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天才飯田橋博士の発明

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16 フオン空気清浄機



神楽坂舞子が用事を済ませ帰ってきた時、飯田橋博士が「舞子くん、ちょっといいかな」と呼びとめた。
「はい、何でしょう」
普段と違う博士の態度に舞子は身構えながら博士の言葉を待った。

「実はな、父の遺産を運用して利益を出してくれている会社が運用失敗してしまった。ごらんの通りこの研究所は沢山の素晴らしい発明をし、特許も申請している。だが、特許の利用者が現れない」
「はい、それは存じております。それで」舞子が話の先を促す。
「それでだが、誠に言いにくいんだが、給料が出せんのだ」
そう言って博士が下を向いた。舞子にはその身体が少し震えて見えた。
「博士ぇ、そんなあ、私は来るべき結婚式に豪華なウェディングドレスを着るために、コツコツとお金を貯めているんです。それが、それが~」
舞子はそう言って少し黙った。頭の中で色々なことが駆け巡っている。
博士も黙った。沈黙が少し続いた。


「さて、と」と博士が傍らにいつの間にか置いてあった機械のスイッチを入れた。
~こんな話をしておいて博士は何をやっているんだろう~
そう思いながら舞子は博士に問いただすべきことを考えていたのだが、次第にそれは些細なことのように思えてきた。博士は時々舞子に理解不能な冗談をいうことがある。舞子はな~んだ、それかなあと思えてきた。

「博士、冗談は顔だけにして下さい」
舞子が一昔前のジャグを言う。
「うんうん、どうやら成功したようだな。ふふふふ」
「博士、何にやけているんですか。ちゃんと説明して下さい」
「舞子君、悪かった。実はこっそり新発明のテストをしてたのだよ。名付けて【フオン空気清浄機】ぃ」
「はあ?」舞子の頭の中でふおんふおんフオンフオンと反響して、やっと不穏で止まった。
おそらくイオン空気清浄機からの発想なのだろうと舞子は納得した。


「例えばだな、音楽には人を気持ちよくさせてくれる成分が含まれている。音楽以外にも波のや虫の声などもある。そういう成分をこの機械は発生しているんだ。それも音を立てずにだ。すごいだろう」
博士は鼻の穴を少し広げながら言った。
「で、どうだろう舞子君、もう少しこれをテストして貰えないかな」
舞子は少し考えたあと「私の身の回りで不穏な空気などあった試しがありませんの」と舞子は自分の席に座った。そして、研究所に帰ったらトイレに入るつもりだったのを思い出した。

トイレの中で、舞子はだんだん不安になって来た。給料が出ない、ウェディングドレスが買えない、結婚出来ない。あの沈黙のシーンがよみがえってきた。そしてあのフオン空気清浄機はその場しのぎにしかならないことを感じた。その部屋から出てしまえば元の不穏が残っている。

「博士、また失敗ですよ。ホントにまあ。一見成功にみせて結局失敗作。いつものパターンですね」部屋に戻った舞子の言葉に博士はしばらく口をアの発音のまま固まっていたが、おもむろに【フオン空気清浄機】を見つめた。ONになっているが、博士自身のみの感情には何の変化もなかった。

博士は舞子の剣幕に押されて、研究所の経理内容と博士の資産状況を公開し納得してもらった。


私の才能はこんなもんじゃない。まだまだ発明は続くのだと自分に言いきかせて博士は研究所を後にして家路に着く。博士の脳には失敗作ショック除去装置がついているのを本人は知らない。

作品名:天才飯田橋博士の発明 作家名:伊達梁川