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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ  ・・第1部

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「じゃ、ちょっと行って来るね」と二人で部屋を出た。

外はもうトップリと暮れて、おまけに雨が降り出してた。

ヨシカワさんと二人で一つの傘に入り、ボクらは歩いた。

「ごめんなさい、うち・・我が儘やね」
「オガワ君の気持ち、分かってたはずやのに、来てくれるだけで十分とか言いよったのに」

「いいよ、そんなこと。オレこそゴメン、話すべきじゃなかったのかな」
「違うっちゃ。そやないんよ・・」

「うちな、もしかしてオガワ君には好きな人がおるんやなかろか、とは思ってたんよ」
「でも、まさか亡くなってたなんて・・オガワ君がどれだけ辛い思いしとったんか考えたら、自分がすごく勝手な人間に思えてきてしもて」

人の気持ちも考えんで、一人で盛り上がってた自分が許せないんだ、とヨシカワさんは言った。

「うち、アホやったばい・・」
ヨシカワさんは泣いていた、小さく。

二人の横をスレスレに、車が水しぶきを上げながら走って行った。
「危ない・・濡れるよ」

ボクはヨシカワさんの肩を抱き寄せた。

ヨシカワさんはボクの肩に頭を傾けて、言った。

「オガワ君、その彼女のコト、今でも好きなんやろ?」
「好き、なのかな。でも好きだとしても片思いなんだよね、永遠の・・」

それが辛いっちゃ・・とヨシカワさんは言った。

「生きてるんやったら、まだ良かけど・・死んでしもた人には、勝てんもん」

「うちな、こう見えても北九州におった頃は、そこそこモテたんよ。高校時代も浪人の頃も・・」
「でも、大学に入って好きになった人はな、他の人に心を奪われたまま、ずっと一人で頑張ってる人やった」

ね、お互い、片思いは辛いっちゃんね・・・とボクを見上げたヨシカワさんの目は、まだ潤んでいた。

ボクは急にこの人が、ここまで自分のコトを想ってくれてる人が愛おしくなって、気付いたら抱きしめていた。
そして聞いた。

「ヨシカワさん・・・」
「オレ、また人を好きになってもいいのかな」

ヨシカワさんは、ギュっとボクを抱きしめて言った。
「うち、オガワ君を絶対にもう、一人にはさせん」
「その人に勝てるかどうか分からんし自信もないけど、オガワ君に寂しい思いはさせとうはないっちゃ!」

ヨシカワさんはキスしてきた。両手をボクの首にきつくまわして。
そのキスは、少しだけ涙の味がした。

二人の上の傘を叩く雨の音とお互いの心臓の鼓動だけが、ボクらには聞こえていた。

ヨシカワさんのキスは、ぎこちなかったけど温かかった。
ぬくもりがジンワリとボクの心に拡がっていった。

唇を離して、ボクは言った。

「ボクがまだ、彼女を好きでも・・いいの?」
「うち、それごとひっくるめてオガワ君を好いとる」
「でもな、約束して!お願いやから、うちとその人を比べんで?ね?!」

「うち、いい女やないし我儘やしうるさいし。それでも良かったら、好いて欲しい」
「それに、勉強、好きだしね」
「いじわる・・好かん!」

ゴメン・・ボクは、ヨシカワさんを抱きしめて、久しぶりの女の人の髪の匂いにほぐれていく自分の心を感じていた。

「何か、こんな気持ち忘れてた」

「これから、嫌でも思い出させてあげるっちゃ」
「うち、こう見えても尽くす方なんやけね!」

ヨシカワさんがボクを見た目には、もう涙は無かった。

「そのうち、うちがおらんくなったら、泣いて探し回りよるようにしちゃるけね?!」
「はい、お手柔らかに」

今度は、情熱的なキスをした。
止まっていた心の時計がまた動きだして、ボクはもう躊躇わなかった。

雨はいつの間にか止んでいた。


ショートホープと氷、少しのつまみを買って二人でマンションに帰った。

道々、ずっと手を繋いで。

「ただ今〜!」元気な声でヨシカワさんが部屋に入ると、「シ〜〜!」っとユミさんが人差し指を唇にあてた。

見ればユミさんの膝枕で、川村が撃沈していた。

「ありゃま、お邪魔やね」
「違うのよ」

ユミさんは小さな声で「コイツ、さっきまで泣いててさ、オガワっちのこと可哀そうだかわいそうだ・・って」
「私がヨシヨシしてたら、こんなになっちゃったのよ」と言った。

ボクは、酔って泣き疲れて眠ってしまった川村を見て嬉しくなった。

「いいヤツだね」
「うん、単純だけどね」ユミさんは川村の頭をポンとしながら、満更でもなさそうな笑顔だった。

「で?そっちの方は?どうだったの、相合傘のお散歩はさ?!」

「もう、雨なんかとっくに上がって相合傘なんか出来なかったっちゃ!ね、オガワ君?!」ヨシカワさんも、微笑みながら言った。

それから暫く三人で飲んだが、ヨシカワさんが言った。

「うち、帰るばい。これ以上、お邪魔しとうないけね。オガワ君、送ってくれん?」
「あ、いいよ、そろそろお暇しようか」

ユミさんは笑って、それはそれは・・・気を利かせてくれて有難う!と言った。

「じゃ、またね、ユミ」
「うん、今夜は楽しかったわ、ありがとう。オガワっちも恭子と仲良く・・ね!」

「うん、じゃお休み」

また、二人でマンションを出た。

「いい感じっちゃね、あの二人」
「うん、お似合いだよ」

うん、うちもそう思う。・・うちらは、どう見えるんやろね?とヨシカワさんは可愛らしい笑顔でボクを見上げた。

交差点の信号が、青になった。

橋を渡って駅を通り過ぎた。
「うちもこっちやけ」二人で明大前の坂を下った。

途中、キッチン・ジローの前で二人で笑った。
「あれ、スタハン?美味しかったっちゃ!また来ん?」
「うん、また来よう」

三省堂の交差点を渡って、すずらん通りを少し入ったとこでヨシカワさんが言った。

「うちのマンション、ここやけ」
「へ〜、近いんだね、オレんとこと」

「そうなん?オガワ君ちって、どこら辺?」
その、ちょっと先を左に曲がったとこだよ、とボクは言った。

「行ってみたい」とヨシカワさんが言った。

「迷惑やなかったら、やけど・・」
「いいよ、でも」
「・・でも、なん?」
オンボロだから、驚かないでね?!とボクは釘を刺した。
だって、さっきまでいたユミさんのマンションなんて別世界だから、と。

「よか、うち、こう見えても多少のコトじゃ驚かんけね」
はい、では信用しましょ、アナタを。

少し歩いて、ボクんちのアパートに着いた。

「ここ」
「なかなか、クラシックっちゃ〜!好き、こんな感じ」
「ほんとに?家賃が安いのだけが取り柄だよ、ここの」
「いいっちゃ、学生は贅沢したらいかんばい!」


アパートの重い玄関の扉は、開けっぱなしだった。
この蒸し暑さに、店子の誰かが開けておいたのだろう。

「ここの二階なんだ」
「う〜ん、大正ロマンの香りやね」
あはは、そんないいもんじゃないよ、とボク。

階段を上がって、部屋を開けた。
途端に、蒸し暑い空気がモワ〜ンと流れてきたから、ボクは電気を点けてすぐにギシギシと窓を開けた。

殺風景な部屋に蛍光灯の光はいかにも冷たい感じなのだが、この暑さではまるで壊れた冷蔵庫の中みたいだった。

「・・ほんと、何もないんやね」
「でしょ?」

「でも・・・シンプルで、うち、好きやわ、この雰囲気」