
優一の話を聞きながら香織は更に何かを探していた。
『あ!あそこ・・・ホラ、あのハンバーガー屋さん、確か以前は映画館だった場所よ・・』
香織は駅前のアーケード街の入り口にあるハンバーガーショップを指差して云った。
『・・・もう無いんだ、映画館・・・主人とよく行ったの、仕事の後で・・・
個人の医院だったから、大抵遅くとも8時くらいには診察が終わってね、翌日が休診日の日は必ず・・・
映画を見た後はJRの高架下にある中華屋さんに寄ってね・・・まだあるかな、あのお店・・
確か・・・トンチンケンって言ったわ・・・』
「え?トンチンカン?」
『ぷっ!トンチンカンじゃなくて、【トンチンケン】よ。
東京に軒、ホラ、中国語で東京の事を【トンチン】って発音するでしょ?
だからトンチン軒なの・・
御年を召したご夫婦がやっててね、ご主人は戦後台湾から来られたと云ってたわ・・
最初は元町の中華街で働いていたんだけどね、あそこは福建省や大陸の出身やその子孫の方が多いので、台湾出身者は上手く溶け込めなかったのね・・
だから、神戸なのに、日本で一番は東京だからって自分の店の名前を【東京軒】にしたって聞いたわ・・半分は神戸の中華街へのあて付けかな?
奥様は日本の方でね、とっても美味しい酢豚を頂けたけど、まだあるかな・・』
香織は目をキラキラと輝かせ、想いを馳せた。
『ねぇ、今夜の御夕食、私に奢らせて?昨日は全部林さんに御馳走になったもの・・』
「そんな事、気にせんでも・・」
『ダメ!今夜は私が。そのお店、とっても美味しくて安いのよ♪ ね? 』
「ああ、分かった。 でも、肝心の店があるかやけど・・・」
『そうね、もう14年も行って無いから・・・でも、まだ時間も早いし、他にもお店、あると思うから。』
香織と優一は三宮のアーケード街を冷やかして歩いて行った。
神戸の街は六甲山脈の麓にあって、市内と云えど北に行く程、勾配になっている。
阪神電鉄の三宮駅は三宮の中心よりやや南側にあり、更に南の海側へ行くとJR神戸駅があった。
古く、神戸の地は平安末期、平清盛が宋貿易の為大輪田の泊に拠点を作った事に始まり、一時は【福原遷都(或いは大和田遷都)】を企て、外孫にあたる安徳天皇を擁し平安京から行幸した。
しかし、同じ平家一門からの反発や、京の公家の猛反発に合い、僅か半年足らずで遷都は頓挫した。
その事が平家没落の遠因となって、清盛の没後、平家一族は安徳天皇を擁したまま都落ちし、今の山口県は壇ノ浦で源義経の軍勢に敗れ滅ぶのであった。
また近代では、江戸時代末期に徳川幕府の【海軍操練所】も出来、まだ皆さんの記憶に新しい2010年のNHK大河ドラマの主人公・坂本竜馬も所属していた。
現在も阪神高速京橋インター近に【神戸海軍操練所跡】の石碑が残っている。
そして幕臣でありながら幕府の瓦解を予見していた勝の元には、倒幕派の志士も多く集っていた。この操練所が神戸に出来て以後、漁村であった神戸は港町としての成長を見せ始めるようになる。それを見越していた勝は、地元で自分の世話をしてくれた者に「今のうちに土地を買っておくがいい」と助言したところ、見事に地価が高騰し、その者は大きな利益をあげた、というエピソードがある。
しかし、八月十八日の政変で失脚した長州藩が京都へ進攻した禁門の変の責を問われて勝は軍艦奉行を罷免される。さらに土佐脱藩浪士や長州に同情的な意見を持つ生徒が多かったこの操練所は、幕府の機関でありながら反幕府的な色合いが濃いとして翌年1865年に閉鎖された。
*一部ウイキペデアからの引用
久しぶりの神戸の街を散策する香織と優一。
互いに抱く神戸への想い出は違っていたが、新たに二人が共有する想い出造りの時間でもあった。
クラシックモダンな石壁作りのデパートの間を抜けると43号線に出て、そこを渡ればメリケン波止場に出る。
ホテルオータニの高層階の建物の前を通り過ぎた建物の間から、神戸港のシンボル・ポートタワーが見えた。
阪神高速神戸線の高架が43号線の上に在って、二人を西日から遮ってくれていた・・・
JR神戸駅から西の高架下にポツンポツンと店や倉庫がある。
震災前はもっと多くの様々な店が在ったが、流石に震災後は倉庫の割合が増えた・・・
『まだ、在るかしら・・・・多分この辺りだと思うんだけど・・・』
香織は優一の前をお目当ての店を探しながら歩いた。
『あ!在った!林さん、在ったわ♪ ホラ、東京軒って!』
香織の指さす道の向こうに黄色い看板で【東京軒】の看板が認められた。
香織は小走りに道を渡り店の前まで行った。
間もなく優一も香織に追いつくと、香織は店の入り口のガラス戸の隙間から懸命に中を覗こうとしている。
間口3間程の余り大きな店では無い。丁度藤野の香織の店ほどの大きさだった。
店は比較的新しい様に見えた。多分、震災後に改装されたのか。
香織の知る東京軒なのか?
『・・・中で料理してる男の人は・・・・あのご主人じゃ無いわね・・随分若い人・・・奥さんも・・・居ないなァ・・・・』
「もう、代が代わってるのかな?」
『うううん、確かご夫婦のお子さんは客商売を嫌ってサラリーマンになったと聞いたわ・・・名前だけ残して誰かに譲ったのかしら?』
「そうかも知れんなァ・・まあ、取りあえず入ってみよか?」
優一は躊躇する香織の背中を押して店に入った。
店はまさしく藤野の香織の店と同じような広さだった。厨房の前にL字のカウンター席に6名、4人掛けのテーブル席が3卓在った。
[いらっしゃい~!]カウンターの中の厨房から若い男の声がした。
まだ早い時間であったので、店内にはカウンター席に漫画本を読みながらラーメンを啜る学生風の若者と、餃子でビルを飲む中年の男性の二人だけだった。
〈イラッシャイマセェ~!コッチ、ドウゾドウゾ♪〉
若い料理人の声に続いて、その言葉のイントネーションから中国人だと分かる若い娘が二人を一番奥のテーブル席に案内した。
「どう?この店?」
『・・ん~~、分からないわ(・_・;)・・・・』
香織は何か見覚えの在るものが店内にないか探した。
『うん、こうなれば、お料理を戴いて判断しましょ♪
ここが私の探してる【東京軒】なら、絶対酢豚がお薦めよ♪(^_-)-☆』
「成る程、舌が覚えてるって事やな♪ああ、お姉さん♪(^^)/」
二人は酢豚と海鮮焼きそばと餃子にビールを注文した。
『うふふふ♪何かワクワクしてきちゃった♪^m^』
二人は先付けのクラゲの和え物の小鉢を肴にビールを飲みながら、ニコニコして料理を待った。
作品名:夢の途中7 (216-247) 作家名:ef (エフ)