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ef (エフ)
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夢の途中7 (216-247)

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僕は何も言えず、骨箱を抱いて泣いた・・・・
その日から僕は魂が抜けたみたいに、毎日自宅の二階の部屋で眠り続けた・・・
まだ八月も盆を過ぎたばっかりや、暑い盛りでな、締め切った部屋の中で涙か汗か分からん位、いつも顔が濡れてたわ。
そんな事してたらお前、死ぬぞォ、って皆から云われたけど、内心これで死ねるんやったらそれもエエかと思てたなァ・・・
一週間程して瑛子の妹の春子ちゃんから、僕に彼女の形見や云うて小包を送って来て、中には彼女がいつも遣ってた花の刺繍のハンカチと大学ノートに書かれた日記が入ってたわ・・・
香織さん、【すわとう】て知ってるやろ?中国の仙頭(すわとう)云うとこで造られてる有名な刺繍の・・
瑛子は青や紫の花が好きでなァ、そのハンカチの四隅にも青や紫の糸で、藤、桔梗、紫陽花、睡蓮が刺繍されてた・・
日記はなァ、瑛子が看護学校に入学した日から、亡くなる前日までの分が書いて在った・・・
几帳面な字ィでなァ、殆ど毎日書いてあったわ・・・
僕と瑛子の気持ちが殆ど同時進行で高まって行ったことの、その時改めて知った。
勿論二人で行ったデートの事も事細かく・・・
僕は日記を読み進んでいるうちに、瑛子がすぐそばに居るような気持ちに成って嬉しかった・・

けどな、僕がアメリカに行って1週間ほど経ったある日の日記を読んで、僕は愕然としたんや・・・」

優一は目を地面に伏せた・・・



         【ひこうき雲】    作:荒井由美

     白い坂道が 空まで続いていた
     ゆらゆら陽炎が あの子を包む
     誰も気づかず ただ独り
     あの子は 昇ってゆく
     なにも 恐れない
     そして 舞い上がる

     空に 憧れて
     空を 駆けてゆく
     あの子の 命は ひこうき雲・・

     赤いあの窓で あの子は 死ぬ前も
     空を見ていたの?
     今は 分からない・・
     他の人には 分からない
     余りにも 若すぎたと
     ただ思うだけ けれど 幸せ・・

     空に 憧れて
     空を 駆けてゆく
     あの子の 命は ひこうき雲

     空に 憧れて
     空を 駆けてゆく
     あの子の 命は ひこうき雲

     空に 憧れて
     空を 駆けてゆく
     あの子の 命は ひこうき雲・・・




1975年9月、優一は恋人・瑛子を失った喪失感に打ちのめされ、蒸し風呂の様な夏の自室を締め切り、抜け殻のように眠り続けた。
そんな優一の元に、瑛子の妹・春子から届けられた瑛子の形見とも云うべき日記を読むうちに、楽しかった瑛子との日々が蘇る。
そこには微笑む優一の姿が在った。
けれど日記を読み進むうちに、優一の表情は再び曇り始めた・・・

「昭和51年7月20日
優ちゃんは今頃何処に居るのだろう?予定ではまだサンフランシスコ辺りだろうか?
・・・少し憂鬱な気分・・・
本当なら優ちゃんが京都を出た15日頃には生理が始まっている筈なのに・・・
優ちゃんがアメリカを旅行すると聞いて、何か胸騒ぎを感じた・・・
そんな事が重なって、精神的に参っているからかな?
優ちゃんがちゃんと避妊はしてくれていたから大丈夫だと思うけど・・・」

「昭和51年7月27日
もう殆どの人が夏休みを故郷で過ごすため寮を出て行った。
後輩の雅子ちゃんも明日、福知山に帰るのだそうだ。
私は7日に帰るつもり。
でも・・・・・まだ生理が来ない・・・・
優ちゃんは今頃何処で何をしていることやら・・・・
もしも妊娠していたら・・・・
優ちゃんにそう伝えたらどう云うだろう?
私達はまだ学生、半人前も半人前・・・
二人とも二十歳を過ぎたとは言え、社会人に成る前に子供が出来たら・・・
優ちゃんの子供なら産みたいと思うけれど・・・」




「昭和51年8月1日
相変わらず暑い・・優ちゃんの居るアメリカも暑いのだろうか?
今日、婦人科にカルテを届けに行った。余程、診察を受けようかと思ったが・・・
帰りに新生児室でガラス越しに赤ちゃんを見た。
可愛い~! 生後1日から10日程の赤ちゃんだから、中にはお猿に近い赤ちゃんも居るけど、皆スヤスヤ幸せそうに眠っていた。
もしかして・・・そう思うと不安だけど、まだ見ぬわが子に会ってみたい気もする・・」


「昭和51年8月6日
明日はいよいよ泉佐野に帰る。
お母ちゃんはすき焼きを用意して待ってると言っていた。
この暑いのにすき焼き?と思わず笑ってしまう。
うちはごちそうと云えばすき焼きかお寿司だ。
そうそう、難波で春子の好きなヒロタのシュークリームを買って行こう。
あの子はきっと3個は食べるだろう。 
・・・生理はまだ無い・・・
選りによって優ちゃんが居ないこんな時に・・・と思ってみても始まらない・・・
よし、その時はその時や、どんな事も在りのままに受け入れよう。
母は強し!     ・・・・だ?」

瑛子の日記はそこで途切れていた。



「瑛子が妊娠?・・・・・・・」優一は愕然とした。
今更ながら、お気楽にアメリカ旅行をしていた自分を責めた・・・

優一と瑛子は前年のクリスマスの夜に一線を越えた。
童貞と処女ではあったが、肌を重ねるうちに互いに成熟して行く。
少ない逢瀬に日に2度、3度と挑み、受け入れる事もざらだった。

優一がコンドームを使用する事で避妊はした。
しかし、購入するコンドームは当時街角によく在った自販機のモノだった。
それが粗略品であったかどうかは分からないが、信頼のおける薬局で購入したモノでは無かった。
対面販売の薬局で購入する事が出来なかったのだ。
『コンドームさえ着けていれば大丈夫』と過信もあったのかも知れない・・
ひょっとして、瑛子がその事を気にして事故にあったのか?
或いは、相談すべき恋人が居らず、思い悩んだ末発作的に?
いや、瑛子はそんな子じゃない・・
いや、自分がどれだけ瑛子の気持ちを知っていた?
アメリカを旅すると行った時、あれだけ不安な気持ちを伝えていたじゃないか!
「やっぱり、僕がアメリカに行ったばっかりに、瑛子を苦しめたんや・・・」
優一は、今はもう答えの出ない問いを自身に投げかけ、
責めた・・・



それからの優一は前にも増して落ち込んだ・・
ひょっとしたら瑛子だけでは無く、瑛子の中に宿った二人の新しい命までもを・・・
守れなかった自分が憎かった・・
泉佐野から小包が来てからの一週間、殆ど食事も摂らず、家族とも会話もしない優一の身体をを危ぶんで、父・勝が仕事を終えて優一の部屋を訪れた時、息子の姿は無かった・・
『お、おい!優一が!優一が!』
血相を変えて二階から下りて来た勝が、優一の机に在った置手紙を母親・悦子に見せた。
【暫く、旅に出ます。 探さないで下さい。 もう一度、自分を見つめ直します。 きっと帰って来ます。 心配しない下さい  優一 】
両親がその置手紙を読んでいる頃、アメリカ旅行で使った大型のリックを背に、京都駅から東行きの列車に乗っていた。
取りあえず、京都を出た。
行くあてなど無かった。
作品名:夢の途中7 (216-247) 作家名:ef (エフ)