名探偵カラス Ⅲ
その日は珍しく、朝からホワイティに会いたくなって、俺はネグラを後にするとそのまま真っ直ぐ真由美さんのマンションへ向かった。もう真由美さんは会社へ行った後だと思う、そんな時間だ。
俺がマンションのそばまで来ると、一人の男が、マンションの入り口付近で何やら怪しい素振りで立っている。中へ入るわけではなく、さりとて離れるわけでもない。午前中の人の出入りの多い時間帯だから、どうも人の出入りが途切れるタイミングを計っているようだ。
「おかしい!」
そいつは帽子を目深に被っていたから顔が見えない。
一旦上空へ上がった俺は、そいつの正面へ回り込んでみた。もちろんそいつに気付かれないよう十分用心して。
「あっ!」
そいつの顔を見て驚いた。
何と、顔を斜めに覆うように包帯が巻かれている。そして隠されていない左目は、あの日の帰り際に見せた憎しみを湛えているではないか!
「何てことだ。アイツ、まだ諦めてなかったのか……」
俺は舌打ちをした。
この際だから、カラスに舌があるか、ないか――なんて細かい突っ込みは無しで、ヨロシク!
俺はマンション前の木に止まり、そいつが何をするつもりなのかじっと見ていた。
どうやら、人通りが途絶えたら壁をよじ登るつもりでいたようだ。
そいつはいきなり壁に手を掛け、足を掛けた。しかし片目で不自由なせいか、うまく登れないのだろう。少し登ると次の足が踏み出せずに、ズルズルーーッと落ちてきてしまう。片目だと、どうしても距離感にズレが出るものだから、手を掛ける位置も思い通りにならないのかも知れない。
また人が来るのを察して、そいつは何食わぬ顔で壁から離れ、入口付近を少しの間ウロウロすると、人気〔ひとけ〕が絶えた所でまた壁に手を掛けようとしたが、さすがに諦めたようだった。
そいつがマンションを後にして歩き始めたので、俺はそっと後をつけてみた。
そして、しばらく歩いた後にそいつが入った建物を見て、俺は驚いた。
「どうして?!」
そいつは近所の交番に入って行ったのだ。
俺はしばらく交番前の電信柱の上で様子を窺がってみることに……。
少しすると制服姿の警官が一人出てきた。
あいつはどうしたんだろう? 交番の中を覗いてみても誰もいないようだ。
おかしい……。ハッとして、さっき出てきた警官を追って飛んだ。
その警官は、自転車で巡回にでも行こうとしているんだろう。少し離れた所まですでに走り去っていた。
そう言えば今出てきた警官は、以前、真由美さんが出勤の際に、マンションの前で話していたあの警官ではないだろうか? 電柱の上の方から見たし、制帽の庇〔ひさし〕に隠れて顔を見ていなかったから定かではないが、体つきからしてそんな気がした。
すぐに追いつき、追い越し、振り返ってその警官の顔を見て再度驚いた。
その男の顔には、しっかりと包帯が斜めに巻いてあったのだから……。
「何てことだ! こいつが犯人だったのか……」
俺は一気に頭に血が上るような気がした。
もしかしてはたから見ると、頭から湯気が出ていたかもしれない。
警官という、市民を守る立場にありながら、あんな酷いことをするとは!
誰が何と言っても、許せることではない。
しかし、どうしたら良いんだ?
一般人なら、何とか警察の手を借りることもできるが、犯人が警官となると話は別だ。仲間同士で庇う場合だってあると聞く。警察署に訴えたところで、信じてもらえるやらどうやら怪しい。例え証拠があったとしても、それすら正しい処理をされるやらどうやら……。
何にしても、アイツがまだ諦めていないということが分かった以上、何か手を打たなくちゃならない。
俺一人では、これといって良い考えも浮かばないので、頼りにはならないとは思ったがポーに相談することにした。
すぐに山寺に行き、ポーに、見たことをありのままに話した。
ポーは、信じられないものを見るような顔で俺を見て言った。
「そんな馬鹿な! 警官が犯人なんて……。そんなことあり得ないよ。カァーくんの見間違いじゃないのかい?」
「いや、見間違いなんかじゃない! あの顔の包帯が何よりの証拠だ」
「うーーん。可能性はあるかも知れないけど、ちょうど同じ時期に顔に怪我をした人がいないとは限らないよ」
「うっ!」
そうか、その可能性もあったな……とは思ったが、
「――しかし、マンションの壁をよじ登ろうとしてたんだぞ!」
と、俺は少し意地になったように奴を犯人扱いした。
「そうか……、そうだよね。何でもない人がマンションの壁を、それも人目を避けて登ろうとするなんておかしいよね」
ポーの意見も俺の言い分に近付いてきた。
「なっ、そうだろ? やっぱり奴が犯人だよ!」
「でも……、何か絶対に間違いないっていう証拠を見つけた方がいいよ」
ポーが、逸〔はや〕る俺を諌めるように言う。
「うーーん……」
ポーと相談した結果、再度確実な証拠を探すことにした俺たちは、珍しく一緒に空を飛び、その交番に行った。
ポーは俺と違って鳩だから、交番の前でヒョコヒョコ歩いていても、嫌われて石を投げられたりはしないし、それどころか歩いている人がわざわざ、
「オォーよしよし」 などと言いながら近寄って来たりもする。
見ていると少し羨ましくもある。
少しすると、例の警官が巡回から戻ってきて、交番前の道路で餌を探す振りをしていたポーに近付いた。
「お前どこから来たんだ? 珍しいじゃないか。こんな所で……」
そう言って前屈みになった拍子に、胸のポケットから携帯電話が滑り落ちた。
「うん? あれは……」
俺は少し離れた所から見ていたから、ハッキリとは分からなかった。
急いでそいつの背中側に回り込む。そしてそいつが、その携帯を手に取る寸前にハッキリと見た。
「やっぱり!」
男が落とした携帯電話には、ストラップが付いていた。
赤い目をしたドクロ人形のストラップが……。
そして、その頭の部分のワッカには、切れた糸の残骸が黒くわずかに残っていた。どうやら二体のドクロがデザインされて付いているストラップだったようだ。
「これはもう間違いない!」
そう思った俺は、一旦そいつから離れると、ポーに呼びかけた。
「カァーーー! カァ、カァ、カァーー!〔おーい、ポー! やっばりそいつだよー!〕」
俺の鳴き声に、一瞬そいつがドキッとした顔をして怯〔ひる〕んだ。
ふっふっふ……。俺の目潰し攻撃を受けた時の痛みが蘇ったのかもな。
しかし、どのカラスも真っ黒なだけで特に違いはないので、そいつには俺がその時のカラスだとはさすがに分からないのだろう。
すぐに平然とした顔に戻ると、自転車を建物のそばに寄せ、交番の中へと入って行ってしまった。
俺たちは確信を持つことができたので、次なる作戦を練るために、再びポーのネグラへと向かった。
「ちょっとだけでもホワイティに会って行こうよ」
ポーはそう言ったが、俺は、少しずつでも俺を見つめてくれ出したホワイティに、今、ポーを会わせると、せっかくの今までの苦労が無になりそうな気がして行かせたくなかった。
「作戦を立てる方が先だろう? ホワイティにはいつだって会えるさ!」