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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ  ・・第1部

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「日本書紀に、ここに関する記述がある、ともいうけ」
「今のところは、603年説と622年説があると」

「え〜、じゃ平安京遷都よりも古いの?」
ボクは驚いてしまった。だって、都として整備されてからの創建だと思い込んでいたから。

「ここはな、京都の中でも最も古いお寺の一つである事は確かなんよ」
「でな、平安京の整備と共にここに移った・・いう説もあると」
「元々は、今の九条辺りにあったらしいっちゃ」

「誰が造ったの?」ユミさんも話しに興味を持ったみたいだった。

「それはハッキリしとる」
「秦河勝っていう秦氏の長やけ」

「ハタ氏?」
「なに、豪族だったの?その人」

秦氏に関しては、ボクも聞いたコトはあった。
「確か、桓武天皇に頼まれて平安京を造った一族だったかな?」
「さすがやね、アンタ。その通りっちゃ」

秦氏は渡来系の豪族で、当時の山城の国・・つまり今の京都近辺に勢力を持っていた一族だった。
そのコトを話すと「え〜、じゃ、ここはめちゃめちゃ由緒正しいお寺なんじゃない?!」と言った。
「その・・天皇に都を造れって頼まれるって、相当なもんだよね」
「やろね」

「ふ〜ん、そうなんだ」
「でもさ、そういう知識があると、お寺とか巡るのも楽しくなるよね。」
「何か分かる気がするな、オガワっちと恭子が楽しそうに歴史を語る気持ち」

「あはは、ユミ、それは買い被りっちゃ」
うちはあくまでも、ここだけ・・もっと言うたら弥勒菩薩に関するコトやけね、詳しいのは・・と恭子は笑いながら言った。

ユミさんは、つと川村を振り向いて言った。
「でもさ、ね?!楽しそうだよね、この二人」
「うん、すげ〜な二人とも」
「なんでポンポン出てくるんだ?そんな知識がよ!」

「オレは前にも言ったけど文系志望だったからね、受験勉強の知識として浅く知ってるだけだよ。でも・・」
「恭子は、こと弥勒菩薩に関しては深いもんな」

えへへ・・と恭子は嬉しそうだった。


ボクらは途中で九の字に折れ曲がった石畳を歩き、参拝料を払う所に着いた。

「へ〜、ここまではタダなんだ」
「そうみたいっちゃね」

どうやら弥勒菩薩に会いたい人は、ここで料金を払って参拝する仕組みらしかった。

「さ、行こう?!」料金を払って、入場券を受け取った。
表は弥勒菩薩の写真、裏は広隆寺の由緒書きが書かれていた。

その入口から先は、また一段と緑が濃くなっていて、聞こえてくるのは蝉の声だけ。
木漏れ日がいい感じだった。

「あそこやけ、弥勒菩薩があるのは」
恭子が指差す方には、コンクリート造りの真新しい霊宝殿があった。

「なんか、イメージ違うな」
「なん?」

「いや、もっと古い・・・本堂みたいなとこに安置されてるのかと思ってたからさ」
「そうやね、現代の建物やね、思いっきり」

ボクらは石段を上って霊宝殿に入った。

中はかなり薄暗くて、眩しい外から入ると、一瞬・・面喰う位だった。
でも涼しくて静かでお香が焚かれているんだろう、いい香りがしてて、次第に汗が引いた。

入口で入場券に判子を押してもらい右に進むと、そこは広間になっていた。
その広間の三方の壁沿いには、多数の仏像や十二神将、四天王の像が安置されていて、その中心の一段高いところに、弥勒菩薩は淡いスポットライトを浴びて、静かに微笑んでいた。

数人の観光客がその前にいて、メモしたり説明書きを熱心に読んだりしていた。

「会えたっちゃ、やっと・・」
「本当だ、いい顔してるね」ボクと恭子は小声で話した。

「でも思ったよりも小さいんだね、ビックリしたよ」
「うん、うちも今、そう思っとった」

でも綺麗やね・・・と恭子は弥勒菩薩から目を離さずに言った。
「柔らかいんだね、表情がさ」

ボクらは暫く、弥勒菩薩の前から動けなかった。

ボクと恭子が弥勒菩薩に見入っていると、突然、館内にテープが流れ出した。
「この弥勒菩薩様は・・・」と男性の落ち着いた声のアナウンスで解説が始まった。

解説は、由来、材料の特徴、ドイツ人哲学者のカール・ヤスパースが称賛した云々・・・と続いた。

「へ〜、親切だね、ここ」
「うん」
知らんで来た人には、有難いっちゃない?と恭子が言った。

「よう・・」
解説が終わった時、川村が声をかけてきた。

「弥勒さんで盛り上がってるとこ悪いんだけどよ」
「後ろの仏様も、いい感じだぞ?!」

え?とボクらは揃って振り返った。

そこには、大きな、でも随分傷んだ阿弥陀如来が座っていて、向かって右には千手観音像、左手にも別の観音様があり、各々国宝と書いてあった。

「気付かなかったよ、じゃ、ここ、四方に仏様が安置されてるんだ」

改めて見てみると、何度も大変な目にあったであろう真ん中の阿弥陀如来は、傷んではいたが優しいお顔のままだった。

「いいね、恭子」
「うん、痛々しいけど、いいお顔しとるっちゃ」

それぞれが千年以上の時を経て、現代に至っても迷える人々を救おうと思案顔をしている仏達・・・ボクはそれらの仏様に囲まれて、柄にもなく神妙な気持ちになってしまった。

これらの仏像を、精進潔斎して精魂込めて彫った仏師達、それを大切に守って来た僧侶達、また時の権力者ら。
そして、それを近くで見ることの出来た身分の人達と、見ることすらできなかった身分の人達。

人間と仏様・・その微妙な位置関係。
ボクは、現代にこれらの素晴らしい仏像を見られる幸運に感謝しながらも、多少の複雑な気持ちも持っていた。

「千年、いや千二百年以上か」
「何か、気が遠くなっちゃうな」

この新しい建物の中に流れる時間は、ボクにそんな感慨を抱かせてしまっていたから。

「千年以上も大事にされてきたものってさ、やっぱり特別なんだね」

「アンタも好きになった?」
「うん、弥勒菩薩、凄いね」

結局、ボクと恭子は、軽く一時間近くを霊宝殿の中で過ごした。



ボクらが霊宝殿の外に出ると、川村とユミさんは日陰で待っていた。
日差しはまだまだ強かった。


「もう、このまま日が暮れちゃうかと思ったわよ」
「ゴメンっちゃ、ユミ」

「うち、念願やったけ・・つい長居してしもうた」

ま、いいけどね・・恭子がどれ程好きかは聞かされてたからさ・・とユミさんは笑いながら言った。

「さて、どうする?これから」
「もう少し、境内を見て周るか?それとも、どっか他のとこに行くか?」
霊宝殿を後にして歩きだしたボクらに対する川村の問いに、恭子がボクの方を上目遣いに見ながら答えた。

「うち、やっぱりもう一回、見てきたいっちゃけど・・・」
「うん、いいよ」
恭子はユミさんと川村を交互に見て、言った。
「もう少し、待っちょってくれん?」

「おう、いいぞ」

じゃ、オレとユミはその辺ブラついてるからよ、ヨシカワとオガワは気の済むまで見てこいよ・・と言ってくれた。

「サンキュー、じゃ後で楼門のとこで」

踵を返して歩きだしたボクらに、川村の声が後ろから追いかけてきた。
「暗くなる前には、戻ってこいよ〜?!」
「もちろん!」

川村達と別れたボクらは、もう一度霊宝殿に入った。
入口のおじさんは、入場券を見せると何も言わずに微笑んでくれた。