手のひらに幸せ
キャラクターの危機を知らせるアラームが、ひどく耳触りに響くなか、拓真は静かにつぶやいた。「引きこもりのおれと、毎日学校に通うおまえ、どっちが幸せなんだろうな」
アラームが鳴る。画面は赤く点滅する。
も うすぐ、こいつは死ぬ。こちらに背を向けたキャラクターからは、表情なんて見えなかった。
「今日は、言わないわけ?」拓真が私を見る。この日初めて、拓真は私を見た。口の端でだけ笑っている。
「何を言えってのよ」
「明日は学校に来なよって」
「言ったって、あんた、来ないじゃない」
声が震えた。喉が痛い。カラカラだ。目に、体中の水分が取られちゃったんだ、そうに違いない。
「学校なんて、そんなにいいところじゃないわよ」
しわがれた声だった。自分のものじゃないみたいに。声からも、水分が抜かれているんだ。どこか他人事みたいに、冷めた自分が分析してる。
「あんたみたいに引きこもっていた方が、幸せかもしれない」
自分がなくなってしまうように感じる。そう言えば、拓真は笑うだろうか。
楽しくもないのに笑って、胸の悪くなるような陰口に参加して、集団の中にいる自分に安心して、でもそんな自分が大嫌い。
私たちは幸せ。健康だから?おなかいっぱいに食べられるから?くだらないことで自分を世界中の誰よりも不幸だと信じてしまえるから?
だから、私たちは幸せ?
「違うって、言ってよ」
幸せって何?みたいな、そんな哲学的なだけで無意味なことを聞きたいんじゃないの。
私はただ、誰かに言ってほしいの。かわいそうだねと。君は、こんなにも苦しんでいるんだねと。
誰も言ってくれないことを知っているから。だって、私はかわいそうではないから。苦しんでなどいないから。
世界中のたくさんの不幸な人たちに比べて、私は呆れるくらいに幸せだから。
幸せって言葉に過敏になるくせに、誰よりも不幸だと思いたがっている。
ねぇ、違うって言ってよ。
こんなに浅ましい期待を、私のものじゃないと、否定してよ。
「世界中で一番不幸な人間ってさ、どれくらいいるんだろうな」
拓真は独り言のようにつぶやいたけど、今度はちゃんと私を見て言った。