名探偵カラス Ⅲ
男はまたしても、真由美さんのパンティの中へナイフを差し入れると、今度は刃を上に向けて、一気に天井の方へ振り上げた。
スパッ!
パンティは綺麗に裂けて、真由美さんの秘部が露わになった。
足を開いた状態で縛られているので、すべてが丸見えだ。
「クックックッ。何ていい眺めなんだ」
そう言いながら舌なめずりをしている。
「さあ、真由美ちゃんの大好きなことをしてあげるからね。ふふっ」
男は真由美さんの脚の間に入ると、そこを指ですうーっとなぞった。
真由美さんの一番感じやすい箇所を……。
そして指を差し入れながら言った。
「なんだ、もうこんなに濡れて……。そんなに欲しかったのなら早くそう言えば良かったのに、バカだなぁ。あはは……」
そして男は、真由美さんの愛液がまみれた指をねっとりと舐めた。
「――さぁ、じゃあたっぷり可愛いがってあげるからね!」
男は自分のいきり立ったモノを、トランクスを下げて露わにすると、真由美さんの中へ埋〔うず〕めようとした。
そしてさすがにナイフが邪魔になったらしく、ベッド横のテーブルの上に置いた。
『今だ!』
そう思った俺はすかさず行動に移した。
まずそいつの頭を目がけて、憎しみを込めた一撃を!
「うわっ!!」
男は頭を押さえ、びっくりして振り返った。
一体何が起こった? というように目を白黒させている。そして俺がやったと分かると、テーブルの上のナイフに手を伸ばそうとしたが、わずかに早く、俺が咥えてベッドの下に放った後だった。
「あれっ? ナイフがない!」
大いに焦りまくっているそいつの目を狙って、俺はとどめの一撃を仕掛けた。
ビューッ!
俺の嘴は狙いたがわず、そいつの目に突き刺さった。
「ギャーーー!!」
そいつが物凄い声で叫んだ。
目を覆った手の下からは、ポタポタと血が滴り落ちてきた。
「クッソー! このクソカラス、何しやがんだ! 絶対許さねーからな。覚えてろ!」
そう捨て台詞を吐くと、片手で、転びそうになりながら急いでGパンを履き、もう一度俺を見える方の目でギロリと睨み、目を押さえてない左手で拳を握って震わせた。
それまでじっと大人しくしていた俺が、まさかそんな攻撃を仕掛けるなんて夢にも思ってなかったんだろう。
男の無事な左目は、口惜しさに怒りがメラメラと燃えていた。
男にとっての夢のような夜は、一転悪夢の夜となり、さすがに傷を心配したのだろう。そのまま真由美さんには目もくれず、慌ただしく玄関のドアを開けて出て行った。
真由美さんはホッとして緊張の糸が切れたのか、しゃくり上げるように泣いている。
ホワイティはまだ部屋の隅で震えが止まらないでいる。
もしかして奴が戻って来るかも知れない。そう思った俺は、それでもしばらくはそのまま玄関を睨んでいた。
数分後、さすがにもう戻っては来ないと判断した俺は、真由美さんの脚を縛ったロープを解〔ほど〕きにかかった。
嘴での作業は思った以上に困難だったので、俺は脚のロープは諦めて、先に腕を縛ったロープを解くことにした。
かれこれ十分くらいは掛かっただろうか、ようやく真由美さんの右腕が自由になった。
俺が一生懸命ロープと格闘している間、真由美さんは祈るような目で俺を見つめていた。
「――カラスくん。あなたは命の恩人……、あっ違った。恩カラスだわ! 本当にありがとう!」
自由になった右手で、縛られた全てのロープを解くと、優しく俺を抱き締めて、真由美さんはさっきまでとは違う涙を浮かべてそう言った。泣き笑いの顔で……。そして、独り言のように続けて言った。
「昔からカラスは頭が良いとは聞いてたけど、まさかこれほどとは思わなかったわ。このカラスくんがいてくれて本当に良かった」
それを聞いて俺は一声鳴いた。
「カァーー! 〔並のカラスとは違うんだよ!〕」 と。
もちろん俺の気持ちは伝わってはいないだろうが……。
何とかアイツを追い払うことに成功したものの、またいつ来るやも知れないので、その後も俺は毎日欠かさず、夕方くらいから夜遅くまでホワイティと一緒に過ごした。もちろん一番の目的は真由美さんの護衛ではある。
……あるが、アイツさえ来なければ、その時間は楽しいホワイティとのデートタイムになるわけで、俺の毎日はそのためにあると言っても過言ではなかった。
アイツを撃退して以来、ホワイティの俺を見る目には、尊敬と憧れが入り混じるようになり、時には「もしかしたら俺に惚れてる?」そう感じることもあったりした。俺の初恋は成就するかも……ウフフ。
そんな風に思っていたところが、あの日からちょうど一週間が過ぎた頃だった。
その間アイツからは全く何の接触もないから、きっともう真由美さんのことは諦めたのだろうと思っていたし、真由美さんも、あの次の日は会社を休んだりもしたけど、今はちゃんと出勤している。本当の意味で真由美さんは強い女性(ひと)だと思う。人によっては精神に異常をきたす人だっているだろうに、彼女は健気に頑張っている。そして、もしまたあの男が何か言ってきたら、その時は、アイツが残した証拠のナイフとロープを持って警察に行く覚悟でいるようだ。
あの日、アイツが帰った後、ベッドの下からナイフを咥えて出て来た俺から、その手にナイフを受け取ると、そのナイフとロープを手にじっと見つめながら口惜しそうに呟いていた。
「もしもまた何か言ってきたら、今度は許さない! これを持って警察に訴えてやる」
そう言った真由美さんの瞳には口惜し涙が滲んでいた。
しかし、実際にそうした場合、真由美さんの身に起こったことが公に曝(さら)され、今以上に傷つくことは誰が考えたって明らかだ。だから、できることならそうはしたくない。それが真由美さんの本意だと思う。
それが分かる俺としては、やはり不本意ながらもこのままアイツが現れなければ、やっぱりそれが一番なのかなぁとも思っていた。
それなのに……だ。