名探偵カラス Ⅱ
捜査開始
翌日俺は、頼んだ鳩にその時の様子を聞いた後に、その家の子猫を訪ねた。
あのじいさんが、無事に救急車で運ばれて行き、取り合えずは安心できる状況にあることは分かっていたが、俺はコンビニの前で見かけた青い車が気になっていた。
あのじいさんが、あんな山に一人で行ける筈はないし、あの時俺が見たことは、何か重要な意味があるように思えてならなかったからだ。
「もしもし、ちょっと邪魔するよ」 と俺が言うと、
「ニャァ〜ニャン〔あなたは何者?〕」 と子猫が答えた。
「いやぁ〜、怪しい者じゃないんだ。ちょっとお前さんちのじいさんのことで話が聞きたいんだが……いいかな?」
「ニャーーー!〔十分怪しいわよ〕ニャンニャ〔その色からして〕」
「まあ、そう言うなよ。俺はカラスだからこの色はどうしようもないんだ」
「――それより君、名前は何て言うんだい? その三毛可愛いねっ」
「ニャン〔うふっ〕ニャンニャーン〔三毛子と言うの〕」
やはり猫でもおだてには弱いと見える。むふふ……。俺は内心ほくそえみながら、三毛子に尋ねた。
「あのさぁ、少し前のことだけど、君んちのじいさんがいなくなっただろ? 知ってるかぃ?」
「もちろんよ。おじいさんがいなくて、私とっても淋しかったんだもの。でも、どうやら見付かったみたいよ。聡子さんが旦那さんとそんな話してるの聞いたもの」
「うん。実はじいさんを見つけたのは俺なんだよ。偶然山で見つけた」
「えぇーっ! そうだったの? じゃあおじいさんの命の恩人ってことぉ?」
「いゃ〜それほどのものでもないけどなっ」 俺は照れた。
「――しかし、妙なんだよ。じいさんが、一人でそんな遠くまで行けるはずないんだ。それにあの日、じいさんがいなくなった日の午後、じいさんがお前さんちのご主人の運転する青い車に乗ってどこかへ行くのを見かけたんだ。そのことで何か知らないか?」
「あっ、それなら覚えてるわ。おじいさんが嫌がるのを、無理やり旦那さんが手を引っ張って車に乗せたのよ。私も一緒に行こうとしたら、旦那さんに追い払われて、私、超ムカついたんだから!」
「じゃあ、その後旦那さんが帰ってきた時に、じいさんは一緒だったかい?」
「あっ、そう言えば一人で帰ってきたわ。あの時……」
「やっぱりな。じゃあその後じいさんは帰って来たかい?」
「ううん、そう言えばそれっきり帰って来なかったわ」
「うーーん、ということは……、やはり旦那さんが怪しいなぁ……」
そう言って考え込む俺を、三毛子はじーっと心配そうに見ていた。
その後、三毛子に今後の捜査に協力してくれるように頼むと、俺は一旦ネグラに戻って、作戦を練った。
次の日から俺は、しばらく旦那さんの後をつけた。きっとどこかで何かボロを出すんじゃないかと思っていた。そして、警察も同じようにその男を尾行していた。
男を執拗に追う刑事、そして彼らを少し上空から監視する俺。
どれだけ時間が経ったのだろう?
今日は、どうやら男は仕事が休みのようだ。ラフな服装で、歩きもゆったりしている。まさか自分が、刑事に後をつけられているとは思ってもいないようだ。
突然、男が一台の自販機の前で立ち止まった。そしてポケットをごそごそ探っている。
「うーん、あれは何か飲み物でも買うつもりか?」
俺の感がピーンと閃いた。なぁーんて大袈裟かっ!? アッハハハ……。
実は最近、駅前のビルの一画にある電気屋の表に置いてあるテレビで、午後の三時頃からやっているサスペンスなるものを見るのが目下のマイブームで、その中のセリフに「主婦の感がピーン」っていうのがあって、ちょっとそれを真似してみたのさっ。
まっ誰が見たって自販機の前でごそごそしてれば、何かジュースでも買うのだろうと思うよなっ。尾行していた刑事たちもそう思ったんだろうなぁ。
電信柱の陰で一服とでも考えたのか、おもむろにタバコを取り出すと、口に咥えてカチャリと火を点けた。
その時、男の前方から、いかにもヤクザ者と分かる厳つい〔いかつい〕顔の男がやって来た。そして男の前で足を止めると、何やら話し掛けた。
男は、さっきまでのゆったりした様子は消し飛んで、何だか二周りくらい身体が小さくなったのか、と思えるほど萎縮した様子で強面〔こわもて〕と対峙していた。
刑事たちは『多分言いがかりでも付けられているのかもしれない』と思っていたのだろうが、まさか尾行中に出て行くわけにもいかず、苦虫を噛み潰したような顔で二人の様子を窺っていた。
刑事たちには、二人の話してる声までは聞こえてないのだろうから、無理もないが、俺には、二人の会話は微かだが聞こえていた。しかし、飛びながら耳を澄ましているのも結構しんどいので、大胆な行動に移ることにした。
なるべく二人に気付かれないように、ゆっくりと降下して、ストッと自販機の上に降り立った。
そもそも、その厳つい男は、男を名前で呼び付けたんだ。
「おい、秋山! ちょうどいい所で会ったなー。連絡しようと思ってたんだ。こういうのを『ここであったが百年目』って言うんだろうなっ。あははは」
「は、は、はい、な、何でしょうか?」
「ハアー!? 『何でしょうか?』 だとー?! ええ加減にせんかーい! 借金の期限を忘れたわけじゃぁあるめぇなあ。えぇ!」
そう言うと、握りしめた拳を男の顔の前で、見せつけるように振るった。
「アワワ……」
男は思わず仰け反って、危うく尻餅をつきそうになったが、辛うじて自販機に寄りかかって態勢を維持した。そして、そのままの姿勢で辛そうに言った。
「いや、そのう、決して忘れてなどいませんって! こう見えて借金を返すためにある計画を立てたんですが、失敗してしまいまして、困ってたとこなんですよー」
「うーん? 本当だろうなぁ? 嘘ついたら承知しねぇぞー!」
「滅相もない! 嘘なんて言いませんよ〜」
「本当だろうなぁー? で、その失敗した計画ってぇのはどんなんだ?」
「えっ、それはちょっと……」
「ほう、俺には話せねぇってのかっ?」
「あ、いやそういう訳ではなくて……うーん、仕方ない。絶対誰にも内緒ですよ」
そう言うと男は、周囲をキョロキョロ見回した。
刑事は慌てて電信柱に張り付いた。
「――実は計画と言うのは……」
そこからぐっと声を潜めると、強面の耳に口を寄せて言った。
「女房のオヤジが、もうヨボヨボな上にちょっとボケが入ってるんですよ。だからそのオヤジを車に乗せて、町外れの山に連れて行って置いてけぼりにして来たんですよ。あの山には滅多に人は入らないから、きっと野垂れ死ぬとばっかり思ってたんです。ところがあのオヤジ、なかなか運が良いらしくって、山寺の坊主に発見されて助かっちまったんですよ。本当に……。あのまま死んでくれてたら、生命保険や遺産がガッポリ入るって寸法だったのに……。そしたら借金だって、耳を揃えて返そうと思ってたんですよー」
「ほう、なるほど……」
そう言った強面の目が、怪しくキラーンと光ったのを、俺は見逃さなかった。
「本当になんて奴だ! とんでもないこと考えやがって。許せないな、こいつは……」