名探偵カラス Ⅲ
そして翌日夕方、俺はまた山寺のポーを訪ねた。
相変わらず睦まじく、二人で並んでポーの巣の中にいる。それを見ると俺の胸がまたチクッと痛む。ホワイティとポーの奴、まさか……ふっと不安がよぎる。考え始めると胸の中がザワザワと音を立てて揺れるので、ぐっと堪えて考えないようにして、二人に声を掛けた。
「よう! どうだい? 準備はできてるかい?」
「やあ、カァーくん。待ってたよ。本当にいいのかい? 送ってもらって」
「もちろんだよ! それくらい俺にもさせろよ」
「ごめんなさいね、カァーくん。お世話掛けます」
ホワイティが申し訳なさそうに言う。
「何を言ってるんだよ。この前も言っただろう? 俺は君のためなら何でも力になるから。遠慮なんてするなよ。それに、お礼も言わなくていいから」
「ありがとう。とってもありがたいわ」
ホワイティにそう言われ、俺は天にまで昇るほど嬉しかった。俺にできること、それも大したことでもないのに、ホワイティが感謝してくれている。
他人〔ひと〕に感謝されるって、こんなに素晴らしいことだったんだ!
改めて知る思いだった。
「じゃあ、カァーくん、頼むよ」
俺の思いなんて関係なく、ポーの言葉を合図に俺たちは飛び立つことになった。
ホワイティと飛ぶ空は夕暮れで、徐々に暗さを増してきている。あまり暗くならない内にマンションまで送り届けたいが、肝心のホワイティはいかにも辛そうで、それでも一生懸命に飛んでいるのが分かるだけに、急かすこともできない。付近の家々にもチラホラと電気が灯り始めた。
「ホワイティ、少し休もうか?」
並んで飛びながら、俺は見兼ねて声を掛けた。
「ありがとう。でも大丈夫。もう少しだし……」
彼女の真由美さんを心配する気持ちが分かるだけに、無理に休めとも言えない。ゆっくりと飛んでようやくマンションまで来た。
真由美さんの部屋は、閉じたカーテンを透して灯りが点いているのが窺える。
良かった。帰って来ているようだ。
俺たちは一旦ベランダの手摺りに止まって、お互いに目を見交わした。
「もう、ここで大丈夫よ。ありがとう」
ホワイティはそう言い、俺は「うん」と、頷きはしたがまだ少し心配で、すぐには帰らずホワイティの様子を見ていた。
彼女はベランダに降り立つと、ドアのガラスを嘴でつついた。
コンコン、コンコン
すると、閉じていたカーテンがサァーっと開いて、中から真由美さんの驚きと喜びをごちゃ混ぜにした顔が覗いた。そしてホワイティの姿を認めると、急いでドアを開け放った。
「あぁ、ホワイティ! 無事だったのね。良かった。心配してたのよ」
そう言いながらホワイティを両手で抱き、すりすりと頬擦りをした。その時、真由美さんの瞳に涙が光っているのを目にしたが、ホワイティが帰って来たのが嬉しくて涙したのだろう。その時の俺はそう思ったのだが、実際は違っていた。本当の理由は、その直ぐ後に分かったんだけど……。
「さあ、中へ入りましょう」
真由美さんがそう言った時、一瞬ホワイティが俺の方をチラッと見た。それをすかさず目にした真由美さんは、そのままホワイティの視線を追って俺を見た。
「まぁ、カラス!」 一瞬驚いてハッと息を飲んだ。
そしてじっと俺の方を見て言った。
「――まさかとは思うけど……、もしかしてホワイティのお友達?」
「カァー」 俺は一声だけ鳴いた。
「ああ」 と言ったつもりだが、分かってもらえただろうか?
俺の声を受けるように、ホワイティが「クック クック」 と鳴いた。
それを聞いた真由美さんは、やっばり……と思ったのか、思いがけないことを言った。
「さぁ、カラスくんも中へどうぞ」
人間は、カラスを見ただけで顔をしかめる、というのならいつものことだが、こうして部屋に招じ入れられるなんてのは初めてだ。俺は内心ドキドキものだったが、真由美さんの優しい笑顔にわずかだが心を許し、取り合えずベランダに降り、チョンチョンと跳びながら部屋に入ってみた。
なぜかホワイティも嬉しそうにしている。
何気なくベッドサイドの小さなテーブルに乗ったら、そこには写真が何枚も広げてあり、それを見た俺は思わず目を疑った。
何とその写真は、真由美さんが全裸で、男に犯された時の様子が写っていた。
「あの時のだ!」 俺は驚いた。
「――どうして、こんな写真がここに?」
考えられることは一つ。犯人が送りつけてきた。それしかない。――すると手紙か何かがあるはずだ。俺はキョロキョロと周囲を見回した。
それは台所のテーブルの上に広げた状態で置いてあった。つい今しがた読んだばかりなのだろう。
真由美さんはと見ると、ホワイティの身体をチェックしているようだ。
怪我をしていないか心配してのことだろう。
俺はそっと台所に移動すると、テーブルの上に乗ってその手紙に目を走らせた。