ノブ ・・第1部
「で、青島に海水浴に行って、その時は親戚が集まってな」
「青島の浜辺に建つホテルに、みんなで泊まったっちゃ」
うんうん、それで・・?とボクは興味津々だった。
ユミさんは、と言うと・・耳を軽く塞ぎながらも、目は恭子に釘付けだったから、きっと怖いけど聞きたかったんだろう。
「それでな、夜に浜で花火しようってなったと」
「従兄弟達みんなで浴衣着て、ホテルの前の浜辺で花火しとったっちゃ」
「それで楽しく花火して終わったんやけど、みんなまだ帰りたくなかったっちゃんね、ホテルに」
「それでな・・・従兄弟連中と青島に行ったっちゃ、軽い散歩のつもりやったと」
「青島ってな、流れ着いた椰子の木に、蘇鉄やらフェニックスやらが生い茂ってる不思議な島でな・・小さいっちゃけど」
「あ、オレも行ったコトあるよ、子供の時に」
「うん、島ごと天然記念物になっとるっちゃ」
そこに行くには橋を渡って行くっちゃけど、橋渡り切るとな島には街灯が一切無いっちゃ・・と恭子は続けた。
「島の端っこをグルっと廻って帰ろう・・ってなったと」
「で、そうやね・・3分の1位かな、島を歩いて行った時やったっちゃ」
「うちが1番年長やったけ、先頭を歩いとったっちゃけど」
「何かな、見えたと・・」
「え?何見たの?恭子」
「島の周りは鬼の洗濯板っちゅう名前の、面白い岩が沖まで並んどるっちゃけどね」
「その、洗濯板の向こうに人が立っとったんよ」
「白っぽい感じで、こう・・髪が長い、女の人みたいやった」
やだ〜・・で、それで?とユミさんは頑張った。
「うちな、ビックリして思わず立ち止まったっちゃ・・何も言えんで」
「そしたら、うちが手を引いてた1番小さい従兄弟が言うたっちゃんね」
「お姉ちゃん、あの人、こっち来よるよ?って!」
「え?と思って、目を凝らしたらな・・スーって音も無く海の上をこっちに向かって進んで来たっちゃ」
キャー!っとユミさんが今度は本物の悲鳴を上げた。
「やだ〜、もう・・怖過ぎるって、恭子!」
「止めて・・お願い」
「オレもダメだ、ヨシカワ、勘弁してくれ!」
川村も泣きが入った。
ボクはと言えば・・・ジットリと脇にかいた汗が気持ち悪かった。
おばちゃんだけがニコニコと、切り子で一人やっていた。
「で?どうしたの、それから」
ユミさんが勇気を振り絞って聞いた。
「もう、一目散に逃げたっちゃ・・・悲鳴あげながら、そこから」
「橋をみんなで渡ったっちゃけど、ホテル近くになって気づいたら、うち裸足やったと」
「途中で下駄も脱ぎ捨ててしもたんやろね、夢中で」
「小さい従兄弟の手を引きながら・・やろ?」
もうみんな必死で逃げたけね、青島から・・と恭子は一息付いて冷酒をあおった。
「ダメだ、オレ、そんなの見たら、きっと腰抜かしちゃうぜ」
「私も、固まって逃げられないと思う」
「うん、うちも一人やったら、ヤバかったっちゃろね」
「でも年下の従兄弟達が一緒やったけね・・腰抜かすワケにはいかんやったっちゃ!」と恭子が笑ったお陰で、みんなの顔に笑顔が戻った。
でも、続いたおばちゃんの一言で、また凍りついてしまったんだけど。
「キョウちゃんのは、ほんまもんやな、それは」
「え?ほんまもん・・って?」ユミさんが、恐る恐る聞いた。
「迷っとる魂や、つまり幽霊やね」
「やだ〜、おばちゃん」
「幽霊はな、自分がどこにおるんかも、何してるんかも分からんのやて」
「はっきり言うたら、生きとるか死んどるかも・・・分からんらしいで?!」
「でも、言いたい事があるんやろね」
「せやから、波長の合う人に会うたら、寄ってくるねんて」
「キョウちゃん、惹きつけるんちゃうか?」
ノブ君だけやのうて、幽霊もな・・・とおばちゃんは言って、カカカと笑った。
「いや〜、うち・・この人だけで沢山やけ」
「幽霊さんは、遠慮しとくっちゃ」
「でもな、確かに、そうなんかもしれん」
「なに?恭子、まだあるの?」
「おいおい、勘弁してくれよ・・寝らんなくなっちゃうよ、オレ」
「あはは、川村君、オネショは、こっちが勘弁やで?!」
おばちゃんの一言にボクらは笑ったが、考えたらゾ〜っとする体験であることは確かだった。
「ほな、今度は私の話、聞いてみるか?」
おばちゃんが、静かに切り子を置いて言った。
「あ、ちょっと・・いいすか?」
「何や?」
「オレ、その前に、便所に行って来たいんすけど」
「ええよ、勿論」
オガワ、連れションしようぜ?!と川村が立ち上がってボクを見た。
「え〜、いい年して・・何よ、あんた」
「ユミ、お前・・じゃ一人で行けるか?便所」
「・・・恭子、私達も行こう?」
あはは、ほな、一休みするさかい・・・みんな、おトイレ済ましといで、とおばちゃんは笑って奥に行った。
「ちょっと、あんた達、いい加減にしてよね?!」
ユミさんが、肩をストンと落としてため息混じりに言った。
「でもよ、ほんとのコトなんだぜ?」
「いいやん、川村君のはお化けやないっち、おばちゃんが言いよったっちゃけ」
「うちが見たのは、本物らしいけね」
今、思い出してもゾっとするっちゃ・・と恭子は自分の腕を抱えて言った。
「でもよ、おばちゃんの話って、どんなのだろうな」
「ユミ、聞きたくね〜か?」
ユミさんは、チラっと川村を睨んで言った。
「恭子・・トイレ、行こう?」
「あはは、うちらも連れションやな?!」
「あのさ、そこのお客さん用を使えばいいんじゃん?」
ボクは、店の隅にある客用トイレを指差して言った。
「あ、そうっちゃ」
「そっか・・私、今まで二階のトイレしか使ってなかったから」
「おう、ここなら怖くね〜な!」川村も嬉しそうだった。
結局、ユミさん、恭子、川村にボク・・の順でトイレを済ませて、冷や酒を飲みながらおばちゃんを待った。
暫くしておばちゃんは、お皿に盛り塩と、二本の百目蝋燭を持って来た。
「何ですか?それは」
「昔からな、こないな話を夜する時は、お清めの塩がいるんや」
「はぁ、で・・そのブっとい蝋燭は?」
「あはは、これは・・・雰囲気造りや!」
おばちゃんはそう言って二本の蝋燭に火を灯し店の電気を消し、ご丁寧に、格子戸の内側のカーテンまで閉めてしまったから・・・格子戸越しの外の明かりも入ってこなくなった。
テーブルの真ん中でゆらゆら揺れる蝋燭の明かりが、5人の顔に微妙な影を落とした。
そして、その5人の後ろは、ほとんど闇になった。
うそ〜怖過ぎる・・・とユミさんは川村にしがみついた。
恭子もボクの隣に、ヒタと体を寄せてきた。
「さ、準備はええか?」
「これからまず、一人づつ・・先にノブちゃん、次に私や」
「怖い話をしてな、終わったら、蝋燭を吹き消すんやで」
「最後の一本が消えた時・・・」
「どうなるの?おばちゃん」
ユミさんが、不安げな顔で聞いた。
「私にも分からんで。何が起こるかは」
蝋燭の灯りに微笑むおばちゃんの顔は、いつもの陽気な顔ではなかった。
恭子が、ボクの手をテーブルの下でギュと握った。
「ボクから・・ですか?」
「そうや、川村君とキョウちゃんの話は、聞いたさかいな」