手のひらに幸せ
「おれは、5人じゃ収まらないと思うんだよね」
5本の指を広げ、自分の手のひらを眺めながら、拓真は続ける。
「でも、幸せって、掴めるよな」
ふいに腕が掴まれた。
「ほら」拓真は笑った。「片手で、充分掴める」
「なにそれ」
自分の顔が歪んでいくのがわかった。
泣きたいのか、笑いたいのか、よくわからない。ただ胸が引き絞られるように苦しくて、その痛みに顔が歪む。
「理沙さ、毎日来てくれるじゃん。学校来なよ不登校、って。おれ、学校行かなくなったけど、それは誰とも関わりあいになりたくないからじゃないんだ。わかんないだけ。どうやって人と接したらいいのか、わかんなくて、怖いから」
拓真は、掴んだ手に力を込めるわけでもなく、離すこともなく、触れていた。添えていた、という方が近いのかもしれないけど、それでもたしかに、触れていた。
「でも、こうやって自分のこと気にかけて、覚えてくれてる人がいるって、嬉しいんだ。幸せって、こういうもんなのかなって、思う」
「みみっちいね」
「そうかも」
「スケールが小さすぎる」
「うん」
「拓真」
「ん?」
「こわいね」
拓真は何も言わなかった。
もしかしたら、私の「こわい」と拓真の「怖い」は違うものなのかもしれない。
でも、私たちは世界一の幸せ者ではなくて、世界一の不幸者でもなくて、何かにおびえながら生きていて、傍にいてくれる誰かを必要としてる。
世界一なんて、別に最初からほしがってなんかないよ。この星には50億もの人間がいて、今この瞬間にも誰かが笑っていて、その声をかき消すくらいの数の泣き声もまた、響いている。
でも、そういうことじゃないの。
数とか関係なくて、自分が他人と比べてどれだけ恵まれているかもどうでもいい。肝心なことは他にある。
「私たちって、バカみたいだね」
「いい年して、暗闇に怖がっちゃってるところとか?」
「そうそう」
体が小刻みに震える。
泣いてるのかな。目頭が熱い。
笑っているのかな。湧きあがるような、愉快な気もする。
こわがっているのかもしれない。拓真に手を離してほしくなかった。
世界は私が想像するよりずっと広くて、テレビが映すよりずっとひどい現実ばかりが転がっている。
見ないふりなんて出来ない。私たちは直視する。だから、こんなにも怖がってしまう。
一緒に震えてくれる相手がいることは、惨めなことなのかもしれない。傷の庇いあいなのかもしれない。
世界一の幸せ者じゃなくていい。
私には、この手の平で掴める幸せがあれば、それで。