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手のひらに幸せ

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 拓真は小学生のときは皆勤賞取って私に自慢してきたほどの、ある意味模範的な健康少年だった。
 今は学校にも行かずに自分の部屋に引きこもり、カーテンを引いて外からの光を一切遮断した空間で、一日中ゲームをしている。どんな表現を使ったって、「引きこもり」や 「不登校」という単語を使わずには、拓真の今を説明できない。
 拓真、あんたは何を「患って」、何と「闘う生活」してるの?
 「おれさ、ああいうの見ると、おれってすげー幸せ者なんだなって思う。だってさ、世界には病気になって、お菓子もまともに食えない子どもがたくさんいるわけじゃん?お菓子どころか、点滴からしか栄養とれないとか。そういうの、見てると切ねーんだよな。おれは好きなものちゃんと自分で食える生活してるのにさ。まぁ、好きなものだけ食ってるわけじゃないけど。嫌いなものもあるし」
 「未だにピーマン食べられないもんね、あんた」
 茶化した。拓真にこれ以上言わせたら、私の罪になるような気がした。
 ねぇ、もうしゃべんなくていいよ。振った私が悪かったからさ。いつもみたいに、あんたの顔だけ見て、テキトーなこと話して、大人しく帰ればよかったね。
 もう話さなくていいから、だから、そんな顔しないでよ。
 「で、感動して、自分の身の振り方改めようかな、とかしおらしく思っちゃうわけ。番組の最後のナレーションとかでさ、『今を大事に生きてください。あなたの、何でもない明日は、誰かが願ってやまない明日でもあるのです』とか言われちゃうともう、その番組に映ってた病気の子が世界一不幸で、おれはめちゃめちゃ恵まれてるのにそれに気付けない大バカ野郎だとしか思えなくなるんだよね。まぁ、実際、その通りなんだけどさ」
 拓真は話しながらもゲームを進めていく。危うい素振りは、一切見せない。
 「で、その番組が終わって、次の番組が始まるまでCM流れるじゃん?なんとなく惰性で見てたんだけどさ、募金のCMが流れたんだ」
 デデーン、とまた安っぽい音がして、ゲームはボスのいるステージに入る。画面の中は、雰囲気を出すためか、さっきよりも暗い。この部屋も暗い。
 太陽って、あるのかな。ないかもしれない。だって、こんなに暗いんだもん。拓真の部屋だけ暗いなんて、そんなことあるわけない。きっと、今は世界中暗いんだ。地球の裏側も、夜がないという北極点も、今は暗いに違いない。
 そんなことを思った。あながち間違ってないかも、と。
 「黒人の子どもが映ったんだ。骨と皮だけって、嘘じゃないんだな。あんな細い子どもの体のなかに、おれと同じような臓器とか、食ったものとか、血とか、あるなんてとても思えないほど、細かったんだ。目だけが、カメラを向いた目だけが、大きいんだ。すごく澄んでて、真っ黒な瞳の中に、光源がぽっかり、一つだけ映ってるんだ」
 テレビ画面の中のボスキャラは、何かしゃべっていた。
 すごく聞き取りにくくて、最後、とか、血、とか、死、という単語がかろうじて耳に残った。
 「おれ、それ見て、醒めたんだ。病気になっても、おまえは守ってくれる家族もいるし、最新の医療を受けられる環境があるじゃん、って。世界には同じような病気にかかっても、闘う時間すらなく呆気なく死んじゃうやつらもいるんだ、むしろそういうやつの方が圧倒的に多いんだって」
 最低だよな、と拓真の声が小さく漏れた。「何様だよって感じだよな」
 キーンコーン、と遠くでチャイムが鳴った。この辺りの学校のものだろうか。
 その校舎の中には、私や拓真とあまり変わらない年の子どもがたくさん通っていて、この時間には「今日の夕食なにかな」と考えているんだろうな。「明日も学校か、憂鬱だな」と思っている子も、たぶん、いるんだろう。
 たくさんの子どもがいて、その子たちを守るたくさんの親がいて、世界中には50億人の人間がいる。どれくらいの数なんだろう。とても想像出来ない。
 それだけいるくせに、拓真の言葉を拾ったのは私だけだ。
 そんなことに、無性に泣きたくなった。この部屋を出れば人間なんていくらでもいるのに、世界中に私たちしかいないような気がしてしまうのは、どうしてなんだろう。
 「病気にかかって苦しみながら生きてる子どもと、自分がどんな病気にかかってるのか知らないで死んでく子どもと、何もかも与えられてるのに、さも何も持ってないかのように沈んだ顔で生きてる人間とさ、誰が一番不幸なんだろうな」
 拓真の指は、もう動いていなかった。
 拓真として動いていたキャラクターは、大きくて醜いだけのボスキャラに、無抵抗にいたぶられている。
 「理沙はさ、世界一幸せな人間?」

作品名:手のひらに幸せ 作家名:やしろ