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月下行 中編

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のは花耶だ。互いに互いを深く思いやってるのだ。
「姫君を守るナイトは正義の味方、に他ならない。とそう言う事か
な。世の道理は」
「?」
静かに吐き出された独白は小さ過ぎて花耶の耳には届かない。怪訝
そうな顔をする相手に『何でもない』と氷上は返す。
自分ばかりが悪役のようで切ない。自ら望んだ運命ではあるが、胸
を占める感情はほろ苦い。
花耶と自分との約束、だったのだ。今となっては遥かに遠くなった
過去に結んだ。とは言え花耶自身がそれを覚えてる訳ではない。
ある意味で一方的に押し付けた。自分が花耶に、花耶の運命に。
約束の、その先に訪れる結末を知りながら、それでも選ばずにいら
れなかった。
諦める事の叶わかった愛着を、妄執と呼びたくば呼べと思う。
犯した罪への罰以上に恐ろしいのは、その命を失う事だったのだ。
否、だとすると罪はやはり自分だけにある。花耶は知らず巻き込ま
れただけで、与えられただけで……
「氷上?どうかしたの?氷上ってば!?」
氷上は我に返った。呼びかける声に顔を起こせば花耶の姿がすぐ
間近に迫っていた。
「あ……あ、何?」
「何じゃないでしょう?何か、あんた変よ。突然、黙り込んだかと
思ったら痛そうな顔して。何を言っても動かなくなるし。具合でも
悪くなったかと思って心配」
そこまで言って花耶は慌てて口を噤んだ。が、失言を悔やんだ所で
もう遅かった。
「心配、してくれたのか?」
「し、してない!失敗よ!うっかり口が滑っただけ!!」
信じられない思いで氷上は取り乱す花耶の顔を見つめた。
嘘がつけない質なのだろう。そして心根が優しい。荒っぽい印象を
抱かせる闊達な言動と裏腹の、繊細な内面。
知っている。だから信じられる。心配してくれたと言うのも嘘では
ないだろう。
そう言う所も、変わってないんだなあ────……
ふと意識の表層を横切った思い。同時にキリッと胸の奥が軋む。
懐かしむのは身勝手なのだろう。自分の所業を思えば、花耶に気遣っ
て貰う資格などない。それでも嬉しいと感じる心は偽れない。
ほろ苦い一抹の喜び。僅かな筈のそれが嫉妬と羨望に凍えた心を溶
かしてしまいそうになる。そして氷上は言葉を失う。
万感の想いを込めて、その姿だけを一心に見つめる。言葉にしては
いけない想いが溢れそうで、けれどそれはやはり『禁忌』で……
何も言えずに黙って立ち尽くすしかなかった。
「あーもーっ!そんな余計な事は良いの!それより聞きなさいって、
氷上っ!!」
息の詰まるような沈黙と物言いたげな視線に晒され、居心地が悪く
なったらしい。花耶が憤慨した様子で叫ぶ。
「あたしは、あんたが何を考えてるのかがわからない!さっぱりよ!
だからもうここではっきり答えなさい!!」
「────何を?」
不穏な気配と予感を抱きつつも、氷上は先を促した。
「あんたは、あたしの事をどう思ってるのよ?本当は、どうしたい
のよ!?」
真摯な眼差しが真っ直ぐに射抜いてくる。嘘を許さない、誤魔化し
に惑わされないそれに氷上は答えを探しあぐねた。
「質問の意味が────わからないんだけど?」
咄嗟に白を切ろうとした。が、花耶の顔が見る間に強張る。
「白ばっくれてるんじゃないわよ!?気付いてないとでも思った?
あんた、やる事なす事おかしいのよ。あたしには<鬼追い>だの何
だの言う癖に、あんたが実際にやってるのって何?単に『フリ』じゃ
ない?あたしを脅かすフリ、追い詰めるフリ、あたしを守ろうとす
る久宝寺を痛めつけるフリ。全部全部フリよ!真似事よ!違う?!」
「どうしてフリだなんて思う?……理由は?」
激昂する花耶とは裏腹に、氷上の態度は至って平静だった。それが
腹立たしいのか、もどかしいのか、花耶はきつく眦を吊り上げた。
「あんたが、あたし一人の時に攻撃して来ないからよ。幾らでも機会
はある筈なのに、何かが起こるのは決まって久宝寺が側にいる時。し
かもそれで怪我するのは、いつも久宝寺だけ。あたしはいつでも無傷。
それっておかしいじゃない。当事者は、あんたが追ってるのは、あた
しでしょう?あたしに降伏させるんじゃないの?それにあんたなら、
二人同時に攻撃するぐらい可能な筈でしょう?だから、敢えてあたし
には手を出さないんだって、わかったのよ!」
一息に捲し立てて花耶は沈黙した。息が切れて言葉が継げなくなった
からだ。乱れた息を懸命に整える。興奮のあまり目尻に涙が浮かんで
いた。それを乱暴に手で拭う。
「何で?あんたは久宝寺ばっかり攻撃するのよ?あたしには傷一つ
負わせずに……何で?訳わかんない」
胸中に鬱積した物を全て吐き出してしまったせいか、奇妙な虚脱感
があった。次第に冷めていく感情が余計に空しさを助長するようだ。
「本当はどうしたいのよ?あたしに、何を望んでるのよ?あんたに
とってあたしは、何なの?」
力ない呟きは、そのまま本心だった。花耶は虚無感を持て余す。
「お前は、俺のモノだよ」
花耶は驚き、顔を上げる。見下ろす位置に浮かんだ氷上が、何とも
表現し難い複雑な表情で微笑んでいた。
「俺は、お前を追っていたい。もうずっと。叶うなら、この先も。
いつまででも。そしてお前が、俺を────愛さなければ良いと、
思ってる」
「氷上?」
苦渋の滲む声。哀切とも言える表情で、けれど悲愴な覚悟を秘めて
氷上は告げる。が、躊躇いは一瞬で消えた。すぐにその瞳の色が不
穏な色へと変化していく。
「俺はお前を傷つけられない訳じゃないよ。わかっていないようだ
から、証明してあげようか?」
そこに現れたのは金色に輝く一対の瞳。初めて目にした花耶は驚き
に息を飲む。そして気付けば、目に見えない不可視の呪縛に我が身
を絡み取られ動けなくなっていた。
「おいで。せめてその身で俺を慰めてみなよ」
残酷な宣告を優しげな声音で、氷上は花耶に囁いた。


◇◇◇

「────っ」
不意に、何かに呼ばれた気がした。飛び起きるように身を起こした
久宝寺は軽く頭を左右に振って意識の霞みを払う。
見慣れた天井、見慣れた室内。何一つ変わった様子はないし。自分
が目を覚ますような『異常』が怒る気配もない。
周囲を見渡した久宝寺は拍子抜けした気分になる。
自慢ではないが、寝つきの早さと睡眠の深さは人並み以上だ。一度
眠りにつけば滅多なことでは目覚めない。更には寝起きの悪さにも
定評がある。
目覚めで機嫌が悪いと言うよりは、起こそうとした相手を寝惚けて
殴ってしまうだけで……勿論、悪気は無いのだが。
それがこうもはっきり目覚めるなんて、珍しいを通り越していっそ
不気味だ。不吉と言えば不吉な兆候かもしれない。
ガシガシと乱暴に髪を掻き乱し、久宝寺はベッドを出た。
「雨でも降るかもな……」
ほぼ深夜だ。半分だけ開いたカーテンの隙間から外をのぞく。
傾き加減の月が心細そうにも見える。
「桜庭?……まさか、な」
無意識に零れた呟きに、自分で驚いた。
根拠は無い。けれど嫌な気配が、胸騒ぎにも似た感覚が湧き上がる。
久宝寺は眉を顰め、舌打ちをした。
「確かめに行った方が良いな」
花耶の身に何かが起こったらしい。予感は徐々に確信へと変わる。
作品名:月下行 中編 作家名:ルギ