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Not,last summer

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変わらないものはない、と君は言ったけど。
 諦めないなら、終わりじゃないから。
 だからこれは、私たちの、最後の夏じゃないのだ。

*  *  

「暑い……」
 公立高校のクーラー節約癖による熱気に、蝉の声が相乗効果で頭がくらくらする。ペットボトルのお茶はすっかりぬるく、私は最後の涼しさを求めて机に突っ伏した。
 向かい側に座っている友人――梨香は、髪を後ろでお団子にしているので、とても涼しそうである。私みたいに中途半端に短いと、結べなくてかえって暑いのだ。肩に届かない今でも毛先がハネる髪だから、伸ばすわけにもいかないし。
「いいなあ。梨香、髪、ストレートで」
「特に手入れはしていないがね。前世の行いが良かったんだろう」
 机を挟んで座っている彼女を恨めしそうに見ると、形の良いツリ目を細め、口の片端が上がり―――皮肉っぽい笑みを返された。絶対、前世は悪人でしたって顔だぞ、それ。
 何か言い返そうと一撃必殺の言葉を探すが、相手のほうが早かった。
「海に行こうか、日曜日」
「え、泳ぐの?」
 追い討ちの皮肉かと思えば、それは休日プランの提案だった。日頃あれだけ日光や運動を面倒がっている梨香の言葉とは思えず、聞き返す。ちなみに、私も体育は苦手な文化系女子だ。
「泳ぎたいなら止めないよ。僕は泳がないけど」
 友人の間でだけ使う変わった一人称で、梨香はふざけた言葉を返す。
「梨香、まーじーめーにー」
 なんとも可愛げのない僕っ娘に、チョップでもしてやろうかと上体を起こすと、
「海を見に行こうか」
「ああ、そゆことね」
 ……絶妙なタイミングで納得させられてしまった。納得したけど、なんか負けた気分になる。
「んー、見に行くって言ってもそれだけじゃつまんないよな~。とりあえずバーベキューとか、花火とか、天体観測とかっ!」
「あとは任せる」
 笑顔で言われた。
 ので、今度こそチョップをお見舞いする。
「陽菜(ひな)、すぐ暴力に走るのはどうかと思う」
「あーはいはい。あ、美帆さんも呼んでいい?」
 友人の言葉を適当に聞き流し、私はうきうきと日曜の計画を練り始めたのだった。

*  *  

 何分田舎なもので、海は自転車で四十分くらいのところにある。私と梨香は駐車場に自転車をとめ、まだ来ない友人を待っていた。
 待ち合わせの午後二時から数分後、紺色のワゴンがこちらに向かってくる。どうやら、無事着いたようだ。
「やっほー美帆さーん!」
「ごめんなさい、ちょっと遅れちゃって」
 車から降りてきた箱入り娘な友人に、笑顔で手を振る。膝より少し長い白のワンピースに八分袖のカーディガンを着て、日傘を差す姿はまるで避暑に来たお嬢様みたいだ。
 肩までの柔らかな黒髪が潮風になびく。独特のおっとりした雰囲気をまとう彼女には、そんな格好が良く似合っていた。自分はカジュアルな格好が多いが、こういうお嬢様な雰囲気には正直、憧れる。
「梨香ちゃんっ」
 美帆さんに続いて車の中から梨香の双子の妹――莉紅(りく)ちゃんが現れ、愛しの姉に勢いよく抱きついた。うん、相変わらず双子なだけあってそっくりだなあ。梨香が髪をほどけば、顔の見分けはほとんどつかないかも。服の趣味はぜんぜん違うけど。梨香は絶対に、あんな三段フリルのスカートなんてはかない。
「陽菜……呼ぶなとあれほど……」
 早速腕を組み、満足そうにニコニコ笑う妹から目をそらし、梨香は責めるような目で私を見た。
「いや私は呼んでないよ?」
 来るのは知ってたけど。
 美帆さんが、莉紅さんも呼んでいい?って聞いたのには頷いたけどね!
「いいじゃん今日くらい~。姉妹仲良く、ね!」
「今日は梨香ちゃんをびっくりさせようと思って、美帆のお母さんに乗せていってもらったんです!帰りも甘えるのは申し訳ないので、自転車の後ろ、乗せてくださいねっ」
「はぁ……」
 尻尾があったら振ってそうな勢いの妹に、梨香は諦めたようにため息をつく。梨香は重度のシスコンな妹が苦手みたいだけど、なんだかんだでこの4人でいつも遊んでるのだ、もう慣れたんだろう。
「海はどっちの方角なの?」
 異様なテンションの莉紅ちゃんも、疲れた表情の梨香も気にせず、穏やかな微笑みで美帆さんは私に尋ねた。確かにいつもの光景だけど、このスルースキルは凄いなと思う。見習わないと。
「あっちの階段の向こうだよ!そろそろ行こっか」
 双子にも聞こえるように声をかけ、私たちは階段へと向かった。

*  *  

 海といってもささやかなもので、砂浜は校庭の半分もない広さだし、後ろは堤防のコンクリだ。だからこそ、誰もめったに来ない穴場なんだけれど。さして青く澄んでもない海だが、それでも日に当たってきらきら輝く波は十分綺麗だ。
「梨香ちゃん!後でビーチバレーしましょうビーチバレーっ」
「暑い。動きたくない」
 荷物を降ろすと、また莉紅ちゃんは姉の腕をとってひっつく。私たちとは違い体育会系寄りな莉紅ちゃんは梨香に任せ、私と美帆さんはさっそく楽園を設営し始めた。
「荷物ありがとね~。いやぁやっぱ車は素晴らしいよ、うん」
「ううん。運転してくれたのはお母さんで、私何もしてないもの」
 大きなレジャーシートの上にビーチパラソルを2つ立てる。よくこんな大きいの持ってたなあ。あ、パラソルは形ちょっと違うから片方梨香ん家のかな。
「そうそう。アイスがあるから、あとで皆で食べましょうね」
「美帆さんナイス!愛してる!」
 甘くて冷たい夏の天使の名前に、一気にテンションが上がる。今なら空も飛べそうだ。
「総員集合ー!ほら手伝え手伝え。終わったらアイスだよ!」
 まだ押し問答を続けていた二人を手招きし、パラソルをちゃんと固定する。手分けして細々とした整理をすれば、5分とかからずすべてが終わった。
「皆、どれがいい?」
 美帆さんが大きなクーラーボックスを開ける。中に入っていたのは、私の好きなスイ○バーだった。さすがは美帆さん、愛してる!
「ふ~」
 アイスをくわえ、シートに寝転がる。耳に届く、静かな波の音が心地よい。このまま寝たら気持ちよいだろうな……
「ちょ…ちょっと!せっかく今日は……う、海に来たのに、これじゃ家でごろごろしてるのと同じじゃないですか!」
 と、穏やかな空気を莉紅ちゃんが破った。周りを見ると、莉紅ちゃん以外は私と同じように寝転がっている。
「梨香ちゃん、起きて下さいっ!ビーチバレーしましょうよー!」
「うるさい。一人でトスの練習でもしてろ」
 莉紅ちゃんは姉を起こそうと必死に揺さぶっているが、梨香はまったく取り合わず、ハエでも追い払うようにシッシッと手を振った。とたん莉紅ちゃんは飼い主に怒られた犬のようにしゅんとする。
 そんなやりとりを見ていると、さすがに可哀想になってきて、私はアイスから口を離した。
「ほら、私たち文化系女子は日光が天敵なんだよ。日が出てるうちは海を見ながらまったりごろごろしよ~」
「ああもうこの馬鹿陽菜っ……その軟弱な精神、私が叩きなおしてあげます!」
 すると、急に元気を取り戻した莉紅ちゃんに、強引に腕をつかまれ起き上がらされる。その片手にはビーチバレー用のボール。
「いってらっしゃい」
作品名:Not,last summer 作家名:白架