夢の途中6 (182-216)
普段は関西弁を遣わない香織であったが、妹と居ると何時も関西弁に戻ってしまう。
〈義姉さん、無事で良かったわ・・義兄さんもご無事で・・ホンマに良かった・・〉
武雄も泣き声まじりで言った。
「武雄さんも美羽さんも、なかなか電話も繋がらない状況だったから心配かけちゃったね・・もうアッチは滅茶苦茶でね、僕らは自分の事より患者さんの事を最優先しなくちゃならないから、なかなか根気よく電話もかけられなくて・・」
〈義兄さん、それは仕方ないわ、起きた事が事ですよって・・
ウチの会社も神戸の端の西神工業団地に工場があるんやけど、なかなか連絡がつかんと往生しましたわ・・さあ美羽、はよう家に行って義兄さんと義姉さんに休んで貰わんと・・〉
[・・うん、そやな・・・姉さん、荷物かし?しんどかったやろ?]
『うん、おおきに・・・奈美ちゃん、麻美ちゃん、今日はエライ静かやなァ?』
香織は二人の姪っ子に目線を合わせて言った。
それまで両親の後ろに隠れていた末娘の麻美が、「おばちゃん、今晩お泊りするの?」
『うん、麻美ちゃんと一緒のお布団で寝てもええか?』
「うん、ええよ♪おばちゃん、麻美のお布団で一緒に寝よ♪」
去年の春、幼稚園の年少組に入ったばかりの末娘麻美は香織の事が大好きだった。
「ああ、麻美、ずるいわぁ~!おばちゃん、奈美も一緒に寝るぅ~!」
麻美より3歳上の姉奈美は、なまじ妹よりその場の状況読めるだけに一歩出遅れた。
[いやぁ~、エライおばちゃん、人気やなぁ♪]母・美羽が二人の娘を茶化した。
美羽が香織のボストンバックを受け取った為、空いてしまったその左右の手に麻美、奈美の手が繋がれた。
美羽夫婦の社宅は近鉄西の京駅から歩いて10分足らずの処にあり、4DKで小さな庭付の二階屋だ。
僅か1か月前の正月、香織と孝則は一泊して帰ったところだった。
[さあ、上がって♪]
両手に幼子をぶら下げた香織と孝則は家に上がり、台所を通り、二間続きの6畳の居間に腰を下ろした。
[今、コーヒー淹れるよってに♪ 奈美ちゃん、麻美ちゃん、てつどうてェ~♪]
「はぁ~~い♪」二人の娘は母の言葉に誘導されて台所に飛んで行った。
〈義兄さんも義姉さんもお疲れですやろ? しかし、エライ事でしたなぁ・・・ウチの会社の人間も、親戚縁者で何人か被災して亡くなった方もおられるようです・・・屋根から潰れて生き埋めになって・・・気が付いた時にはまだ瓦礫の中から声がしてたそうですわ・・
けど、救助呼ぼうにも来てくれんで・・3日目に掘り出された時には仏さんになってたらしいですわ・・・〉
「・・・ああ、それは酷いものだったよ・・・あの朝、僕達のマンションも建物全体が傾いてね・・病院の院長ご夫妻も心配だったから、貴重品だけ身に付けて歩いて病院まで香織と行ったんだが・・その途中、今武雄君が言った通りの状況を幾つも目にして来たよ・・
アレを【地獄絵】と云うのかと思った・・でも、何も出来なかったなァ・・・助け出された人が居ても、手当するような用意も無くて、ただ脈を取るのが精々だった・・・下敷きになった男の子に心臓マッサージを施したけど・・・・30分やったけど、ダメだった・・・・つくづく自分の無力さを思い知ったさ・・」
〈義兄さん、それは仕方ない事やわ・・今回の地震は尋常のモンやおません・・それより今日まで殆ど休みなしで頑張らはったんですやろ?こんな時は誰でも自分の事で精いっぱいやのに・・丸々1ヶ月、患者の為に神戸に留まって頑張らはったんやから、胸はらはったら宜しいねん。〉
[はぁ~い、お茶入ったよォ~♪]
『うわぁ~、ええ香り♪』
[お姉ちゃんの好きなモカ、淹れたんよ♪]
『・・・・ああ~~、美味しい~♪ 』
「・・・あああ~~、本当だ、こんな美味いコーヒー、飲んだ事無いよ~♪」
孝則と香織はほぼ1ヶ月ぶりに心から寛ぐ事が出来た。
その夜の夕飯はすき焼きだった。
正方形のコタツ台の上にカセットコンロを置いて大人子供6人がひしめく合うようにワイワイと鍋を囲む。香織の両側には麻美、奈美が居る。
暖かな部屋の中の 暖かな人の輪の中で 暖かな食事をする・・・
当たり前のような そうでないような・・
しかし、二人にとって暫く思い浮かべる事すら無かった日常がそこには在った。
武雄と二人注しつ注されつビールを飲んだ孝則は、二間続きの奥の間で風呂にも入らず酔いつぶれ寝てしまった。
香織は二人の姪っ子と狭い社宅の風呂に入り、約束通り、二階の和室に布団を引いてその中で【川の字】になって寝た。
はしゃいでいた娘達はすぐに可愛い寝息をたてて眠ってしまった。
武雄も今夜は孝則と二人1階の奥の間に布団を並べ寝る事になり、後片付けを終え、風呂に入った美羽が三人の処にやって来た。
[・・もう寝たか?]
『うん、二人ともお布団に入って、ああでもないこうでもないと暫くほたえてたけどな、声が小さなったなぁ、と思ったら・・・可愛い顔して二人とも寝てたわ♪』
愛しげに麻美の髪を撫でながら香織が言った。
[チョット前にな、神戸の映像がテレビで映った時、麻美が、「お母ちゃん、神戸のおばちゃん何処行ったん?おばちゃん探しに行こう?おばちゃん探しに行こう?」てウチに聞き倒すねん・・
「おばちゃんはなぁ、今お仕事で忙しいよって、暫く来られへんねん・・あんな、神戸がものすごい事になって、怪我や病気の患者さんがいっぱい居るから、おばちゃんもおっちゃんも看病してから麻美のトコに来るて言うたはったえ。そやから賢う(かしこう)しておばちゃん待ってよな?」って言うたら、「麻美が賢うしてたらおばちゃん来る?」「ああ、麻美が賢うしてたらおばちゃん、きっと来るから待ってよな?」「・・・うん、分かった。麻美、賢うしておばちゃん待ってる・・」やて・・・]
『麻美ちゃん・・・・・・』香織はスヤスヤと眠る二人の姪っ子を両手に抱きしめ、新たな涙を流すのであった。
翌朝、朝食を摂った後で香織と孝則は住まいの近くに在る薬師寺の近くを散策した。
奈良時代よりさらに遡る白鳳時代に天武天皇により、後の持統天皇となる皇后の病気平癒の為建立された薬師寺は、建立当時より唯一現存し1300年以上経った木造建築である国宝・東塔と、昭和56年に再建され極彩色の色目も鮮やかで黄金色に眩く輝く西塔と二つの水煙が共に天を指していた。
まだ朝も早く、観光客の姿も皆無な境内を遠目で眺めた。
『此処はいつ来ても変わらないわね・・・』
「ああ、本当に・・・でもまあ、考えればほんの1か月前にも来ているんだから、変わる訳はないがね♪」
『でも・・・神戸は変わったわ・・・一瞬のうちに・・変わってしまった・・・・
昔の人は偉いわね、きっと陰陽師か何かで災害の少ない場所を占って都を決めたりするんじゃない?京都だって、今までそんなに大きな地震や災害って無いでしょ?』
「う~~ん、そう云えばそうだな・・・秀吉の時代に慶長の大地震が在った位かな?
東京は明治になってからだから、そんな占いなんかしなかっただろうしね・・・
香織、また標準語に戻ってるね?」
『え? アラ嫌だ♪ だって、美羽と話しているとついついつられちゃって♪ あの子、ガチガチの関西弁なんだもの♪』
作品名:夢の途中6 (182-216) 作家名:ef (エフ)