リブレ
しかし、この子供は普通の子供ではない、メフィストの作り出した『キメラ(合成生物)』だ。メフィストが”何の”キメラを作ったのかを知るものはいない、それを知るのはメフィスト本人だけだろう。その子供の容姿は人間の少年の背中にコウモリのような翼が生えており、瞳の色は蒼く氷のようである。この瞳はある者たちの瞳によく似ている、そう妖魔貴族たちの瞳に……。そのことからこの子供は妖魔と何かのキメラではないかと噂されている。
メフィストは小さな子供と一緒に研究所の食堂で食事を摂っていた。食堂を使っているのはこの二人だけだである、いつもメフィストが食堂を使うときは、他の職員たちは席を立ち退き、この場に近づかない。好き好んでメフィストに近づく者はこの研究所には彼しかいない。
食堂にゼオスが姿を現した。
「やあメフィスト」
ゼオスは片手を軽く挙げると、そのままその手でメフィストたちの座る席の椅子を引きメフィストたちと同席した。
「2ヶ月ぶりかな、ねぇメフィスト」
ゼオスは肘をテーブルに付き身を乗り出し、メフィストを見つめたがメフィストの反応は至ってつまらないものだった。
「妖魔である私には2ヶ月など一瞬だ」
「僕は2ヶ月の間ずっと研究室にこもりっきりだったよ、もううんざりだね」
「ここの生活が合わないのなら出て行けばいい」
「連れないねぇ、君がいるから僕もいるんじゃないか」
ゼオスはそう言いながら横目でチラッと子供を見た。子供は少し怯えたような表情をしている。
「この子が噂のキメラかい?」
「コードネームSK-M00」
「ふ〜ん、だからゼロ君なのか。よろしくゼロ君」
ゼオスはゼロに手を差し伸べ握手をしようとしたが、ゼロは怯えて手を出そうとしない。
「嫌われたかな?」
「誰にでもこうだ」
「それは良かった僕が嫌われているわけじゃないんだね。ところでそれは何?」
ゼオスが指を指した先はゼロの肩の辺りである。ゼロの肩の辺りから剣の鞘のような物が見えている。ゼオスはこれのことを聞いたのだ。
「…………」
ゼロは何とも言えない物悲しげな表情で、ただゼオスのことを見つめるだけで口を開こうとはしない。
「この子しゃべれないのかい?」
「しゃべりたくないだけだろう」
「ふ〜ん、そうなんだ」
メフィストが突然席を立った。
「ゼロ、行くぞ」
メフィストがゼロにやさしく手を差し伸べるとゼロはその手に掴まり立ち上がった。
「もう行っちゃうのかい?」
ゼオスがこう聞くとメフィストは、
「研究がある」
と言ってこの場を後にしようとした。
「待ってよ、まだ食事の途中だろ」
そう言うゼオスが指を指している先には食べかけの料理が置いてあった。
メフィストはそんなゼオスの言葉など無視するかのように部屋を出て行った。その時ゼロは、ゼオスに小さくお辞儀をしてメフィストの白衣を掴むとゼロと一緒にこの部屋を後にして行った。
ひとり食堂に取り残されたゼオスは目を閉じながらゆっくりと背もたれに寄りかかり、深く息をついた。
「また、フラれちゃったな……今はゼロの方が可愛いのか……くはは」
ゼオスが突然笑い始めた、その瞳からは涙が止め処なく流れている。
「あははは、……人間とメフィストのキメラか」
ゼオスの瞳の色は血のように紅い。
「……確かにゼロは殺したいほど可愛いけどね」
次の日の深夜遅く、ゼオスの研究室にメフィストが突然姿を現した。
メフィストの表情はいつもとなんら変わらない。だが、瞳の色は血のように紅かった。
「やあ、君が僕の研究室を尋ねて来てくれるなんて初めてではないかい?」
ゼオスは笑顔を浮かべメフィストを見つめた。
「ゼロを何処にやった?」
メフィストの声が冷たく鋭い氷のように響き渡った。
「行き成り尋ねてきて、『ゼロは何処にやった?』だなんて聞かれても困るよ」
「惚けるな、外の騒ぎもキサマのせいだろう?」
「外の騒ぎ何のことだい?」
「大勢の職員が惨殺されゼロの姿が消えた、研究所のシステムは破壊され火災から爆発まで起こっている」
「そうなの!? それは大変だ、ずっとこの中にいたから気付かなかったよ」
ゼオスの口調からは大変さなど微塵も感じられなかった。
「惚けるのは止めろ、気付かなかった? この研究所に残っているのは私とキサマだけだ」
「みんな白状だな、僕を残して逃げるなんて……くくく」
ゼオスは突然腹を抱えて笑い出した。
「何がおかしい?」
「もうすぐ、この研究所は火の手に包まれ跡形もなく消えてなくなる、そして僕らも一緒に死ぬんだ。あはは……愛する人と心中できるなんて嬉しいじゃないか」
「ゼロはどうした?」
ゼオスの目つきがこの言葉によって一瞬にして変わる。
「まだ、昔の恋人のことが気になるのかい? 君には僕がいるじゃないか、君は僕だけのものだ!!」
メフィストはゼオスに近づき、ゼオスの首を鷲掴みにしてそのまま壁に叩きつけた。
「何度も言わせるな、ゼロをどうした?」
「くくく、可愛い可愛いゼロくんは僕の手によって内臓をえぐられてダストシュートの中にポイってね」
ゼオスの首を掴む手にはより一層力がこもりメフィストの指の間から紫色の血が滲み出す。
「キサマは自分のしたことがわかっているのか?」
「く、くくく、くははははは……終わりだ、全て終わりだ」
「終わるのはキサマだ」
「終わるのが僕だと……こんなにも君のことを愛しているのに?」
ゼオスはメフィストの手を振り払いメフィストに襲い掛かろうとした。そのとき、ゼオスの伸ばした右手が突如”消失”した。
「ぐはっ……」
ゼオスは消失した手が在った部分を押えながら床に転げ回った。
「くははは、まだ、生きていたのかSK-M00」
ゼオスの目線の先には長剣を持って彼を燃えるように紅い眼差しで見下ろすゼロの姿が……。
「……終わりだ」
「くくく、今始まった」
ゼオスはそう言うと白衣にポケットから注射器を取り出し自分の腹に突き刺した。すると、突然ゼオスの身体の中で”何か”が奇怪な音を立てながら蠢き始め、それが治まると背中から漆黒の翼が生え、切り取られた筈の右手が生え、瞳の色が血のような紅に変わった。
ゼオスはゆっくりと立ち上がり、それと同時にまばゆい光を放った。ゼロとメフィストはその瞬間、衝撃波のようなものに吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「さぁ、これが始まりだ」
壁に叩きつけられたメフィストであったが、その表情は何一つ変えなかったが何が起きたのか、どんな恐ろしいことが起きたのか彼には瞬時にわかった。
「ゼオス、誰のDNAを注射した?」
メフィストはゼオスにこう問うた。しかし、『誰のDNA』とはどういうことなのか?
「君の研究を参考にさせて貰ったよ」
突然ゼロがゼオスに斬りかかった。しかし、ゼロの腕は簡単に掴まれひねられ動きを封じられた。
「放せ!」
ゼオスは不適な笑みを浮かべ、掴んだゼロの腕をへし折った。鈍い音が鳴り響く。
メフィストの眉が少し上がった。
「どうだいメフィスト、”恋人”の腕を目の前で折られる心情は?」
メフィストの瞳が蒼から紅に変わり、この場の空気が、ぎんと、凝結した。
「そんな瞳で見つめるなメフィスト」
作品名:リブレ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)