名探偵カラス Ⅱ
取調べ
台所で朝食の後片付けをしていた聡子は、突然の玄関チャイムの音にびっくりした。洗い物をしながら、今回の父の事件のことをあれこれ考えていたからかも知れないが、チャイムの音がやけに大きく響いたような気がしたのだ。
「こんな朝早くから一体誰かしら?」
一人呟き訝しがりながらも、足は玄関へ向かっていた。途中、洗面所にいた夫に、
「あなた、誰か来たみたいよ。こんな早くから誰かしらねぇ?」
と、声を掛け、その返事を待つこともなく玄関へ急いだ。
そして玄関の内側から、外の来客に向かって声を掛けた。
「はぁ〜い。どなたですか?」
「あぁ、朝早くからすみません。先日病院でお会いした警察の者ですが、ちょっとお尋ねしたいことがありまして……」
聡子はその声に聞き覚えがあったので、急いで玄関の鍵を開けた。
ガチャッ
ドアの向こうには、病院で会った田代刑事が真剣な眼差しで立っていた。
「刑事さん、何か分かったんですか?」
こんな朝早くから来るくらいだから、きっと何か分かったに違いない。
――そう思った聡子は勢い込んで尋ねた。
「いや、今日はご主人に伺いたいことがありまして……」
「えっ! 主人にですか?」
「はい、ご主人はご在宅ですか?」
「はぁ〜、まぁ、今日は休みでおりますけど……」
「ん? 今日はお休みなんですか? 土日でもないのに?」
「はい、主人の仕事は交替勤務なもので」
「あぁ、そうですか。では早速ですが、ご主人を呼んで頂けますか?」
「はい、分かりました。ではすぐに……」
そう言うと聡子は、不安な面持ちで奥へと入って行った。
聡子が不安に思うのも当然なことで、田代刑事の背後には、その腕に『鑑識』と書かれた腕章を付けた男が数人、色んな機材を持って立っていた。
少しして旦那が玄関先に出て来た。すぐ後ろに聡子が不安そうに立っている。
「あぁ、ご主人ですか? 初めまして、私はこういう者です」
そう言うと、胸ポケットから出した名刺を一枚差し出した。
「はぁ、田代さんとおっしゃるんですか。それで私に何か尋ねたいとか……」
「はい、その前にお名前を聞かせて頂けますか?」
「あ、こりゃあ失礼しました。秋山靖男です」
刑事は手帳にメモしながら続けた。
「――そうですか、靖男さんとおっしゃるんですね。では早速ですが、あなたのお父さんがいなくなられた日、あなたは車で、お父さんと一緒にお出掛けになりませんでしたか?」
「い、いや、あの日は女房にも言った通り、近くの店までタバコを買いに行った以外はどこへも行ってはいません」
「間違いありませんね?」
「は、はい……」
明らかにうろたえているのが素人目にも歴然で、聡子はすでに蒼白な顔で夫を見つめている。それでもお構い無しに刑事は言葉を放つ。
「実は、お父さんが発見された場所のそばに、真新しい状態での車のタイヤ痕が発見されましてね。幸いあの場所には滅多に車が入らないものでね。確かお宅にも車がありますよね。申し訳ありませんが、ちょっと調べさせてもらいますよ」
そう言うと刑事は、後ろで控えていた者たちに顎をしゃくって合図した。
一斉に駐車場へと一行が移動して行く。
「あっ、ま、待って下さい!」
靖男が一行を遮ろうと、慌てて裸足で玄関から出て来た。
「ご主人! あなたにはまだお尋ねすることがあります。署までご同行願いましょうか」
心ならずも抵抗を試みるが、田代刑事に腕を取られた靖男は、諦めたように大人しくなると、そのままパトカーに乗せられた。もちろん靴だけは履かせてもらったが……。
「あっ、あなた!」
聡子が慌ててパトカーに縋りついたが、パトカーはそのまま走り出したので、それを追い駆けるように駆け出した。しかし、しばらく走ってさすがに諦めたのか、トボトボと帰って来た。
俺は、事の一部始終を、玄関先の木の上でずうーっと見ていた。
やはり警察も馬鹿じゃない。あの男はもう帰っては来れないかもな。俺はそう思っていた。
鑑識係の数人は、車のあっちこっちで何やら調べていた。俺がいつも見ているテレビのサスペンス番組と同じ要領だった。なるほど……、やっぱりそうなんだ。俺は妙なことに感心したりした。
その後、聡子が落ち込んだ様子で、居間でぐったりソファに座り込んでいると電話が鳴った。
「もしもし――」
重い腰を上げ、足を引きずるようにして電話に出た。
「えっ! 退院できるんですか? はい、分かりました。すぐに迎えに行きます」
どうやら病院からの電話で、あのじいさんが退院できるので迎えに来てくれということのようだ。
聡子は急いで支度をすると、例の青い車に乗って出掛けた。
いつの間に帰ったのか、鑑識の人たちはもういなくなっていた。
俺はじいさんのことも気にはなったが、退院できるわけだし、娘の聡子が迎えに行くのだからまず心配はいらないと思い、例の強面の監視を頼んだチュータに会いに行ってみることにした。
丸金興業のビルにやって来ると、先日のベランダの手摺りに止まって下を探したが、チュータの姿はそこにはなかった。きっと部屋の中にでもいるんだろうと思って声を出して呼んだ。
「カァーカァー」
するとベランダの隅に置かれた植木鉢の、今にも枯れそうな葉っぱがガサゴソと揺れて、その間からチュータの顔がひょっこり覗いた。
「あぁ、やっぱりあなたでしたか、神様のお使いさん。何だか声が聞こえたからあなたじゃないかと思いましたよ」
そう言うと、やけに嬉しそうにチュチューと鳴いた。
「うん? 何か嬉しいことでもあったのかい?」
「ふふっ、実は、俺に名前が付いたことを仲間に自慢したんですよ! それも神様のお使いの方が付けてくれたって言ったら、みんなに羨ましがられましてね。ハハハ、あなたのお陰ですよ」
「なぁ〜んだ、そんなことか……」
「――で、みんなもあなたに会いたいってうるさいんですよ。是非とも会ってやって貰えませんか?」
「あぁ、まぁ、それはいいけど……」
俺は何だか面倒なことになりそうな予感がして、慌てて話題を変えた。
「そんなことより、この前頼んでおいたことだけど」
「あぁ、ここの奴らの悪企みのことですね?」
「うん! 何か情報はあるかい?」
「はい、実は……」
チュータは、自分が仕入れた情報を残らず話してくれた。
「ふぅ〜ん、なるほど……。奴ら、そんなことを企んでやがったか」
「本当にあいつら、とんでもない奴らですよ。きっと懲らしめてやって下さいよ!」
「あぁ、もちろんだ! 約束するよ」
「――で、仲間のみんなにはいつ会って貰えますか?」
「う、うん。この後はちょっと忙しくなりそうだから、落ち着いてからだな」
「じゃあ、楽しみに待ってますよ」
「あぁ、じゃあ、ありがとうよっ」
チュータの話を聞いたら、今度はじいさんの様子が気になったので、俺は秋山家へ向かって羽根を超高速で羽ばたかせ、ダッシュで戻った。
家の前に着くと、ちょうど青い車が駐車場に入り、中から聡子に支えられながらじいさんが、ヨロヨロと降りてくるところだった。
「あぁ良かった。無事だったか」