Not,last summer
「僕は絶対にやらないからな。日が暮れるまで遊んで来い」
二人とも、満面の笑みで見送りの姿勢である。
「ほら、早くしなさいっ」
もう莉紅ちゃんは少し離れたところでスタンバイしている。梨香とよく似たツリ目をさらに吊り上げて、怒ったような顔をしているけど、楽しみにしているのがまるわかりだ。
「はいはーいっ」
そんなに期待されちゃあ仕方ない。この私が、付き合ってあげようじゃないか!
そんなことを思いながら、私は急いで残ったアイスを食べ、砂浜へ走り出した。
* *
日頃運動しない私に日が暮れるまで遊ぶ体力があるわけもなく、三十分もしないうちに私はバテて美帆さんと交代した。ああ、情けない。
「も、もう動けない……」
砂浜では、美帆さんがうまく言いくるめたため、ビーチバレーから貝殻集めに移行している。うっかり体育会系の莉紅ちゃんと一緒になってはしゃいじゃったから、明日は筋肉痛確定だなあ。
……明日なんて、来なければいいのに。
「美帆ー!これこれ、綺麗じゃないですかっ」
「ええ、綺麗ね」
はしゃぐ莉紅ちゃんを、美帆さんはおっとりと見守っている。なんだかんだで、この二人もいいコンビのようだ。というか、実の姉妹よりも姉妹らしいような……。
「まったく、二人とも甘いな」
妹に対して絶対零度なひどい姉は、さらにそんなことを言う。
「梨香が甘くしないからだろー。あんなに懐いてるんだから、たまには優しくすればいいのに」
相変わらずな友人にため息をつき、私は何度目かわからないたしなめを口に出した。
返事は期待していない。いつも梨香は不貞腐れたように――時々、こいつは妙に子供っぽい――そっぽを向くのだ。今回も、そうだと思っていた。
「あれは、一種のナルシシズムなんだ、たぶん」
梨香は静かに言葉を返す。こちらには目を向けず、淡々と。
「僕はこの通りだからね、僕は、あいつにとっての『異性の自分』に近いのさ」
「ふーん。そなの?」
「……他に、理由がないだろう」
内心少し動揺していたが、何でもないふりをして頷いた。
言葉の意味を噛み砕き、ポロシャツにジーパンという、ボーイッシュというか、あまり頓着していない服装に目を走らせる。長いのに、いつも結んでまとめている髪。そして、私や他の友人の前でだけ使う『僕』という一人称。確かに、梨香は男性的な姿を選んでいる。
「じゃあ、やめればいいのに」
「それは何だか癪だ」
口を尖らせる梨香を呆れた目で見―――そこで気づいた。本当に嫌なら、こいつはフリルのスカートだってはくだろう。
なんだ、結局嫌いじゃないんだ、莉紅ちゃんのこと。私はにんまりと笑って梨香の手をつかんだ。
「なんだ、僕は行かな……」
「ほら、梨香も日に当たれー!」
「はあ!?」
そのまま砂浜の二人のもとへ駆け出す。日光は嫌いだけど、せっかくの休日で、海なのだ。少しくらいはしゃいだっていいよね!……世話が焼ける友人たちのためにも。
「梨香ちゃん梨香ちゃん見てくださいほらこれ!綺麗でしょうっ」
「あーもうわかったからくっつくな、暑苦しい」
またいつも通りのやりとりが始まり、私と美帆さんは顔を見合わせてくすくす笑った。
* *
日が傾きだし、世界がオレンジに染まった頃、私たちは二手に分かれてバーベキューの準備を始めた。自転車組は買出し、車組はバーベキューセットの組み立て。と、いうわけで、私と梨香は肉やら野菜やらでいっぱいになった袋をカゴに乗せ、ハンドルに提げて自転車を走らせていた。
「とうちゃーくっ」
「今駐輪場に着いた。そっちはどうだ?……そうか。わかった、もうすぐそちらに行く」
私が自転車をとめている間に、梨香は携帯を取り出してあちらに電話していた。パタン、と携帯を閉じると「準備は終わってるそうだ」と告げ、自分の分の袋を持って歩き出す。私もそれに続いた。
「おかえりなさい、陽菜さん、梨香さん」
「ただいま~」
にこにこと手を振る美帆さんに、私と梨香は片腕を上げて答える。さすがに荷物が重くて、手は振り返せそうにない。
「梨香ちゃんお疲れ様です!重かったでしょう?」
私たちに気づいた莉紅ちゃんは、疾風のごとき素早さで梨香の荷物を奪うように持ち、笑顔で姉を労わった。私はスルーだった。泣きたくなった。
「ちょっと待って私は!?私にいたわりの言葉は!?」
「梨香ちゃんの白魚のごとき細腕と陽菜のひょろ腕を一緒にしないでください」
「いやそれ意味一緒だと思うよ!?」
いつも思うんだけど、莉紅ちゃんて私に手厳しいよね…。諦めてすごすごとシートの上に袋を置きにいくと、美帆さんがついて来てくれた。ありがとう!さすがは美帆さん!
「もう切ってあるの買ってきたから、すぐ焼けるよー。あ、キャベツは手でちぎらなきゃだけど」
「じゃあ、もうすぐ始められるわね」
美帆さんの笑顔に癒されつつ、私達はいくつか肉と野菜を見繕い、バーベキューセットの方に運んだ。梨香はクーラーボックスから持ってきていたタレを取り出し、目をきらきらさせた莉紅ちゃんが捧げ持っている紙皿に入れている。相変わらず嫌そうな顔だ。
「莉紅さんも梨香さんも、相変わらず仲が良いわね」
「喧嘩するほど、なんとやらってやつかも?喧嘩になってないけど」
金網に肉肉野菜、肉野菜とばかりに乗せていきながら、美帆さんは微笑ましそうに言う。確かに、梨香には悪いが傍から見ている分には微笑ましい姉妹だ。
なんだかんだで、ずっと一緒にいるし、ね。ずっと。
「……ずっと、こうしていられたらいいのになあ」
つい、ぽろりと口に出してしまった。私の一番の願いを。
「ごめんなさい、何か言った?」
「いやー梨香も大変だなー、って。独り言独り言」
余計な心配は、少なくとも今日だけはかけたくない。疑問には、罪のない嘘を返した。
『不変なんてないよ。それは、君が一番良く知ってるだろう?』
勝手に、いつかの梨香の言葉が再生される。
そうだ、知っている。私はそれを、永遠と誓われたはずの愛が風化するさまを、見ていたのだから。
『不変』なんてない。みんな、変わって、選んで、離れていく。
「もう焼けましたかー?はいどうぞっ、お皿もお箸も飲み物も、準備おっけーですよっ」
「今日は異様にテンションが高いな……疲れた。陽菜、世話代われ」
「えー私、莉紅ちゃん取り扱い免許持ってないよー」
「それ、梨香さんは永久資格ね」
「………恐ろしいこと言うな。洒落にならん」
それでもと、私は思う。
『不変』はないかもしれないけれど、『続ける』努力はできる、と。
どんなに離れても、繋がることを止めないことで。
諦めないことで、『ずっと』の繋がりは手に入れることができる。そう、信じている。
「梨香ちゃん、野菜もちゃんと……って陽菜!なんで私の皿にピーマン乗せるんですかっ」
「うん、ちょっとした復讐だよ!」
「莉紅さんって結構子供舌だものね」
「いいぞもっとやれ」
だから私は努力を諦めない。
この楽しく愛しい『いつも』を、『ずっと』にするために。
* *
そんなこんなで、私たちの休日は終わった。
作品名:Not,last summer 作家名:白架