ノブ ・・第1部
「だって、コイツ、そんなに甘えてくれないんだぜ?」
「オレなんて、怒られてばっかしだもんな・・」
ちょっと、そんな事、人前で言うコトないじゃない、もう、あんたまで・・とユミさんは川村を睨んだ。
川村は、ちょっと小さくなりながらも言った。
「だってさ、オレだってベタベタしたいじゃん・・お前と」
「は〜?」
「あんた、人前でベタベタしたいの?」
「いや・・人前でって訳じゃないけどさ、お前って・・」
「なによ」
「二人っきりの時と、みんなでいる時と違うんだもん、態度がさ」
「オレだって、見せびらかしたいじゃんよ・・恋人同士なんだから」
あはは・・恭子が爆笑して、ボクも釣られて笑ってしまった。
「したら、ユミは二人っきりの時は・・」
「おう、けっこう甘ったれで、可愛いんだぞ?!」
「もう、ほんと、あんたってバカ・・」今度は、ユミさんが下を向いてしまった。
そんな二人の遣り取りが可笑しくて、ボクと恭子は腹の皮がよじれる位に笑った。
ユミと川村
「あのね?」ユミさんは、川村に向き直っておもむろに言った。
「この二人は、特別なの・・変なの、分かる?」
「恭子とオガワっちが仲良くて羨ましいって、分かんないでもないけど・・」
「この二人は、この二人・・私達はわたし達、でしょ?」
「そりゃ、そうだけどよ・・」
川村はしどろもどろに言った。
「仲良さそうなの見てるとさ、いいな・・なんて思っちゃうじゃんか」
「私はね、男と付き合うのは・・・あんたが初めてなの、分かってるでしょ?」
「うん」
「だから、正直、どうしていいんだかも良く分からないのよ、これから」
「恋人同士の雰囲気だって、憧れはあるけどまだ良く分からないの」
思いがけぬユミさんの真面目な顔に、みんな黙ってしまった。
「どこで腕組んだらいいのか、どうやって甘えたらいいのか・・」
「そんな事すら知らないんだから・・初めてなんだもん、ムリないじゃん!」
ユミさんは、また下を向いてしまった。
うん、分かった、ゴメンな・・そんな積もりで言ったんじゃないんだよ・・・と川村はユミさんの肩を優しく抱いて言った。
「ただな、オガワ達見てたら・・・何か、いい感じでさ」
「オレだって、可愛い彼女がいるんだぞ!って言いたいみたいな気分って言うか」
恭子は、そんなユミさんと川村の遣り取りを微笑みながら聞いていた。
ボクは手酌でビールを飲みながら、心の中で「頑張れ、川村」とエールを送っていた。
川村は続けた。
「いいよ、ユミ」
「分かったよ、オレらはオレらで、自然にいこうな?!」
「もう、みんなの前でベタベタしたいなんて言わないからよ・・」
「いいの?それでも・・」
「当たり前じゃんか!大事な彼女の希望なんだから・・オレは・・いいよ」
「ほんとに?」
「おう、いいに決まってんじゃん!」
良かったっちゃね、ユミ・・と恭子はユミさんにお酒を注いでやった。
「そうっちゃ、川村君、みんなそれぞれなんやけね」
「うちらは、うちら・・ユミ達はユミ達で、これから二人の世界を作っていけばいいっちゃ!」
「じゃ、仲直りってコトで、乾杯しますか」とボクが言って、4人で乾杯した。
「カンパーイ!」
「かんぱーい・・」ユミさんも、少し恥ずかしそうに顔を上げて唱和した。
「お、楽しそうに飲んでるな?あんたら・・」
「お帰りなさい、おばちゃん」
「ふ〜、暑いあつい・・」
「さ、みんな、お風呂の準備出来たで?!」
誰からでもええから、入っといで・・とおばちゃんは言ってくれた。
「いいっちゃ、おばちゃんが一番風呂で」
「そうですよ、ボクらは後でいいですから」
ええがな、あんたらから入り・・とおばちゃんは言ってくれたが、ボクらは遠慮した。
「そうか?ほな、お先に入って休ませて貰おうかね」とおばちゃんは立ち上がった。
「あ、そや・・言い忘れるとこやった」
「明日はこの店、休みにするさかい・・みんなで遊びに行っといで!」
「え、いいと?おばちゃん」
「ええがな、キョウちゃんらはこっちに来てから、ろくに観光もしとらんやろ?」
「せっかくやから、4人で遊んでおいで・・」
おばちゃんは?どうしよると?・・・と恭子が聞くと、おばちゃんは「そうやね、うちの人の墓参りにでも行くわ」
「ここんとこ、あんたらのお陰で思い出すことが多いさかい、久しぶりにゆっくり話してくるわ」と微笑んで言った。
「でも、晩御飯までには帰って来ぃや?こさえて待ってるからな」
「はい、有難う、おばちゃん」
「あ、風呂の札が空きになってたら、次の人、入って構へんからね?!」
ほな、お先に・・最後に電気とガス、頼んだで・・とおばちゃんは奥に消えた。
「ね、ユミ・・」
「なに?」
「うちと一緒に入らん?」
「うん、いいけど・・何か恥ずかしいね、へへ」とユミさんが笑って言った。
「なんがね〜、温泉とか銭湯の女湯っち思えば平気っちゃ!」
「うん、そうだね・・でも、私、銭湯って行ったコトない」
「温泉も、家族でしか入ったコトないし」
あはは、大丈夫っちゃ!襲わんけ、安心し・・と恭子も笑って言った。
「したら、アンタらは最後やね、いい?」
「うん、いいよ」
「オレも平気だ。クラブじゃ当たり前だからよ、みんなで入るのは」
それから小一時間、ボクらは明日の予定を考えながら飲んだ。
「そろそろ、いいっちゃない?」
恭子が風呂場に行き、札が空きになっているのを確認して、ボクらは後片付けをして、電気を消して二階に上がった。
「ふ〜、お先っちゃ・・」
恭子が上気した顔で部屋に帰って来たのは、二人が風呂に行ってから1時間近く経ってからだった。
「遅かったね」
「ほんとだよ、女組、時間かけ過ぎだっつ〜の!」
でも実はボクと川村も色んな話しで盛り上がっていたから、そんなに怒ってたワケじゃなかったけどね。
「ゴメンね、恭子ったら笑わせるから・・・あ〜、楽しいお風呂だった!」
ユミさんはすっかり上機嫌で、可愛いハート模様のパジャマ姿だった。
恭子は、いつものTシャツにホットパンツで、ボクには太腿が眩しかった。
また、それを川村に見られるのが恥ずかしかったり嬉しかったりで、一人でドギマギしてしまった。
「さ、じゃ行こうぜ、オレ達も」川村とボクは、着替えを持って廊下に出た。
「あ、アンタ」
「なに?」
「お風呂上がり、何か、飲む?」
「うん、そうだね・・任せるよ、恭子に」
ボクと川村は浴室に行った。
脱衣所で服を脱ぎながら、川村が言った。
「いいよな、オガワはさ」
「え、何が?」
「ヨシカワだよ、すごく気が利くじゃん、あの子」
「そっか?」
うん、すげーよ、彼女・・と川村は言いながら浴室に入った。
ボクは恭子が褒められたコトが嬉しくて、ニヤニヤしてしまった。
それでも「あ、お湯、かなり熱いから気を付けてな?!」と、ボクは忘れずに言った。
そして二人で、恐る恐る・・ザっと湯船のお湯をすくって浴びた。
「あれ?」
「どした?」
「うん・・・熱くない」