名探偵カラス Ⅲ
そして気が付いた。遠目に何か黒ずんで見えた部分は、近くでよく見ると誰かの血がこびり付いているのだった。
「ホワイティ! 君、どこかケガしてるんじゃ!?」
慌てた俺はまたもや呼び捨て。
しかし彼女はそれを咎めることもなく、か細い声で言った。
「いいえ、私は大丈夫。でも……」
彼女は何て心の深い鳩なんだ……と、思いつつ(実際の所、彼女はそれどころじゃなかったんだけど)彼女の最後の言葉が気になって尋ねた。
「でも…って?」
彼女は言おうかどうしようか迷っている風に見える。
うーん、ここは彼女の不安を取り除くのが先か……。そう思った俺は、真面目な口調で言った。
「――実は俺、こんな真っ黒な身体だし、信用してもらえないのも無理ないんだけど、こう見えても神様からのある使命を受けている、つまりは神様のお使いなんだ。だから何かあったのなら正直に俺に打ち明けてくれないか? 俺、どんなことをしても君の力になるから……」
俺の誠意が通じたのか、少し躊躇った後にホワイティは、ゆっくりと、そして震える声で、ついさっき自分の身に起きた恐ろしい出来事を、涙ながらに語ってくれた。
「私はここから少し行った所のマンションの二階に、飼い主の真由美さんと二人で住んでいるの。いつもはベランダにある私専用の小屋で夜は休むんだけど、たまに真由美さんのベッドで、真由美さんの横に寝かせてくれることもあって、今日がそうだったの」
「うん…」 彼女は辛そうに話し続けた。
そして眠っていると、ベランダへのドアが横に滑る微かな音がして、私は耳がいいから何かと思って目が覚めて……。だけど真由美さんは気付かずぐっすり眠っていた。
部屋は電気は点いてなくて、カーテンの少し開いたベランダから、朧な月明かりが射し込んでるだけだった。だから私は必死で目を凝らして、部屋の中を忍び足で、ベッドの方へ近づいて来る物体を見つめていたの。
すぐ目の前まで迫って来て、ようやく分かったわ。でも遅かった。
真っ黒い影の正体は、真っ黒い服を着て、真っ黒い目出し帽を被った男だったの。驚いた私はもちろん悲鳴を上げた。
「ポッポッー! ポッポッー!」
その男は、まさか私がそこにいるとは思ってなかったみたいで、一瞬だけたじろいだみたいだったけど、しつこく鳴く私を煩く思ってか、いきなり腕を思いっきり振って、ベッドにいた私を払いのけたの!
私の身体は軽々と吹っ飛んで、ベランダのドアに思いっきりぶつかった。
多分その時点で、私は気を失ったんだと思うの。そして次に意識を取り戻した時、部屋には真由美さんの悲鳴と、それを黙らせようとして、男が真由美さんの頬を叩く音が入り乱れて聞こえていた。
「ビシッ!」
「いやぁーーやめてぇーー!!」
「ビシッ!」
「だ、だれかぁぁぁーー! きゃーー!」
「ビシッ! バシッ!」
「だ、だれかた…すけて……」
私は何も考えられず、とにかくその男を追い払いたい一心で、その男の頭や腕を嘴で攻撃したわ。
ベッドに寝ている状態で、上に跨られてる真由美さんは、その男から逃げることもできず、それでも必死で抵抗していた。
私は何度も男の腕で払いのけられながらも、しつこく食い下がった。
その男はさすがに私の存在に嫌気が差したのか、真由美さんの鳩尾〔みぞおち〕を狙って握りこぶしを硬く握ると、思いっきり力を込めて突いた。
「うっ!」
それまで必死で抵抗していた真由美さんも、さすがに気を失ったのか動かなくなってしまったの。
そしてそれを確認した男は、今度はやにわに私を鷲掴みにすると、ベランダのドアを開けて、力いっぱい私を外へ放り投げたのよ。
私はその男に何度もぶたれたりしてたから、あっちこっちが痛かったけど、それでも何とかまた部屋のドアまで戻ったわ。
しかし暗い部屋の中で、男が真由美さんのパジャマを脱がせ、はぁはぁと息を荒げながらしていたことは、とても辛くて見ていられなかった。
もう私にはどうしようもないことだと悟ったの。
途端に虚脱感でいっぱいになって、私はどこかで休みたいと思い一旦空へ飛んだの。
しかし、この暗い夜空にどこへ行くあてもなく、身体のあちこちも痛いし、気が付くとここへ来ていたんです。