ノブ ・・第1部
そのうちに、話題は他はどこを受けたか?になって、ボクは静かになったがみんなは盛り上がっていった。
「で?オガワ君は?他はどこ受けたん?」
「ん?オレ?いいよ、オレは・・別に」
ボクの断り方が気になったのか、川村が言った。
「おい、オガワ。おれ達さ、今後6年間も机並べてツラつき合わせていくんだぜ?特にお前とオレは出席番号も近いし実習になったら同じ班になるかもしれないし」
「オレのコトは放っといて、ってのはないんじゃないの?」
「いや、そんな意味じゃないんだけどね」
「オガワ君、言いたくなかったらいいんよ?無理に言わんでも」
やだな、心配かけちゃったかな?
でも詮索されるよりは話した方がいいのかも・・ね。
「大したコトじゃないよ、受けた医学部はココだけなんだ」
「え?じゃ、一本やったん?!」
「本当の志望校はね、S医大だったんだ」
「S医大か、難しいな。受けなかったんか?」
ボクは腹をくくった。
「共通一次受けてココの試験も終わって、S医大の二次試験の前にね・・」
そして、話した。
「付き合ってた彼女が死んだんだ、交通事故でね。通夜も葬式も終わってから知らされて」
「驚いて彼女の家に飛んで行ったから、二次試験は受けられなかった」
「J大は、その前の週に合格してたから・・」
「それで今に至る、というワケ」
「・・・・・」
みんな無言だった。
「ちょっとゴメンな」川村が立ち上がって台所の換気扇の下に行って、煙草に火を点けた。
「煙が目にしみるぜ」上を向いて一服しながら、川村は泣いてた。
「そうだったの、オガワ君」
「じゃ、国立の二次どころじゃないよね」
「うん、暫くは何にも手に着かなくてね」
「信じられん・・うちやったら、いかん想像出来ん・・」
ヨシカワさんが、泣きそうな小さな声で言った。
「まだ、ついこの間・・だよね、それって」
川村が戻って来て、言った。
「オガワ、ゴメンな!」
「え?」
「おれ、お前のコト、暗〜い、勉強にしか興味の無い詰まんないヤツって思ってた。今日会うのも実は気が進まなかったんだ」
「でもさ、一緒に飲んで話して、あ、そんなヤツじゃなかったんだなって分かったけど・・そんなコトがあったなんて、ゴメン、無理やり話させちまって」
「いいよ、隠す理由も無いし終わったことだから」
ボクは自然に笑顔で言えた。
いいヤツらなんだな、みんな。
「ね、どんな人だったの?彼女」
「ユミ、止めるっちゃ!オガワ君、可哀そうやけ・・」
「うん、そうだよ!オガワ、コイツの言うコトはシカトして・・・お前、気ぃ遣えよ、少しはさ!」
え〜、だって・・・ユミさんが言った。
「オガワっちが好きだった人ってさ、どんな人なのか気になるじゃん!」
あ、ユミさん、ヨシカワさんのために言ってるんだな。
ボクは言った。
「みんな驚くかも知れないけど、5つ年上のOLさんだった」
「え〜、5つ〜?!」
「うん、5歳上だったよ、山で知りあって・・」そこまでにしておいた。
言えないコトも、あるから。
「・・まだ、好きなん?」
「え?」
いや、よか・・・ヨシカワさんは下を向いた。
ボクは、ヨシカワさんの一言を聞いていない振りをした。
それきりヨシカワさんは静かになった。
「ちょっと一服」
ボクは換気扇の下に行って、煙草に火を点けた。
「ふ〜」流れる煙を見ながらボクは不思議だった。
恵子のコトを、聞かれたからとは言えペラペラと話した自分が。
ひょっとして、自分で抱えきれなくなった思いを吐き出してるんだろうか、ボクは。
話すコトで少しづつ・・。
「オレも」川村も一服に来た。
「セブンスターか、うまいよな、それも」
「川村は?何吸ってるの?」
「俺はショッポ。高1の時から、コイツ一本だな」
「一本、くれる?」
いいよ・・川村から貰ったショートホープは、美味しかったけど辛かった。
「うまいけどキツいね、これ」
ボクが渋い顔をしたら、ははは、男の煙草って感じだろ?と川村。
いいヤツだな、本当に。
「オガワよ、きっとお前のコト、誤解してるヤツは沢山いると思うけどさ、機会があったらおれ、言ってもいいか?」
「何て?」
「あいつは暗いんじゃないんだ、心に傷を負ってるだけなんだって」
「あはは、止めてくれよ、そっちの方が暗いってのより重いよ」
「そうか?じゃ、何て言ったらいい?」
「いいよ、自然に放っといてくれたら」
何か川村の言い方がおかしくて、ボクは久しぶりに大笑いした。
「心に傷・・か」あはは!
「そんなに笑うなよ、オレだって傷つくじゃんか!」
「心にか?!」
川村とボクは一緒に笑った。
「ね、何盛り上がってんの?そっちで・・」
ユミさんが声をかけてきた。
「あ、今行く」
「オガワ、飲もうぜ!せっかくの誕生日だからよ」
「うん、飲もう」
あ、開けようよ、アレ!とユミさんが言って、冷蔵庫から一本のビンを出してきた。
「シャンパン、飲んでみたくない?」
「これは恭子の差し入れよ!」
「シャンパンって、食事の前の酒じゃんよ?!」
「いいのよ、いちいちうるさいコト言わないの!冷やしてたんだから」
「これ、モエよ!モエ・エ・シャンドン・・知らないでしょ、アンタら!」
「うん、知らない。有名なの?」ヨシカワさんに聞いてみた。
「有名らしいっちゃ。うちもよう分からんから、酒屋さんで聞いて買うてきたんよ」
「アンタ、開けてよ!」
「おし!」川村がポン!と威勢よくコルクの栓を開けた。栓が飛んで天井に当たった。
ユミさんが背の高いシャンパングラスを持って来て、各々に注いだ。
小さい綺麗な泡がシュワ〜・・と黄金色の液体の中を列を作って登ってた。
「じゃ、オガワ君の悲しい体験に、カンパ〜イ!」
なんじゃ、それは。ま、いいか・・・。
美味しかった、モエ。
ボクは気持ちが軽くなってる事に自分で驚きながら、代わりに口数が少なくなったヨシカワさんの事が気になりだしていた。
「ヨシカワさん、どうしたの?」
「ううん、何でもないっちゃ・・」
いつものヨシカワさんらしくないな、とは思ったが、薄々はボクも気づいてたからそれ以上は聞かなかった。
恭子
ヨシカワさんは静かに飲んでいた。
時々、みんなの話しに相槌を打ったり微笑むことはあったが傍目にもいつものヨシカワさんじゃないコトは明白だった。
「恭子、どうしたの?」
「オガワっちの話し、引きずってるの?」
ユミさんが明るく聞いても「ううん、別に・・・大丈夫」としか答えなかった。
暫くして、ヨシカワさんがトイレに立った。
ボクはトイレを出たヨシカワさんを捕まえて聞いた。
「大丈夫?」
「ゴメンよ、オレが変なコト、話したばっかりに」
ヨシカワさんは、ボクを見つめて、言った。
「オガワ君、うち、二人になりたいっちゃ」
「・・うん、いいよ」
「何か足りないもの、無い?オレ買出し行ってくるけど」
川村が気を利かせたのか「ショッポ、買ってきて!あと氷も」と言った。
「分かった、行って来る。ヨシカワさん、一緒に行ってくれる?」
「うん」