ノブ ・・第1部
「でもな、直撃やったら木端微塵や。人の形してるもんなんか、見つからんかった」
「もう、焦げくさくて、油くさくて・・火薬の匂いも酷くてな、掘った手が、すぐにベタベタの真っ黒になってしもた」
「一時、みんなで頑張ったんやけど、結局、誰一人の遺体も掘り出せんかったんや」
そんなに、バラバラになってしまうと・・?と恭子がボクの手を強く握りながら、聞いた。
「そらもう、粉微塵になるらしいな、爆弾は」
「焼夷弾で焼け死んだ人は、分かるんや。黒い人の形した炭になるから」
そんなん、ゴロゴロしとったで、空襲の明くる朝は・・とおばちゃんは言った。
ボクは、ある意味、幽霊話よりも怖かった。
おばちゃんは、そんな時代を生き抜いて来たんだ。
「そして、終戦を迎えて・・・前にも話した通り、バラック生活やろ?」
「もう、いつの間にか、死んでしもた人の事なんか忘れてしもたんよ、みんな自分が生きるのに必死でな」
「で、その直撃弾の穴も、いつしか埋められてな、その上にバラックが建ったんや」
「復員したご主人が住みだしたんや、そこに」
「うちの人が外地から戻ったんも、その頃やった」
「でな、噂が立つようになったんや」
「夜中、女の人がバラックの外にしょんぼりと立って、そして・・・両手で地面を掘っとるって」
「勿論、そんな音はバラックの中にも聞こえへんし、穴掘ってるんやったら掘った跡があるはずやろ?」
「そんなん、どこにも無いねん」
「復員した亭主も、そんな音は聞こえない、言うてたらしいわ」
「でもな、そのうち、オレも見た、私も・・いう人が増えてきてな」
「とうとう・・私も見てしもたんよ、それを」
月の無い夜やった、今でも覚えてる・・とおばちゃんは蝋燭を見つめて言った。
「寝付かれんでね、外からは秋の虫の音も聞こえてたな」
「バラックの板戸を開けてな、星でも見ようか・・って外に出たんや」
「そしたらな、少し離れたバラックのすぐ横にな、立っとるやんか」
その、女の・・・幽霊が?とユミさんが聞いた。
「そうや、薄ぼんやりとはしてたけど、私はすぐに分かったわ、あ、臨月の嫁さんや・・ってな」
「でも、さっきからみんなも言うてたけど、確かに・・見入ってしまうんよ、あんな時はな」
「いやや、見とうない・・いう気持ちやのに、目が離せんのやね」
「私は、あわあわしながらやったけど、隣のうちの人のバラックに飛び込んだんや!」
「あ、その頃はまだ・・うちの人やなかったけどな?!」
みんな、笑えなかった。
おばちゃんは続けた。
「そんで、寝ぼけ眼のうちの人を叩き起こしたんや」
「あんた、出たでた・・言うて」
「うちの人は寝ぼけとったけど、すぐに正気に戻ってな、私と一緒に外に出たんや」
で、ご主人も見たんですか・・?とユミさんが聞いた。
「いいや、もう見えんかったわ」
「消えてしもたんやね、フっと」
「でもな、うちの人は話聞いてくれて、言うてくれたんや」
「それは・・・多分、死んだ嫁さんやろねって」
「で、翌日・・復員した旦那さんや近所の人にも声かけてな、その幽霊が立っとった辺りを掘ってみたんや」
「1m位掘ってすぐにな、ボコっと空洞になったんや・・・爆弾で埋まってしもた、防空壕やった」
おばちゃんは一息付いて、みんなを見渡した。
「開いた穴を大きくしたらな、土の中から、布が見えたんや」
「え?まさか・・」
ユミさんが川村の腕を掴んだまま、言った。
「そうや、ユミちゃん・・・その嫁さんのモンペの端っこやった」
「旦那さんが、防空壕に飛び込んでな、嫁さんの体にかかった泥を払ったんやね」
「もう泣きながらやったわ」
「嫁さんは、うつ伏せやったんよ」
「でな、旦那さんが注意深く、嫁さんの体を動かしたんや」
「そしたらな、半分骨になってた嫁さんの体の下にな・・小さなお包みがあったんや」
「え、おくるみって」
「そうや、キョウちゃん・・・うぶ着のお包みやったんやね」
おばちゃんの目が、涙でキラっと光った。
「その、小さなうぶ着の中には、小さな骨があったんやね」
赤ちゃん・・・の?と恭子が言った。
「そうや」
「多分な、みんなで言いよったんやけど、空襲のさ中に、防空壕の中で産まれてしもたんやろね、赤ん坊が」
「で、慌てて必要なもんを取りに、両親が防空壕を出て家に帰ったんちゃうか?」
「そこに、直撃やったんやろ・・・って」
「防空壕に残された、母親と赤ん坊は、直撃は免れたけど埋まってしもた」
「埋まる時に・・・生まれたばかりの赤ちゃんを庇ったんやろね、覆いかぶさってたんや・・お母さんがな」
「可哀そう・・・」ユミさんは涙声だった。
「なんとか、土の中から自分達を出して欲しかったっちゃろね、お母さんは」
「やけ、幽霊になってまで、出てきたっちゃろ」
「せっかく、旦那さんが戻ったのに・・残念で悔しかったっちゃろね」
恭子も、涙声で言った。
「そうやね、そう思うわ、私も」
2人の遺体を掘り出してな、近所みんなで供養して荼毘にしたんや・・・とおばちゃんが言った。
「復員したご主人が、みんなにお礼言うてまわってたわ・・見つけてくれて、気付いてくれて有難うってな」
「もう、絶対に会えん・・思ってた奥さんと、初めて見た我が子やったからな」
「ただ、抱けたのは骨壷やったけど、何も無いよりはどんだけ嬉しいか・・言うてたで」
「私もな、お母さんの幽霊を最後に見たわけやろ?」
「でもな、そりゃ見た時は怖かったけど・・なんや、嬉しなったんを覚えとるわ・・・最後は」
それっきり、女の幽霊話は、ピタっと立ち消えになった・・・とおばちゃんは話を終えた。
なんか怖いって言うより、悲しいですね、その話・・・とボクは言った。
そのボクの意見に対して、恭子が言った。
「でも、うちは・・悲しいけど良かったなとも思うっちゃ」
「凄いなとも思う、母の愛やろ?」
「自分と赤ちゃんを、ここから出して、お父ちゃんに会わせてくれ・・言う」
「そうか、そうだよね。会いたかったんだよね、お父さんに」
「でよ、見せたかったんじゃねえか?」
「赤ん坊をよ・・・」川村は、これだけ言って、嗚咽を漏らした。
「ええよ、川村君」
「あんたら、ほんまに、心の優しい子やね、おばちゃんも嬉しいわ」
恭子は、ボクの腕にしがみ付いたまま泣きながら言った。
「会えて、良かったっちゃ」
「うん、ほんとだ、家族がまた一緒になれたんだもんな」
ボクもうるうるしていた。
ユミさんも川村に抱きついて、泣いていた。
「さ、おばちゃんの話は、これで終わり」
「ごめんな、泣かしてしもて」
「ううん、怖かったけど・・いい話やったっちゃ、おばちゃん」
「青島でうちが見た幽霊も、何か言いたかったっちゃろか」
「そうやね、でも・・どこの誰とも分からん幽霊は、私もやっぱり気味悪いで?!」
おばちゃんが明るく言ってくれたお陰で、ボクらは笑顔を取り戻した。
さて・・とおばちゃんは立ち上がって、店の電気を点けた。
明るくなった店に、恭子は「やっぱり、明るい方が良かね!」と言いながら涙を拭いた。
「おばちゃん」
ユミさんが、口を開いた。