名探偵カラス Ⅱ
病院にて……
「すみません。こちらに、山で倒れていたお年寄りが収容されていると聞いて来たんですけど、会わせてもらえますか?」
「あっ、その方の件でしたら、今警察の方をお呼びしますので、少しお待ち下さい」
受付の女性にそう言われた女は、待ち合い室の椅子に掛けて待った。
程なくやって来た警官に連れられ、一つの病室の前に行くと、一人の男性が待っていて、警官はその人に敬礼をすると、女に「失礼します」とだけ言って、その場を離れた。
「私はこういう者です」
男はそう言って女に名刺を渡すと、早速質問を始めた。
「駅前の交番から、あなたがいらっしゃることは聞いていました。早速ですが、お名前を教えてもらえますか?」
「私は秋山聡子と申します。父が昨日から行方知れずになって探していたところなんです。見付かったお年寄りというのは、うちの父なんでしょうか?」
「いや、それが……、身元の分かる物を何も身に付けていませんでしたし、さっき、少し意識が回復された時に事情をお尋ねしたのですが、なにぶんにも痴呆症を患っていらっしゃるようで、何を聞いてもラチがあかないので困っていたところですよ。来て頂いて本当に助かります。今は薬のせいで眠っておられますが、取り合えず身元確認だけでもお願いします。さぁ、中へどうぞ」
部屋へ通された聡子は、病室のベッドに横たわる老人の顔を確認するや、
「お父さん! 良かった。無事だったのね」
そう言ったかと思うと、かなりな緊張の末にホッと安心したからなのか、ベッド脇の椅子にドタッと崩れるように掛けると、父親の顔を両手でそっと撫でた。
その様子を、後ろからじっと見ていた刑事が口を開いた。
「お父さんに間違いないようですね。良かった!」
刑事も嬉しそうに、優しく微笑んでそう言った。
「それにしても刑事さん。父はなぜ山なんかに?」
「さぁ……、そこなんですよ。どう考えても、このお年寄りが一人であそこまで歩いて行ったとは思えないんですよ」
「えぇ、父は歩幅も小さくて、僅かな距離を歩くのにもかなりの時間がかかる人なんです。何でも隣町との境にある山で見付かったとか……。父の足では、どう考えても行けるはずありません。一体どういうことなんでしょう?」
「さぁそこなんですが……、早速ですが、姿が見えなくなった時の状況を簡単に説明してもらえますか? もしかしたら、何かの事件に巻き込まれた可能性もありますから」
「分かりました。昨日のことです」
と、一旦言葉を切った後、聡子は話し始めた。
昨日私は、以前からの友達との約束があって、父のことは主人に頼んで出掛けたんです。いつもは私が父の介護をしているので、なかなか出掛けるってこともないんですけど……。私もたまには外へ出たいですし、主人に言ったら、
「俺が見ててやるから行ってこいよ」
と、言ってくれたもので、私は主人に父のことを頼んで出掛けたんです。
もちろん主人と父の夕飯の支度はしておいて、私は、友達と一緒に食事して帰って来たんです。すると、主人が玄関先に立ってオロオロした様子で、私の帰りを待っていました。
「あなた、どうしたの? こんなところで……」 と、尋ねたら、
「お義父さんがいなくなった」 って言うんです。
私はびっくりして、どうして? と理由を聞いたら、主人がすぐそばの店に、タバコを買いに行って帰ったらいなくなってたって言うんです。
父は今までにも時々、ふらふら〜っと外へ出てしまうことがありましたけど、何せ歩くのが遅いので、大抵は家の近くやそばの公園の中で発見できてたんです。だけど今回ばかりは、どこにも見当たらなくてかなり焦りました。
そして、夜を迎え朝になっても父は帰って来ませんでした。もう、心配で心配で。――そんな時、一羽の鳩がうちの庭にやってきて、父が大切にしていたループタイを足で掴んで持って来たんです。まるで、誰かに頼まれでもしたように……。私は、父に何かあったのだと咄嗟に感じました。虫の知らせとでも言うんでしょうか? 実際には鳩の知らせでしたけど……。それで、大慌てで交番に届けに行ったんです。
そしたらちょうどその時に、本署からの電話が入ったようで、今回の出来事を知ったんです。そして、お巡りさんにこちらへ行ってみるようにと言われまして……。
聡子がそこまで話し終えると、その刑事は頷きながら言った。
「なるほど……。そういうことでしたか。我々も、きっと何かの事件が絡んでいると思いまして、こうして私が調査している訳です。またお宅の方へも事情聴取に伺うかも知れませんが、構いませんか?」
「もちろんです! 父が一人でそんな所まで行ける筈はないのですから、きっと誰かが連れて行ったに違いありません。どうか犯人を捕まえて下さい。そのための協力なら何でもしますから……」
聡子はその後、父親の病状や退院の手続き等について、担当の医師や事務の人の話を聞いてから自宅に戻った。そして、主人に事のあらましを話して聞かせた。
「そうか。じゃあ刑事さんがここへ来るのか?」
「えぇ、そうらしいわ。あなた、何か困ったことでもあるの?」
聡子は夫の態度を不信に思ってそう聞いたが、主人は、
「いや、そういうわけでは……」 と、言葉を濁した。