リブレ
そう言ってゼロは、闇に向かって剣を突き刺した。
「……グフッ……やはりバレていたか……アンドロイド兵がやられた時に逃げておけばよかった……グフッ」
呆気ない幕切れであった。
ゼロはこの屋敷の偽者の主を倒し、囚われた人々のもとへと向かった。
村人たちは、屋敷の地下牢に閉じ込められていた。そこには、屋敷の近隣にある村から集められた大勢の人たちがいた。
そこの人々の話を聞き、まとめると、この人たちは妖魔による人間売買のために、ここに連れて来られたことがわかった。
妖魔による人間売買とは、労働力や吸血貴族の食事などに用いられる人間を確保することを目的としている。
先ほどの偽主はここを拠点として人間売買をしていた下級妖魔だったらしい。
その下級妖魔は自分をこの屋敷の主、イドゥン男爵に偽って人間達に恐怖を与え仕事を円滑に進めていたらしい。
たしかにイドゥン男爵の名を語ることは、効果絶大だったと言えよう。イドゥン男爵の名を聞いたものは、その名を聞いただけで恐怖すると言われている貴族である。イドゥン男爵に仕返しをしようなんて者は、まず、いないだろう。そこに下級妖魔は目をつけたのだ。
下級妖魔はチカラこそ、余りないものの、その分、頭の切れる奴が多いと言われている。このようなケースは、よくある事と言えよう。
ゼロはアンネの妹を探したが何処にもいない。アンネの妹は何処に行ってしまったのか?
アンネの妹のことを詳しく聞いてみると、なんと、アンネの妹だけは、他の者よりも早く売りに出され貴族に買われていったらしい。
アンネの妹を買っていった貴族の名は、ゼメキスという貴族の使いの者らしい。
ゼロはゼメキスと言う名を聞いた瞬間なんとも言えぬ表情を浮かべ、そして、空を見上げこう呟いた。
「ゼメキス・ヴィリジィア伯爵……おもしろい」
ゼロが村に戻ったのは翌日のこと夕方だった。
他の村の人たちを送り届け、最後にアンネの待つこの村へと戻って来たのだ。
それを見た門番の若者はそのことを村中駆け回りの人に伝えると、人々は村の入り口に集まって来た。しかし、ゼロは、そんな人々のことなど目もくれず、真っ先にアンネの元へと足を向かわせた。
アンネもゼロの帰還を聞き、家を飛び出しゼロの元へ向かった。そして、村の入り口に向かう途中でゼロと出合った。
「村の人たちが帰ってきたって、本当?」
「あぁ……」
「ねぇ、私の妹は?」
アンネはうれしそうにゼロに聞く。しかし、ゼロは、
「君の妹さんは……」
ゼロは言葉に詰まった。
それを察したアンネは、
「……そう…ミネアは死んでしまっていたのね…いろいろ、ありがとう」
「君の妹さんは死んだと決まった訳ではない、ただあの屋敷から、別の場所に移されたらしい」
「えっ……そうなの、よかった、まだ死んだわけじゃないのね」
この言葉にはうれしさが込められていた。
「ああ……これから俺は君の妹さんを探しに行く。まだ、君との約束は果たしていないからな」
ゼロがそう言うと、アンネの目には涙が溢れていた。
そして、アンネはゼロに抱きつき、こう言った。
「やっぱりあなた、良い人ね」
そう言い終えるとアンネはゼロの身体を離れ、涙を拭った。
「後の涙は、妹が帰って来た時のために、残しておくわ」
「そうだな」
そう言ってゼロは、アンネのもとを後にしようとした。
「待って、もう行っちゃうの?」
「ああ、場所は知っている、一刻も早いほうがいいだろう」
そう言ってゼロの姿は夕日に溶けていった。
村を出て3日、ゼロはアニムの村の近くにいた。
ゼロは、この村の近くにある屋敷にアンネの妹がいることを知っていたのだ。
ゼロの足が不意に止まった。ゼロの目の前には大量の霧が発生していて、一寸先も見ることができない。
その霧は何かに覆われているように、ある一定の範囲から外に広がらない。これは、どういうことなのであろうか?
「霧の結界か……以前も、これと同じ事があったな……」
以前にもあった? それはどういうことなのか?
「この結界は侵入者を拒むためのものではなく、内にいる者を閉じ込めるためのもの……」
ゼロはこの結界についてよく知っているらしい。
「以前は内側からでびくともしなかったが、外からの攻撃には弱いはず」
そう言ってゼロは剣を抜き、霧に向かって斬り掛かった。
すると、形をもたぬはずの霧が真っ二つに別れ、向こう側の景色を見ることが出来た。
ゼロは霧の裂け目から中に入った。ゼロが中に入ると霧はすぐに元通りに戻ってしまった。
「これでもう、後戻りはできんな……」
ゼロの言う通り、もう、外の世界に出ることはできない。この霧の元凶を断つまでは……。
ゼロはとりあえずこの村の村長に会いに行くことにした。ゼロは村長に会って何をしようというのか、そこにこの霧の手がかりがあるというのか?
村長の家の着くと村長自らがゼロを厚く持て成した。
「ゼロよ、久しぶりじゃな、また、お主に会う事ができるとは……依然と同じ状況で」
この村長も以前という言葉を使った。以前この村で何があったというのか?
「やはり、この霧は奴の仕業か?」
ゼロはこの元凶の正体を知っているのか?
「そうじゃ、おそらくゼメキスの仕業じゃろう」
「そうか、それだけ聞ければ、もう、ここには用はない」
そう言って部屋を出て行こうとしたゼロを村長が呼び止めた。
「待ってくれ、依頼を受けてくれんか?」
「断る」
「そうか、なら仕方あるまい」
「今回はやけにあっさりしてるな」
「今回はもう別のハンターに依頼をしてある。聞いて驚くな、依頼を受けたのはハーディックの息子のジェイクだ」
「何っ!!」
ゼロをこれほどまでに驚かせることはそう滅多にない。
「フッ……運命の悪戯か……いや、それにしては今回は偶然が多すぎる」
ゼロは村長に何も言わずこの場を後にした。
妖魔貴族ゼメキス・ヴィリジィア伯爵、歳は1000を優に越える大貴族だ。
そのチカラは絶大で、片手で竜巻を起こし、その息は鋼鉄をも溶かすと言われている。超一級の上級妖魔であり、その実力は妖魔の君と同等であるとも噂されている。
しかし、彼は数年前に人間との間に協定を結び、それ以降人間に害を及ぼすことはなかった。その協定を結んだ伝説のハンターこそがゼロ、そして、当時の相棒ハーディックであった。この二人のハンターの名を知らぬ者は、この世界にいないと言われるほどの超一流のハンターである。
ゼメキス伯爵の屋敷は森の奥にある。その屋敷は薔薇の花に覆われ、外部からの一切の進入を拒んでいることから通称『薔薇の城』と呼ばれている。
深き森を抜けゼロが屋敷の近くに来ると、なにやら二人の若者が薔薇の城の前で何かをもめていた。
「実は、さっきから変だなぁと思っていたんですけど……」
と、髪の毛の長いほうが言うと、それに対して金髪のほうが、
「もういい、それ以上言うな……」
「 あっ! 今、村に置いてくればよかったって思ったでしょう、もう、いいですよ、どーせ僕は、魔法が使えなきゃただの人ですから」
「…そんなこと、これっぽっちも思ってない」
「やっぱり、思ってるんだ、だって今、少し間がありましたもん」
作品名:リブレ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)