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月下行 中編

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部員の数もギリギリで、ほとんど”同好会”扱いしかされない女子バスケ部
など言うまでも無い。
煩く厳命されてるから、登下校は久宝寺と一緒でなければならない。
本音ではもっと居残り練習に励みたいだろうに、久宝寺は花耶に合わせる。
バスケバカが余計な気遣いしてんじゃないわよ、と胸中で毒づいてみても塞
いだ気分は一向に晴れなかった。
「何で、あんたはそうなのよ?」
訊いて良いものか悪いものか、判断出来ずに散々悩んだ。けれど、どうして
も訊かずにはいられなくて、花耶は重い口を開いた。
ここ暫く雨が降らず、そのせいでグラウンドはいつもより埃っぽい。
白熱灯が白々と照らすコンクリートも白っぽく霞んでる。
クラブボックスを出てすぐ、ガランとした渡り廊下に人影はない。
必要以上に響く自分の声に潜んだ不安が見える。花耶は眉を顰めた。
「何がだ?もっとわかるように言え」
ぶっきらぼうに応じる声。いつの間にか抜かれた身長。一歩先を歩く背中に
花耶は疑問ともどかしさをぶつける。
「だから、何で?どうして……そうまでしてあんたは、あたしを」
その先を口にするのは躊躇われた。言えば認める事になりそうで、それがど
うにも悔しくて。けれど事実は事実で。
久宝寺が足を止める。薄闇に溶け込む漆黒の髪、振り返る秀麗な白い顔。
「俺がどうしようと俺の勝手だ。お前にどうこう言われる覚えはない」
随分と言えば随分な言い草だ。花耶は思わず言葉に詰まる。
威圧感。正面からまともに向かい合うと久宝寺の瞳は底知れない闇のようだ。
容易に感情を悟らせないそれだったが言葉ほどには悪意は含まれていない。
「俺はやりたいようにやってるだけだ。お前に恩を売って、だからってどう
こうするつもりもない。余計な気を回すな」
「恩として売られた方がまだマシよっ!?」
迷いを振り切って花耶は反論した。
「何なのよ?!あんた、何考えてるんだか、さっぱりわかんないのよ!」
一度吐き出してしまえば勢いがついた。伸ばした手で乱暴に相手の肘を掴む。
「右腕、見せてみなさいよ。それに肩?左足の包帯は一昨日にやった分?だ
いぶ治りかけてるけど右頬の切り傷は?あたしの知らない、他にはないの?」
「────関係ないだろ」
「ふざけないでっ!!あたしにこそ関係あるでしょう?!全部、全部、あた
しのせいじゃない?!あたしを守ろうとして、庇って出来た傷でしょう?!」
やり切れない思いで花耶は叫んだ。言葉にしたら、改めてダメージを受けて
しまった。
自分が久宝寺に守られてると言う状況にではない。久宝寺が身体を張って自
分を守ってくれてるのに、自分は何も出来ないと言う”事実”にだ。
「カマイタチ、なんかじゃないんでしょう?本当は、またアイツの仕業なん
でしょう?今日の、これも」
シャツの上から微かに透けて見える包帯は、肘から手首にかけて厳重に巻き
つけられてる。
『まるで鋭利な刃物で切り付けられたみたい』と、手当てをしたマネージャー
が険しい表情で呟いていた。
深くはないが浅くもない。痛まない筈は……ない。
「たいした傷じゃない。それにこの手の怪我なら俺の回復が人より早いのは
知ってるだろ?いちいち騒ぐな。煩い」
態度も口調も相変わらずだ。けれど付き合いの長さ故に、わかってしまう。
気にするな、と言ってる。それが余計に心苦しくて、花耶は唇を噛んだ。
部活が始まってすぐ、だった。久宝寺が訝しげに何度も周囲を伺っていて、
落ち着かない素振りを見せていた。誰も気付いていない様子だったが、隣り
のコートで柔軟体操をしていた花耶は気付いていた。
また何かが起こるのかも────密かに抱いた危惧は、そのまま現実の物と
なってしまった。
「桜庭っ!!」
スリーオンの最中だった。コートの中を夢中で駆けていると、珍しく久宝寺
が大声で怒鳴ったのだ。
何事かと振り返るより先に背中に強い力を感じた。次に気付いた時には、その
まま前にのめる格好で突き飛ばされていた。
「久宝寺!?あんた、どうしたのっ?!」
悲鳴に近いマネージャーの、瑠璃の声に皆が一声に振り返る。
「────っ」
俯き加減の久宝寺がゆっくりと崩れ落ちるように床に膝を着く。右腕を庇う
ように回した左手の下から赤黒い筋が数本、伝い落ちていく。
「久宝寺っ!!」
気付けば叫んでいた。久宝寺の白い肌に恐ろしく映えるその赤が血なのだと、
理解するのと同時に頭の中は真っ白になった。
転がる様にしてその傍らに駆け寄ったのも、ほぼ無意識だった。
「おい!久宝寺、大丈夫か?!」
「どうし……うわっ!?切ったのか?!」
「取り敢えず止血だ!誰か、タオル!」
「ちょっと待って!乱暴に動かさないで!」
体育館内は騒然とした。男女を問わず、コートの内外から部員が駆け寄って
くる。その騒ぎを何処か遠くに聞きながら、花耶は茫然と久宝寺だけを見つ
めていた。
正確には久宝寺の腕を、肘から手首へかけて真っ直ぐに走った刀傷のような
それを、ただ見ていた。
「誰も刃物なんて持ってなかった。刃物じゃなくても、そんな傷をつけら
れるような物を持ってる人間はいなかった。何より動機が無いわ。そもそ
もあんたの周りには誰もいなかった。あたし達の目に見えない何か、以外」
突然起こった不可解な事態に、その場にいた全員が困惑した。
結果があっても原因がまったく謎なのだ。誰もが不安な表情を隠せず言葉
を見失う。重苦しい沈黙は手当てが終わるまで続いた。
誰も何もしていないのに怪我を負った久宝寺。明らかな切り傷の訳を、解
明出来る者はいなかった。否、一人だけいた。久宝寺自身だ。
恐らくカマイタチだろう、と久宝寺が言ったのだ。
俗に『カマイタチ』と言われる現象は、虚空に生じた真空が見えない刃と
なって傷を成す。そこにたまたま自分が居合わせただけ、なのだろうと。
久宝寺の推測を受けて釈然としないながらも部員の多数は納得した。
ただ花耶だけは、出された結論と別の所に確信を抱いていた。
「あれ、嘘でしょう?本当に”カマイタチ”なら、直前にあたしを突き飛
ばした理由が無いもの。また、あたしを庇ったんでしょう?」
久宝寺は答えなかった。けれど反論もしなかった。それは無言の肯定でも
あるだろう。花耶は袖を掴んだ手を力なく離す。
「わかんない、あんた。何なのよ」
「この程度、ちょっとした威嚇だろ?構うな」
「ちょっとした威嚇、じゃないわよ?!現にあんた怪我してるじゃない?!
十分、たいした事でしょう?!」
何でもない事のように、あっさり言い捨てる。久宝寺に花耶は苛立った。
「ずっとよ?もうずっとずっと、こんなんばっかり。あたしにはわからない
所でも自分にはわかるからって、バカみたいにあたしを庇い続けて。それで
あんた、怪我ばっかりしてるじゃない!!」
文字通りの満身創痍だ。どれもが深刻にならない程度の負傷だから良いよう
なものの、この先もこれで済むとは限らない。むしろ考えられる<未来>に
は絶望しかない。
「このままいったら、あんた……本気で死んでしまう。良いの?」
もう後がないかもしれない、との切迫感が花耶の背中を後押しした。
どうしても口にするのが憚れていた一言を、ついに花耶は言った。
作品名:月下行 中編 作家名:ルギ