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ef (エフ)
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夢の途中5 (151-181)

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「うむ、そうらしいなあ・・・此処に運ばれて来た患者さんがそいない云うてたわ・・・もう地獄絵や云うてな・・・長田の方は火ィが出てるらしい・・」
[・・まさに・・・僕たちが此処に辿り着くまでの殆どの民家は倒壊していて・・・その瓦礫の中から助け出された人を何人も診ましたが、殆ど人が圧死でした・・・・
こんなに自分の無力さを感じた事はありません・・・・]
「・・何も君が無力なんと違う・・人間自体が無力なんや、自然の前ではな・・
ワシかて一緒や・・
それはそうと、アンタ等腹減ってへんか? 朝からなんか食べたんか?ようやく午後から自衛隊の救援部隊も近くまで入って来よってな、飲料水やらパンとか握り飯の炊き出し始めたらしいわ。ワシらは朝からず~っとこの有様や、そんなん貰いに行かれへんよって、近所の奥さんが替わりにお茶やら握り飯やらもろて来てくれたんがあるから、とりあえず二階のレントゲン室にでも上がって一服しいな。」
[先生、有難う御座います。さっきまでは気が張ってたのであまり空腹感は無かったんですが、先生や奥さんの顔をみたらホッとして、急にお腹が減って来ました。]


孝則と香織は木島の言葉に甘え、レントゲン室のある二階に行った。
診療所の中は、釣りが唯一の趣味である木島医院長が夜釣りで遣う携帯発電機のお陰で辛うじて診察室の明かりと必要最小限の医療機器だけは点いていたが、電力容量小さいため二階に灯りは無かった。
その為二階のレントゲン室へは二人はロウソクの灯りを頼りに上がって行った。
二階はレントゲン室の他には普段遣わない機材を置いておく物置きも兼ねている。
その中には古い事務机と折りたたみの椅子も在り、孝則と香織はそこに腰掛けて自衛隊からの救援物資である菓子パンとペットボトルのお茶を口にした。
今朝、非難した中央市場の作業者から振舞われたドラム缶鍋を一椀食べただけだ。
二人の住まいからこの木島医院まで地下鉄なら20分、登り勾配なので自転車なら30分少々掛ったが、徒歩とは言え、よもや九時間も掛るとは思わなかった。

[ああ・・・人心地ついたね・・・・]
『そうね・・道道の光景を思い出すと食欲も湧かないけど、食べないと身体、参っちゃうものね・・』
[そうだ、食べないと・・・香織、多分これから長い戦いになりそうだよ・・]
『そうね、これからが私達医療従事者が頑張らないといけない時だわ・・・』
ほの暗い灯りの中で二人は決意を新たにし、一階の【戦場】舞い戻った。



この震災で、長田区の大部分の町並みは消失した。
戦後間もなく闇市から発達した【長田商店街】も、跡形なく消えた・・・
消防車が火災現場に到着しても、火を消すための水が無かった。
燃え盛る家屋を前にし、消火ホースを手に呆然と立ち尽くす消防士達・・・・
炎の中に愛する家族を残し、膝をついて泣きじゃくる人達・・・・
まるでラッシュ時の満員電車の様にすし詰めの救急車・・・・
大都会・神戸で起きた未曾有の大地震は、【普通の朝が普通に来ること】を信じて疑わなかった人々に一体何を伝えたかったのか?

震災から五日後、まだ市民のライフラインである水・ガス・電気は殆どの地域で復旧していなかった。
長田区の火災は震災によりガス管が破裂し、そこへ一時的に復旧した電気がショートしておきた火花が漏れたガスに引火したためだとも言われていた。
その為ガス管も大本のバルブは閉められていて、電気の復旧も慎重に行われたのだ。

震災初日より、木島医院は日ごとに患者で溢れて行った。
外科的外傷による来院よりも、余震の恐怖と疲労により体調不良を訴える患者の来院が増えて来たのだ・・
院長の木島も孝則も不眠不休で患者に対応した。
しかし、院長の木島は65歳であり、流石に往年の体力は無かった・・
若いと云えど孝則も此処までハードな経験は研修医時代でもなかった。
木島の妻幸子や香織達も含め、とっくに体力の限界を超えていた。
木島は、何時終わるとも知れないこの状況に危機感を覚え、出身大学である尼崎市の
【武庫川医科大学】に交代要員の医師を派遣するよう要請した。

神戸市内から15km程離れた尼崎市も相当な被害を受けていたが、大学病院はまだ比較的震災の被害も少なかった。
しかし、被害を受けて使用不可能となった周辺の病院から搬送される大量の患者の対応に苦慮していた。


「・・・アカン、武庫大からとても交代の医者は出せんと云うて来よった・・緊急性のある患者は救急車で回してくれたら受け入れるとは言うてくれたけど・・・・」
木島は疲れ切った顔で孝則に告げた。
[・・・そうですか・・あちらはあちらで、大勢の患者さんが居られるのでしょうしね・・]
「ああ、定員の300%らしいわ・・もう待ち合いも廊下もマットの上で患者を寝かせてるそうな・・まるで戦地の野戦病院さながらやな・・・ワシの後輩で武庫大付属の医院長やってる園田が、今回のこの災害は戦後の日本史上最悪の惨状やからまだまだ長引くよって、個人病院のレベルではどないもならんとぬかしよる・・・・
此処を捨てて安全地帯に逃げ込めとな・・・
そんな事、でけるかい!爺さんの代からこの木島医院は地域医療の最前線で住民の健康を守っとるんじゃ!ワシに災害と云う敵から敵前逃亡せぇ云うんか!
・・・と、威勢のええタンカは切ったけど、現実問題としてワシも君も、幸子や香織さんかてここ五日の間、ロクに寝とらんよってにな・・・ワシらが倒れたら、あと誰が此処の住民を診てくれるんや・・・・・」
65歳とは言え、釣り好きの木島の顔は陽に焼けて逞しく、肌にも張りが在った。
しかし、不眠不休で五日間行った診療の結果、木島の顔は老人の陰りが顔の随所に現れ、頭髪にも白いものが増えたように見えた。
[・・先生、もう少し頑張りましょう! ピークはあと二三日だと思います。国道2号線や43号線も徐々に整備されて救援車両も入れるようになってますから、他府県の医療チームも来てくれるでしょう。 それまでもう一息、ね?先生!]
孝則も疲労困憊の態は隠せなかったが、ここで投げ出すわけにはいかないと、自分も鼓舞する意味も含めて、木島を慰めた。
「・・うむ・・そや、花田君、よう云うてくれた! ワシも歳やのォ~、つい弱気になって・・・そや、【明けん夜は無い】と云うしな・・・もう一頑張りするか!」
木島は孝則の言葉に笑顔で返した。









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章タイトル: 第23章  魔性の女 1994年


孝則は震災直後から埼玉の父・花田巌と携帯電話で連絡を取っていた。
心配した巌が美智子に電話を掛けさせたからだ。
如何に理不尽で頑固者の巌であっても、やはり息子の事は気になるようだ。
当時は今ほどの携帯電話普及率では無かったが、法人の営業マンや孝則の様な医療に携わる人間のように急を要する連絡が必要な人は割合と持っていた。
この携帯も木島医院の医師として何時も連絡が付くよう木島が孝則に与えたモノだった。
尤も、木島自身は『時々音信不通になりたいタイプ』だったので、幾ら妻の幸子に言われても所持しようとしなかったが・・・
作品名:夢の途中5 (151-181) 作家名:ef (エフ)