ノブ ・・第1部
「土曜日に恭子から聞いてたから、言っといた方が怪しまれないかな?って思ってさ」
「そうか・・でもさ、何でそれを恭子の実家が知ってるんだろうね」
「そうなの、それが不思議なんだけど、あんまり楽しい雰囲気の電話じゃないみたいだから」
と、ユミさんが言っていたところに、電話を切った恭子が来た。
「まいったっちゃ」
「どうだった?何でここが分かったの?」
心配そうに、ユミさんが聞いた。
「昨日、届いたらしいっちゃ、一学期の成績表が」
「うちも自信は無かったけ、覚悟はしとったっちゃけど」
お父さんが電話で叱ろうと恭子のマンションにかけても留守だったため、一晩中、名簿を頼りに同級生の家に電話をかけたらしい・・娘の所在を。
そして遅い時間になってしまったから、今朝、再び電話をかけようとして、以前に仲良しになったと聞いたユミさんの存在を思い出して、マンションにかけた。
しかし・・ここも留守だったので、思い切って今度はユミさんの実家に電話をかけた・・との事だった。
「そこで初めて知ったっちゃ、ユミと京都に旅行に行っとるってな」
「で、ここを突きとめたっちゅう訳やね」
「ゴメンね、恭子、私・・」
「いいっちゃ、ユミが悪い訳やないっちゃけ」
「悪かったのは、うちの方っちゃ」
試験が終わってから、家の方に何も言わずに出てきてしもたっちゃけね・・と恭子は無理やり、笑顔で言った。
「でも、怒られたんでしょ?」
「うん、怒鳴られてしもた・・電話で」
届いた成績が良うなかったのと、無断で旅行に出たけね、心配させ過ぎたっちゃ・・と恭子はうなだれた。
「アンタ・・」
「うん」
「ゴメンけど、うち、帰らんといかん」
「そっか・・・そうだよな、心配かけちゃったもんな」
昨夜のは、虫の知らせだったのか。
「で、いつ?」
今日中に帰って来いっち、言われたと恭子はボクを見つめた。
「うん、しょうがないよ、それは」
「寂しいけど、仕方ない」
「オレも一旦、帰るよ、東京に」
努めて明るく言った積もりだったが、恭子の目からは、見る見るうちに涙があふれた。
「なんだよ、泣くな」
「何もこれっきりってワケじゃないんだからさ」
「いいよ、おばちゃんにきちんと訳話して、荷物まとめよう」
「うん、ゴメン」
キョウちゃん・・とおばちゃんが台所から出て来て言った。
「あかんな、年頃の娘が親御さんに心配かけたら」
「ええて、お父さん心配してはるんやから、早う帰っておあげ、な?」
「おばちゃん、ゴメン」
「あはは、気にせんでええて。キョウちゃんらのお陰で、私もこの一週間、楽しい思いさしてもろたさかい」
「また、いつでも出て来たらよろし」
「ほら、私は、キョウちゃんの京都のおかんやから」
「会いとうなったら、いつでも遊びにお出で?!」
おばちゃんは、明るく恭子の肩をポンポンと叩いて言ってくれた。
そんなおばちゃんの目も、光っていた。
「おばちゃん」
「有難う、うち・・」恭子は泣きながらおばちゃんに抱き付いた。
「なんやの、この子は・・ええ歳して」
「さ、こっちのコトは心配せんでええから、ノブちゃんと荷造りして、早う帰ってあげや?!」
うん・・・分かったっちゃ・・と恭子とボクは二階の部屋に戻って、荷造りをした。
「長い様な、短いような」
「うん、でも、密度の濃い旅だったな」
「そうやね、嬉しかったっちゃ、アンタと一緒におれて」
オレも同じだよ・・とボクは恭子を抱きしめて言った。
「行き当たりばったりの旅だったけど、無駄な時間は一つも無かったね、今回」
「うん、うち・・こんなに心開いたコト無かったっちゃ、家族以外に」
「アンタには、全部見せてしもたね、吉川恭子っちゅう人間を」
「あはは、オレのコトだって、きっと誰よりも知ってるよ、恭子が」
嬉しい、有難う、アンタ・・と恭子はボクの胸に顔を押し付けて言った。
「一時、うちはおらんくなるけど、忘れんでね?!うちのコト」
「忘れようにも、忘れられないよ」
「恭子無しの時間を、どう過ごすか、考えなきゃな!」
「・・・」恭子が何かを呟いた。
「ん?何て言ったの?」
「うちはな」静かな声で、ボクの顔をしっかりと見据えて恭子が言った。
「うちは、アンタがおらん時間は考えられんけ・・・ずっとアンタを思っとる」
「それでもいい?」
「うん、有難う」
ボクは恭子を抱きしめて、キスをした。
「さ、行こうか」
ボクらが荷物を持って階段を下りると、さっきはいなかった川村がエプロンを着けて、店に立っていた。
「オガワの代わりに、今日はオレが市場に買出しに行って来たぞ!」
「ま、話しは聞いたぜ。後は安心して、オレとユミに任せとけよな?」
「じゃ、お前らは、まだ居てくれるのか?」
「おう、ユミと決めたんだ・・もう暫く、ここに厄介になろうってよ」
「でも、ユミのお家の方には何て言うと?」
「いいのよ、恭子・・心配しないで」
ユミさんは続けた。
「同級生でも、クラブの先輩でも、足の付かなそうな人の名前出しておくからさ」
「それに、私もおばちゃんに料理教わりたいし・・ね!」
「ええで、ユミちゃん!ビシビシ、しごくさかいな、遠慮はせんで?私は」とおばちゃんが明るく言ってくれた。
「ほな、元気でな!」
「キョウちゃんも、ノブちゃんも」
「はい、お世話になりました」
ボクらはおばちゃんに頭を下げた。
そして恭子が「ユミ、川村君と仲良く頑張るっちゃ・・」と声をかけて、店の格子戸を開けて外に出た。
「また、いつでも帰ってくるんやで〜?!」
おばちゃんの声が、ボクらの後ろ髪を捉まえた。
「は〜い、また、帰ってくるけね!」恭子とボクは振り返って手を振った。
旅の終わり
京都駅への道々、ボクらは無言だった。
駅に着いて、恭子は新幹線で小倉までの、ボクは東京までの切符を買った。
「ね、アンタ」
「なに?」
「最後に、最初の朝に入った喫茶店で、お茶せん?」
「うん、いいよ」
何でだろう、ボクは笑顔で話せなくなっていた。
永遠の別れでもないのに、そんなコトは分かっているはずなのに・・・胸が締め付けられて、苦しくて。
喫茶店は、空いていた。
ボクらは京都タワーのビルの見える窓際に座った。
「思い付きで出てきた京都やったけど」
「うち、最高に楽しかったっちゃ」
アンタは?と恭子は、下を向いたまま言った。
「オレも、楽しかった。」
「初めてのコトも一杯経験したしさ、恭子の色んな面も見られたしね」
「そうやね、うちもアンタのコト、いっぱい知った気がするっちゃ」
「ね?」
「なに?」
怒っとらん?と恭子は、寂しそうな顔を上げた。
その顔を見てボクは思った。恭子も、気持ちは同じなんだと。
「怒ってなんかないよ・・ほんとに」
「ただね」
「ただ・・なん?」
「うん、寂しいだけだよ、今この時間がね」
「うちも、そうっちゃ」
恭子の目から、堪えていた涙がポロポロと零れ落ちた。
ボクは、泣くまいと決めて・・・笑顔で言った。
「こら、何で泣く?」
「二学期が始まれば、また会えるじゃんよ!」
「それまで、あと一カ月の辛抱なんだから・・さ」