【第七回・弐】焼き焦げ
「麻衣ちゃん!!」
慧喜の腕からするりと抜けて悠助が麻衣に駆け寄った
「悠助…」
自分の腕から抜け出した悠助に慧喜が手を伸ばす
「大丈夫?どっか怪我したの?どっか痛い?」
膝を地面について麻衣に思い切り顔を近づけている悠助を見て慧喜が伸ばしていた手を下げた
「あのお姉ちゃん嫌ーッ!! 怖いーッ!!」
悠助にすがるように抱きついて麻衣が慧喜を指差した
「悠助から離れろよッ!! 悠助は…!!」
「慧喜さんッ!!」
悠助に抱きついていた麻衣の服の襟に手をかけた慧喜に悠助が怒鳴った
「駄目だよ! 麻衣ちゃん泣いてるんだから」
悠助の言葉に慧喜が目を丸くした
「悠助…」
そのまま一歩後退した慧喜を悠助の腕の中から麻衣がチラリと見た
「お姉さん怖いお姑さんみたい」
麻衣が涙を拭いながら言う
「違う!! 俺は悠助の子供産むんだから嫁だッ!!」
麻衣の言葉に慧喜が怒鳴る
「姉さん女房が好きなの? 悠助」
きょとんとしている悠助に麻衣が聞いた
「姉さん女房ってやめたほういいよ? オッパイすぐ垂れるんだよ? お姉さん大きいからすぐ垂れるね」
麻衣が慧喜の胸を見て言う
「麻衣と付き合って?」
そして悠助を真っ直ぐ見て麻衣が告白した
「駄目ッ!! 悠助は俺のッ!!」
状況がイマイチ飲み込めない悠助を慧喜が後ろから抱き寄せた
「慧喜さん?;」
力いっぱい抱きしめられて悠助が手をバタバタさせる
「まだ【さん】って呼ばれてるじゃない。麻衣は【麻衣ちゃん】って呼ばれてるもんね。【ちゃん】の方仲良しなんだから」
立ち上がり服についた泥を叩き落して麻衣が慧喜を見た
「…そうなの? 悠助…」
麻衣の言葉に慧喜が悠助に聞く
「え…?;」
不安げな顔で見下ろす慧喜を悠助が見上げる
「俺より…コイツの方好きなの?」
少し震えた消えそうな声で慧喜が聞く
「きまってるじゃない」
麻衣が答えると悠助を抱きしめていた慧喜の腕の力が抜けた
「…慧喜さん…?」
ゆっくり悠助を放すと慧喜は無言のまま家の中に入っていった
「慧喜が部屋から出てこない?;」
箸を持ったまま京助が声を上げると悠助がコクリと頷いた
「…何かあったっちゃ?」
京助と顔を見合わせた後 緊那羅が悠助に聞く
「麻衣ちゃんが…でも僕 慧喜さん好きだもん…」
小さな声でボソボソと慧喜が出てこない理由らしきことを話す
「麻衣ちゃん?」
聞いたことのない名前を京助が繰り返す
「転校生…麻衣ちゃんは慧喜さんより僕と仲良しだから付き合ってって」
「…あ…あ~あ~; ハイハイ; なんとなく…なんとなぁ~くお前の言いたいことはわかった;」
京助が箸を上下に動かして言った
「よくわかるっちゃね;私は全然…」
緊那羅が苦笑いを京助に向けた
「まぁ一応兄弟ということで…で?」
緊那羅に答えた後京助は悠助を見た
「悠はどうしたいんだ?」
箸をおいて悠助に京助が聞く
「え…僕…は…」
悠助が京助からだんだん視線を下に下げて俯いた
「…ふぅ;」
そんな悠助を見て京助が溜息をついた
「ちょっと難しい展開だぁねぇ…コリャ;」
両手を頭の後ろで組んで軽く緊那羅に寄りかかりながら京助が呟く
「そうなんだっちゃ?」
「超稀に見る微妙な三角関係」
緊那羅が聞くと京助が口の端を上げて言う
電話の子機の画面が明るく光った
プルルル…プルルル…
「お…」
緊那羅に寄りかかっていた体を起して京助が子機に手を伸ばした
「ハイもしもし~…なんだ南か」
かかってきた電話の相手は南らしく京助がそのまま話し始める
「…もう一回 慧喜を呼びに行くっちゃ?」
俯いたままだった悠助に緊那羅が声を掛けると悠助が頷きゆっくり立ち上がると緊那羅も一緒に立ち上がる
「もう一回いって来るっちゃ」
一応京助にどこに行くのかを継げた緊那羅に向って京助がヒラヒラと手を振った
『でさぁサイズ測りたいわけよ』
電話越しに南が話す
「サイズってもなぁ…;」
京助が壁に寄りかかり天井を見た
「今 慧喜さんは引き篭もりなんですわ」
『は?』
南が素っ頓狂な声を出すと京助が溜息をついた後 慧喜が引き篭もった理由を話しだした
「慧喜)さん…ご飯だよ?」
慧喜の部屋の前で悠助が部屋の中に向って言う
「慧喜…」
緊那羅も呼びかけるが応答がなく戸を開けようとしても何かがつっかえていて戸は開かなかった
「慧喜さん…」
俯いた悠助の頭を撫でて緊那羅が開かない慧喜の部屋の戸を見つめた
「…緊ちゃん…僕…」
俯いたまま悠助が呟いた
「…大丈夫だっちゃ」
そんな悠助に緊那羅は微笑を向けて軽く背中を押した
「明日はきっと出てくるっちゃ」
ゆっくりと慧喜の部屋から離れつつ緊那羅は慧喜の部屋を軽く振り返った
「…大丈夫」
緊那羅(きんなら)が二回目に呟いた言葉はどこか自分にも言い聞かせているような感じだった
作品名:【第七回・弐】焼き焦げ 作家名:島原あゆむ