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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ  ・・第1部

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曇天と湿気のせいか、気持ちがささくれていたのか・・それから暫くの間、ボクはイライラしていた。
そんなボクを察したのか、その間、機関銃はボクに銃口を向けはしなかった、助かったけどね。

勿論、同級生だから最低限の会話はしたけど。

ボクは大学とアパートの往復に専念して、また、勉強に集中した。
余計な事を、頭から追い出したかったのかもしれない。

レモンにも行かなかった。


そして梅雨に入り、7月になり前期試験が始まった。
地獄の様な10日間、15科目の試験、流石に、医学部だな・・と妙なとこで納得した。

何とか進級に必要な単位が確保出来ればいいと思って頑張ったが、試験期間が終わって数日後の月曜日の朝、控室前の廊下の掲示板に張り出された結果は、思いの外良かった。

特に英語とドイツ語は、上位5名に入っていたから驚いた。

「すごいっちゃ!オガワ君、さすがや〜ん!」
「あ、ヨシカワさんか、有難う」

「他の科目も凄いよ?!数学も物理も上位30名に入っとるしね!」
「え、もう見たの?」
「当たり前やん・・」

オガワ君のコトなんやけ・・と聞こえない位の小さな声で、ヨシカワさんは俯いて言った。

「あ、恭子!」
「なん?ユミ」

「丁度良かった、オガワ君もいて!恭子、今夜、分かってるよね?」
「え?」
え、じゃないわよ、しっかりしてよ!とユミさんはヨシカワさんの肩を叩いた。

「アンタと私の誕生日会、今夜、私のマンションでやるって決めてたでしょ?」
「あ、そうやったね。うち、試験で頭がいっぱいで忘れとった・・」

ヨシカワさんは7月10日、ユミさんは15日だったらしい、誕生日が。


二人の合同のお誕生日会か、やっぱり女の子なんだな。

「じゃ、お二人さん、夜にね!」ユミさんは行った。

残ったヨシカワさんは、ボクに向かって済まなそうに言った。
「私、言うてなかったね、オガワ君に」
「うん、聞いてなかった。なんでボクが出てくるの?」

「ゴメンなさい!」
「試験前にユミと話しとったんやけどね、お互い、誕生日が試験期間中やけ、試験が終わったら二人でお誕生会やろうって・・」
「うん、それは分かったけど・・」

「それでね、せっかくの誕生日、女二人なんて・・なんやろ?そうやけ、お互いに気になっとる男子を招待して、一緒にお祝して貰おうって言いよったっちゃ」

ヨシカワさんが真っ赤になって、下を向いてやっと言った。

そういうことだったのか・・・。

「お願い!オガワ君、断らんで?ね?!」
「ご飯食べて、帰るだけでもいいけ・・一緒に行ってくれん?」

うち、オガワ君に断られたら・・・今にも泣き出しそうなヨシカワさんを見てたら、さすがに断れなかった。

「分かったよ。じゃ、どうすればいいの?」
「ほんと?!一緒に行ってくれると?」

「いいけど、プレゼントも何も、用意してないし・・」
「そんなもん、どうだっていいっちゃ!うちと一緒にユミの家に行ってお誕生会してくれたら、うち、それだけで嬉しいけね!」

ヨシカワさんの顔が、パーっと輝いてニッコリと笑った。

いきなりだったけど、試験は終わったし結果も悪くはなかったから、ボクも少しは気持ちが軽くなっていた。

「分かった、じゃ、どうしたらいいの?」
「したら・・6時に大学の前で、どう?!」

「分かった。普通のカッコでいいんでしょ?」
「あはは、そのままで来てくれたらよか。そしたらね!」

帰りの道々、考えた。

ヨシカワさんか・・・はっきり思ってることが顔に出る人なんだ、分かりやすいな。
ニコニコしてる自分に気づいて、少し驚いたけど、悪い気分ではなかった。

これも試験が終わった解放感なんだろうか。

アパートに着いて、窓を開けた。暑く蒸れた空気が出て行ってクーラーが効きだして、ボクは堅い寝台に横になった。

「お誕生日会か」

天井の薄汚れた染みを眺めているうちに、何故だか、赤くなって俯いてたヨシカワさんの顔が浮かんできた。


「そうか、一応は、お呼ばれなんだな」

ボクは起き出して、家を出て三省堂に向かった。

昼過ぎの三省堂は空いていて、久しぶりにじっくり本を探すことが出来た。
自分の読みたかった本と、プレゼント用のものと。

考えた挙句、プレゼントは好きな画家の画集にした。
これなら気に入らなくても、本棚の隅に並べておけば邪魔にはなるまいと思って。

「これと、これにするか・・」
シャガールとクリムトにした。自分も好きだったし、それほど悪趣味とも思わなかったし。
ヨシカワさんは、夢見るシャガールって感じだし、ユミさんはクリムトだな。

本屋は、やはり楽しかった。元々、本が好きだったのも勿論だが、試験後の解放感が一層それに拍車をかけていたのだろう。

画集を選び終わって、三省堂の各階をブラブラしているうちに、結構時間が経っていた。

ボクは画集だけをプレゼント用に包装してもらって、家に帰った。

シャワーを浴びてTシャツを替えて、ボクは画集を抱えて大学に向かった。

雨こそ降っていなかったが、相変わらずどんよりとした天気で風も無かったから、空気が肌にまとわりついた。

「あ、オガワ君!」

校門の前には待ち合わせの15分も前だというのに、ヨシカワさんが待っていた。

可愛らしいピンクのワンピースで、ミニなのか?結構短い・・感じで、ちょっとドキっとした。

「暑いね〜、夕方やのに」
「うん、せっかくシャワー浴びたんだけど汗かいちゃったよ」

「ほんとやね。じゃ、行こう?!」

ヨシカワさんとボクは、大学の門を背にして左に歩いた。
途中をまた、左に折れて湯島方面に少し向かったところに、レンガ貼りの瀟洒なマンションがあった。

「ここの8階やけね、ユミの部屋」ヨシカワさんが言った。
「ほほ、豪華なマンションだね」
「うん、ユミんち、お金持ちみたいやね!」

ボクの築30年超のぼろアパートとは、雲泥の差だな。

「行こ?!」

ヨシカワさんに促されて、ユミさんの部屋に向かった。





       誕生会



ピンポ〜ン!

「は〜い!」ユミさんは、Tシャツにホットパンツ姿で、出迎えてくれた。

「きゃ、ユミ、リラックスしとるっちゃ!」
「当たり前でしょ、自分の部屋なんだから・・・あ、入って、お二人さん!」

「お邪魔します」

華やかな、女の子らしい部屋を想像してたのだが、ユミさんの趣味なのか?シンプルなモノトーンで統一された落ち着いた雰囲気の部屋だった。

リビングの大きな窓越しに、湯島聖堂とそれを囲む森がこんもりと見えた。

「その辺に適当に座ってて」
台所に行ったユミさんが言った。

フローリングの床の真ん中に白いカーペットが敷いてあり、透明なガラスの楕円形の低いテーブルが置いてあった。まわりにはグレーの四角いクッションが何個か転がってた。

「ビールで、いいよね?!」
「え、もう始めると?」
「いいんじゃない?私達の誕生日だし〜」

「カワムラ君は?まだね?」
「うん、少し遅れるって。始めてよ?!」

ユミさんの相棒は、川村だったのか。名前を聞いて顔は出てくるが、親しく話した事はなかった。
ま、ボクには親しい友達もいなかったんだけどね。