名探偵カラス Ⅲ
ホワイティの信じられないような悲惨な話を聞いて、俺はすぐに言葉を掛けることができないでいた。
「ホワイティ……、何てこと……」
いつの間にかそばに来ていたポーが、ホワイティの話を聞いていたらしい。
「ホワイティさん、今日はもう遅いから、ここでゆっくり休んで行ったらどうだろう? その真由美さんのことも気にはなるけど……。でもボクたちにはどうしようもないことだよ」
「えぇ、ありがとう。あなたは?」
「あっ、申し遅れました。ボクはポーと言います。ボクの名前はこのカァーくんが付けてくれたんだよ」
ポーはそう言うと、俺の方を見てウィンクをした。鳩だってウィンクぐらいはするんだけど、但し片目っていうのができないから、両目になってしまう。つまりポーは両目をパチパチッとしたんだ。
俺は思わず笑ってしまった。こんな時だというのに……。
「ねえ、ホワイティ。ポーの言う通りにするのが良いと思うよ。でも、真由美さんのことも気になるんだろ? 良かったら俺が様子を見て来ようか?」
「えっ! 本当ですか? 様子を見て来てくれるんですか?」
「あぁ、俺で良ければ……」
「えぇ、是非お願いします。本当は私が行きたいんですけど……」
「それは無理だよ。そんなに怪我だってしてるんだし……」
ポーがホワイティを止めた。
「でも、真由美さんがどんな思いでいるかと思うと……」
「大丈夫! 俺がちゃーんと様子を見て来て、必ず君に知らせるし、力になるから!」
「本当に?」
そう言って俺を見るホワイティの瞳は、心なしかキラキラ輝いて見えた。
もしからしたら……俺に……そんなわけないか。
「もちろんだよ。約束する!」
「じゃあお願いします」
その後俺は、ホワイティに詳しいマンションの位置を聞き、ポーにホワイティのことをくれぐれも頼んで、一路ホワイティのマンションに向けて羽根を広げた。
――間もなくそのマンションに着き、教えられた部屋のベランダの手摺りに止まって中の様子を窺った。
だがそこにはすでに男の姿はなく、うな垂れた様子の真由美さんらしい女性が、ベッドの上で何をするでもなく、ただ俯いている。
だがよく見ると、その目からは止めどなく涙が流れ落ちていた。
「真由美さん……」
俺はよっぽど人間に姿を変えて、彼女を抱き締めてあげたいと思った。
だが、そんなことをしても何にもならないことも知っている。
――もしかしたらまだ付近にその男がいるかも知れない――そう思った俺は、付近を見回ってみようと飛び上がろうとした瞬間、ベランダに何か光っている物があるのに気が付いた。
「うん? 何かな?」
ベランダの床に下りて、その光る物を口で転がしてみた。
どうやら、携帯電話に付けるストラップの様だ。ドクロの頭の上の部分に金属のワッカが付いていて、その先に本当は紐が付いていたんだろうが、それが切れて落ちたのかも知れない。わずかに黒い紐の残骸が残っている。
そのドクロの赤い目が、月明かりを反射して光っていた。
犯人はベランダから入ってきたとホワイティが言っていた。とすると、もしかしたらこれは犯人が落として行ったのかも……。
このまま置いておいて、もし警察が来てこれを見つけたら犯人逮捕に役立つかも知れない。
しかし、真由美さんは警察を呼ぶだろうか? 俺の感では、たぶん呼ばないだろうと思われた。
「よし! もしそうなら、これは俺が持っていよう。そしてまた何かあった時のためにしまっておこう」
そう決めた俺は、自分の足にそれを掴んで、付近にその男がいないか様子を見ながら、一旦ネグラに持って帰った。