名探偵カラス Ⅱ
その後強面は、「せっかく会ったんだから持ってる金を出せ」と脅し、男は仕方なさそうに財布から紙幣を数枚渡し、こういう場合しっかりしていると言うべきなのかどうなのか……、強面に泣きつくようにして、破いた手帳の一ページに領収のサインをもらうと、それを無造作にズボンのポケットに突っ込んだ。
強面は、取り合えず金を手にしたからか、やけに機嫌良さそうに、
「じゃあ、残りの借金さっさと返せよ!」
と、捨て台詞を残して去って行った。
さすがに刑事も、二人の話が余りに長かったので怪しんだのか、一人だけ別行動を取り、強面の後をつけ始めた。
俺もさっきの強面の目が気になったので、男の尾行は刑事に任せて、強面と、それを追う刑事を上空から追った。
しばらくすると、その強面は一つのビルに入って行った。そのビルを見上げると、二階の窓に「丸金興業」と書かれていて、その下に「融資即決! 保証人不要」などと赤い字で書いてあった。
「なるほど金貸しか……」
そう思うと、その部屋のベランダの手摺りに止まって中を覗いて見た。
丁度ドアが開いて、さっきの強面が入ってきた。様子を見ていると、どうやら親分らしい男と何やらヒソヒソ話を始めた。
残念ながらドアが閉まっていて、はっきりとは聞こえなかったが、どう見ても二人の顔は、悪企みをしているそれに違いなかった。
「うーーん、ちょっと監視する必要があるかもな。どうするか……」
俺がどうしようか考えながら、じっと部屋の様子を窺っていたら、何かがベランダをチョロチョロしているのが目に付いた。
「うん? なんだぁ〜?」
よく見るとそれはネズミだった。どうやらその部屋に住み着いているらしい。
どこかに孔があるのか、部屋の中と外を行ったり来たりしているようだ。
「そうだ! こいつに頼んでみよう」
そう思いついた俺は、早速手摺りから降りて、そのネズミのそばへチョンチョンと跳ねて行った。
「チューーーー!〔ギャーー!〕チュチュウー!〔助けてぇー〕」
ネズミが突如目を剥いて叫んだ。
「あぁー! ゴメンゴメン! 脅かすつもりじゃなかったんだ。俺は君を喰ったりなんかしないから安心して!」
「チュゥ? チュチュウ? 〔本当だろうな? 何だか怪しいけどぉ?〕」
「怪しくなんてないさっ。信じてくれよ。こう見えても俺は神様のお使いなんだぞ!」
「チューーゥ〔ふぅーーーん〕」
「ちょっと頼みがあるんだけど、いいかなぁ?」
「チュー、神様のお使いじゃあ断れないよな。何だい?」
「実は、ここにいる奴らが何やら悪企みをしてるようなんだ。悪いけど、どんな話をするか聞いておいてくれないか? もしかしたら人助けにもなるんだ」
「ふぅーん、ぼくは人助けには興味はないけど、奴らが悪いことをしてるのは知ってるよ。あいつらに泣かされてる奴を見たことあるし、いつだったか女の人が酷い目に合わされてる所も見たよ」
「やっばりなぁ、奴らは絶対、叩けば埃の出る身体だと思うんだ。だからあいつらをやっつけるのを手伝ってくれよ」
「分かった。協力するよ! あいつら、ぼくがちょっと餌を探してウロウロするだけでも、酷く追い払うんだもんな。この際だから日頃の恨みを晴らしてやる!」
「よしっ! じゃあ今日から俺とお前は仲間だ。宜しくなっ!」
「うん!」
俺はそいつに『チュータ』という名前を付けてやった。
まぁ、一般的に家庭に住むネズミに名前を付けるような奇特な人間はいないからな。当然彼には名前がなかった。
「じゃあ、チュータ。悪いけど何か良からぬ相談をしていたら、ようーく話の内容を聞いておいてくれよ。また、近い内に来るからさっ」
「うん、分かったよ。任せときなっ!」
俺はチュータに後を任せて外へ出た。刑事の姿はもうなかった。きっとどこの誰かを知りたかったのだろうが、まさかあのじいさんと、これから関わることになるとは思ってはいないだろう。
俺は一旦、じいさんの家に行って様子を見ることにした。もしかしたら、あの男が家に帰ってるかもしれないと思ったからだ。
俺がじいさんの家に着くと、縁側では例によって、三毛子が陽だまりで丸くなって寝転がっていた。
「やぁ、三毛子ちゃん。ここの旦那さんは帰ってきたかい?」
「ムニャムニャ〜、まだ眠いニャー! ん? あぁ、誰かと思えば。どうしたの?」
「ゴメンよ、寝てるところを起こしちゃって。でも、ここの旦那が出掛けて、帰ったかどうか知りたいんだが、分かるかい?」
「う〜ん、そう言えば、さっき声がしてたような気がするわ」
「ほう〜。ということは、帰って来てるということだな」
ふと、部屋の中を覗くと、壁の一角にさっきまであの男が履いていたズボンが、ハンガーに掛けてぶら下がっているではないか。確かあのポケットに領収書を入れたようだったなぁ。何かの役に立たないだろうか? 俺は頭を捻って考えた。
「うーーーんと……」
考えたが良いアイディアを思いつかない。しかし、手に入れておいた方が良いような気がして、三毛子に頼んだ。
「なあ、三毛子ちゃん。あそこに旦那さんのズボンが掛かっているだろ」
俺は、顎で〔嘴で〕そちらを指して言った。
「ええ、あるわね。それがどうかした?」
「うん、あのズボンのポケットに重要な書類が入ってるはずなんだ。悪いけどそれを取ってくれないか?」
「いいけど、私に取れるかしら? 結構上の方にあるから、私がジャンプしても届くかどうか……。でも、取り合えずやってみるわね」
「ありがとう、頼むよ」
三毛子はズボンの下から、壁に向かってジャンプした。しかし、まだ子猫の三毛子には、その位置は少し高過ぎたようだ。壁に登るように、足を掛けて上がろうともしてくれたが、途中で落ちてしまった。
「うーん、やっぱりちょっと無理か……」
俺が部屋の中に入るのはちょっと気がひけたが、この際仕方ない。
羽を広げて部屋の中を一周し、何とかズボンを嘴に引っ掛けて下に落とした。
すると、三毛子がすかさずズボンのポケットをゴソゴソ漁って、一枚のしわくちゃになった紙切れを引っ張り出してくれた。それを口に咥えて俺の所まで来ると、俺の目の前にポトリと落とした。
「三毛子ちゃん、ありがとう。確かに預かって行くよ」
そう言うと俺は、その紙切れを嘴に挟んで、取り合えずネグラへ持って帰った。
そして次の日、朝早くから刑事が秋山家を訪れた。
男は、その日も休みで家にのんびりしていた。