ノブ ・・第1部
何だ、いつもはもっと熱いんか?との川村の問いに、ボクは「うん、入れない位ね」と答えて、恭子の顔が浮かんだ。
「そうか」
「うん?何がどうした・・なんだ?」
多分ね・・ボクは恭子の考えを話した。
おばちゃんに先に入って貰えば、その後ならボクらがお湯をうめても心配無い・・と思って、おばちゃんに一番風呂を勧めたんだろうと。
「ほ〜、流石だな、ヨシカワ・・」
「いや、そこまで考えてたかどうかは、分かんないけどさ」
色々と気を遣ってくれてるのは、確かだよ、オレにも・・とボクは嬉しくなってのろけた。
ボクらは、二人仲良く初めて檜の湯船に浸かりながら話した。
「いい匂いするな、この風呂・・」
「うん、檜なんだって・・おばちゃんの自慢だよ」
そうか、道理で・・川村は湯船を見渡して、天井を見ながら言った。
「ヨシカワってさ」
「色んなとこで、気を遣う子なんだな」
「なんで?分かるの?」
「そりゃ分かるさ、オレだって、その位」
「さっきも言ってたろ?風呂上がりに何飲む?とかさ」
「うん、言ってたね」
ああいう何気ない一言が、けっこう嬉しかったりしないか?男って・・と。
「まぁ・・ね」ボクも、まんざらでもなかった。
自分の彼女が他人にどう見えるのか・・・なんて考えたコトも無かったけど、褒められて悪い気分はしなかった。
「ユミはな、確かにいい女なんだけど、初めてだろ?男と付き合うのがさ」
「だから、まだまだ分かんないんだよ・・その、付き合い方っちゅうか、お互いの距離感みたいなの?」
「距離感、か・・」
「いい事言うな、川村も」
「それ、良く分かるよ。距離感ね」
「でもさ、こうじゃなきゃいけない・・ってのは無いんだから、川村達も、そのうちに出来上がるんじゃないのかな、その・・お互いに居心地のいい距離感が」
「だと、いいけどな」
川村は湯船から上がって、頭を流しだした。
「オガワは?何人目なんだ?付き合う女は」
「オレは・・」
ボクも上がって、洗い場に腰かけた。
「恭子で・・3人目、いや・・2人目だね」
なんだよ、一人は保留なのか?と川村は頭を洗いながら笑って言った。
「保留って言うんじゃなくてね・・付き合ったうちには入らないのかなって思って」
「あはは、何だ?それ」
「オレの初体験の相手なんだけどね」
「は〜?ヤったのに、付き合ったうちに入らね〜ってか?」
「う〜ん、微妙なんだけどさ・・・ヤったというより、ヤられた?」
川村の、シャンプーの泡だらけの頭が、ゆっくりボクの方を見た。
「どういう事だ?それ・・」
ま、いいか、この際だから話しても・・・とボクは川村に話した。先生とのコトを。
「ユミさんには言うなよ?軽蔑されそうだし」
「言えね〜よ、そんなショッキングなコト」
しかしお前、羨ましいヤツだな・・・と川村は笑いながら言った。
「羨ましいって言うけどさ、誰にも言えなかったんだぜ?当時は」
「バカ、お前・・当たり前だろうが!」
そんな事、仲間にバレたら、完全にフクロだよ、お前・・と川村はシャワーで頭を流しながら言った。
「確かにね」とボクも笑った。
「しかし・・そんなコトもあるんだな」
「さすが、東京・・ってか?!」
「いや、それは関係ないだろ・・たまたま、だろうな」
オレらなんか・・川村も話してくれた。
「オガワの秘密、握っちまったからよ、オレの過去も話してやるよ」
「高3の夏休みにな、東京の予備校の夏季講座受ける・・って言って、仲間と3人で出てきた訳だ、松本から」
川村の故郷は、信州の松本だった。
おまけに出身校は、長野県有数の名門高校であるF高だと、この時初めて知った。
「へ〜、名門じゃん」
「いいんだよ、オレはその名門の応援団長で、成績は常にワースト10を出たコトがなかったんだから」
「あはは、楽しいな、それも」
「ま、いいさ、そんなコトより、高3の夏な・・・」
川村達は、勉強半分、期待半分の上京だった、とのコトだった。
期待半分って?と聞くと「ズバリ、脱・童貞!」と言った。
「かっこ悪いだろ?もしも、大学に入って彼女が出来てよ、ボク初めてなんです・・なんて言えるか?」
「ま、そりゃそうだけど」
誰もがな、お前みたいな恵まれた初体験じゃないんだぞ・・とボクらは体も洗い終えて、また湯船に浸かった。
「予備校最終日の授業が終わって夜になって、初めて行ったんだ、新宿の歌舞伎町に」
「そこのルートコでな、俺達はめでたく男になった・・ちゅうワケだ」
「ん?ルートコって、なに?」
「は〜、これだから真面目なヤツは困るんだよな」
「トルコだよ、トルコ風呂!」
「へ〜、どんなコトするの?」
「きれいなお姉さんがな、全身を洗ってくれて、マットでゴニョゴニョやって・・そして、ベッドで男にしてくれるんだよ」
そうなんだ・・・ボクはそういう経験が無かったから新鮮だった。
「それで?」
「うん、俺達3人は、ニコニコ顔でルートコを出て、みんなで祝杯を上げたんだ、その夜は」
そして、翌日、意気揚々と松本に帰った・・と。
「その数日後に起こった悲劇を、その時は誰も予感してなかったんだな」と川村は言った。
風呂から上がったボクらは、体を拭きながら話し続けた。
「で・・・悲劇って?」
「オレはな、チンコの毛が痒くなっちまってさ、もう、我慢出来ない位」
「え〜、何だ、それ?!」
「毛虱だよ、毛ジラミ!」
移されたんだよ、ルートコで・・と川村は自嘲気味に、頭を拭きながら言った。
「へ〜、そんなコトもあるんだ」
「気持ち悪かったぞ?」
「あんまり痒いんでな、ルーペで見たんだよ・・チン毛の痒いとこをな」
「そしたらさ、出来そこないの、カニのお化けみたいなのがな」
両手のハサミでチン毛をしっかり掴んで、体半分を毛穴に埋めて、モゾモゾしてたんだよ〜〜・・と川村は身を捩りながら言った。
「痒いワケだよな、そんなのが一杯モゾモゾ動いてたらよ」
「うわ、気持ち悪」
だろ〜?と川村はシャツを着ながら笑った。
「で、どうしたの、その・・毛ジラミ」
「うん、剃っちまった、全部、綺麗にな」
「は?」
だから、チン毛剃って、何十匹って毛ジラミをさ、ピンセットで摘まみだしたんだよ、ぜ〜んぶ・・・と笑った。
「もう、格闘、毛ジラミとの・・な!」
「勝ったぜ、オレは」
ボクは、つい想像してしまって、気持ち悪いやら可笑しいやらで、笑いが止まらなくなってしまった。
「じゃ、ツルツル・・・?」
「おう、また、伸びてきた時が大変だったぜ・・チクチク痒くてな」
「ま、毛ジラミの痒さに比べたら、可愛いもんだったけどよ」
その後暫くは可愛かったぜ、オレのチンチン・・・子供が描くロケットの絵みたいでさ、ガハハ・・と川村も笑った。
コイツ、ほんと面白いヤツなんだな、とボクは感心してしまった。
「今は?」
「生えそろったんか?」
「当たり前だろ、でも・・完全復旧するまでは、一年近くかかったけどよ」
でもな、オレはまだ、いい方だったんだよ・・と川村は階段を昇りながら続けた。
「友達の一人は、淋病を貰っちゃってさ」
「抗生物質飲み続けて、ひどい下痢になっちまってよ」