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月下行 中編

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◇◇◇


不思議な夢を見る。明確な意識の下で思い描くのとは異なって、自然な眠り
の果てに訪れる『夢』名のだから当然の事かもしれない。
けれど、それはとても不思議な夢で────……
目覚めと同時に消え去る物なのにその残り香のような残像が、感触が、何故
か酷く心を乱す。
誰かが自分を呼んでるような、誰かを自分が呼んでるような……もどかしさ。
形にはならない。けれど確かに存在する、漠然とした焦燥感。日増しにそれ
は大きくなっていくようだった。
「何だって言うのよ、もう」
自然に零れた溜息が、憂鬱な気分を尚更に煽る。
倦怠感を引き摺りながら布団を片付け、食事を摂り、どうにか身支度を整え
る。その間にもふとした拍子に溜息が零れて、花耶は唇を噛む。
らしくない。こんな自分は、らしくない。わかっている。わかってはいるけど、
どうにも出来ない。
ただ成す術も無く溜息に埋もれてるだけなんて情けない。不甲斐ない。
どうにもしようがなくて、どうにも出来ないなんて不本意なばかりだ。
自分の預かり知らぬ所で勝手に自分の運命が決められる。そんなの理不尽だし
反則だと思う。誰にともなくそう強く訴えたい気分だった。
「しょうがないだろ。状況が状況なんだから。文句言ってないで、お前も我慢
してろ」
不意に脳裏で再生された声。ありありと蘇る相手の不遜な態度に花耶は憮然と
した。
「手も足も出ない状況だって、だから何よ?久宝寺の分際でエラそーに人に
指図するなんて生意気な!大体、何であたしがこうもウダウダ悩んでなきゃ
いけないのよ?!」
正体の知れない苛立ちに支配されて落ち着かない。愚痴を零しながら部活用の
シャツやタオルをバッグにギュウギュウに詰め込む。と、乱暴にドアを叩く音
が響く。
「はいはい。待ちなさいって。わかってるって」
あの無神経男、人の家のドアを壊すつもりなのかしら?と苦々しく呟いて玄関
へと向かう。
「毎度毎度うるさいわよ。聞こえてるってば。そんな激しく何度も叩く必要ある
の?あんたの脳、本当に記憶する機能って備わってないでしょ?」
「聞こえてるならさっさと出て来い。ノロマ花」
開口一番での苦情に負けじと応戦してくる。
「誰がノロマですって?」
「お前」
悪びれない即答に花耶の頬が微妙に引き攣る。
「俺がこの時間に来るのはわかってるんだ。だったら準備万端にして待ってろ。
わざわざ人が出向いてやってるのに、文句ばっか言ってるな」
低血圧です、とその顔に書いてある。仏頂面に無愛想さを3割増しで乗せ、久宝
寺が吐き捨てる。
「わざわざって何よ?!あんたが勝手に押しかけて来るんでしょう?!別に頼ん
でないわよ!?」
憤る花耶が反論する。久宝寺は深々と溜息を吐く。
「バカ花。自分の置かれた状況、理解しろよ。さっさとケリをつけたいのは……
むしろおれの方だ」
不本意なのは自分も同じだと告げられ、花耶は口を閉ざすしかない。
「行くぞ」
返事を待たずに背を向けぶっきらぼうに促す。
久宝寺に気付かれないように花耶は肩を落とした。


◇◇◇


中学2年生になってすぐの春、両親を一度に亡くした。車での事故だった。
部活の合宿に出かけていて、別行動を取っていた自分だけが難を逃れた。
それから以後、生まれた時から住んでいるアパートで独り暮らしをしている。
未成年で、しかもろくに身寄りもない。そんな自分を迷惑顔もせずに置いて
くれた大家には純粋に感謝している。
「人生に逆境は付き物さね。辛くっても、簡単に投げだしちゃいかんよ」
と慰めの言葉を口にしながら肩を叩いた皺深い手の感触を、今でも覚えてる。
支払われた生命保険を含めても両親の残した遺産は僅かだった。それでも贅沢
をせず慎ましく暮らせば、あと数年は生活するに足りる計算だった。
高校を卒業したらすぐに働こう────花耶は悲壮感も無く心に決めていた。
早くに両親を揃って失った自分の境遇を、惨めとも憐れとも思わない。
自分一人が生き残ってしまった罪悪感も無い。否、敢えて抱かない。
当時はそれこそ涙が枯れるぐらいに泣き続けた。不当に奪われたモノが恋しく
て、淋しくて、無情な”運命”を恨んだ。けれど……
被害者ぶるのも加害者ぶるのも多分、間違ってる。
自分を一人残して逝った父も母も、我が子の不幸など望んではいない。
娘が罪悪感に苛まれ、苦しみながら生きる事を哀しんでも喜びはしない。
だから、そうだと思い至った花耶は涙を拭った。泣く事を止めた。
自分が『不幸』だと決めつけてしまえば、それは確実に『そう』なる。
だったら強く生きる。哀しみに溺れず、不幸に挫けず、涙で視界を曇らせず、
ただ前を向いて歩いて行こう。幼いながらも花耶は覚悟を決めたのだ。



◇◇◇


「ちょっと良い?」
目前に人の立つ気配。同時に掛けられた声。机にうつ伏せて昼寝していた花
耶はうんざりしながら顔を上げる。
「話があるの。付き合って貰える?」
上辺だけは頼むような口調だが胸元で腕を組んだ鷹揚な態度が裏切る。
「何?あたし、眠いの。話なら、ここでして」
言外に『迷惑だ』と告げる。気に障ったのだろう、相手の顔が露骨に歪む。
「じゃあ、言うわ。あなた、随分と自分勝手よね?わかってる?」
緩く波打つ長い髪。パーマをあて、それなりに化粧の施した顔。
高慢に顎を突き出し、険のある声で言い放つ。化粧を取ったら案外、地味な
顔かもしれない。が、重ねづけした睫毛の下の瞳には明確な怒りが浮かぶ。
否、嫉妬心?どの道、八つ当たりだ。いい迷惑なだけ、だ。
「あたしが自分勝手?わざわざご丁寧にどうも。で?用は済んだ?」
恐らく久宝寺の私設ファンクラブとかの類だろう。
最近、やたらと煩いのだ。『馴れ馴れしい』だの『独占してる』だのと。
望んでしてる事ではない。不本意なだけの現状を羨ましがられても困る。
代われるものなら、いっそ代わって欲しいぐらいだ。
「な、何よ?!あんた、何さま?!そんな」
「煩いって言ってるの。無駄口叩く暇があったら、さっさと消えて」
内心の苛立ちを隠しもせず吐き捨てる。鋭い目線で睨みつける。
気圧されたのか、一瞬、相手は言い淀んだ。けれど怯んだ自分を誤魔化す
ようにキッと眉を吊り上げる。
ただならぬ不穏な気配を察して、教室内に緊張が走る。その時だ。
「おーい。そろそろ授業が始まるぞ。教室に戻れよ~」
一触即発の張り詰めた空気。それを担任の教師の一声があっさりと破った。
出席簿でバンバンと乱暴に黒板を叩く。
呪縛を解かれたように、途端にざわつく周囲。
肩透かしを喰らった顔をする相手を一瞥し、花耶もまた大きく伸びをする。
「み、認めないからね!あんたなんか!」
悔しそうに捨て台詞を残して走り去る。遠ざかる制服の女子。
もう馴染みになってしまった光景を眺めながら花耶は溜息を漏らす。
どうにも出来ず手も足も出せないのは、自分の方だ────。


◇◇◇


「久宝寺」
「何だ?」
「一つだけ、訊いても良い?」
「だから、何だ?さっさと言え」
鷹揚な口調もいつもの事だ。慣れていても律儀に腹を立て、嫌みの一つでも
返してやるのだが……今日はそんな気になれない。
放課後の部活の後、居残りまでする熱心な部員はそういない。
作品名:月下行 中編 作家名:ルギ