ノブ ・・第1部
大丈夫なの?・・とユミさんが心配そうに川村を見たが、うん!オレ、飲みたい・・と川村は笑顔で言った。
「あはは、すっかり元気やな!」
ほな、もう一回、みんなで乾杯しよか・・?とおばちゃんがコップを二つ持ってきて言った。
「悪かったな、オガワよ・・」
「面倒かけちまってさ」
あはは、いいよいいよ・・とボクは笑いながら言った。
椅子に座った川村が、小さくなって謝ったもんだからね。
「でも、重かったよ・・意外と」
「うん、ここんとこ、すげ〜喰ってるからな、オレ」
川村によると、ラグビー部に入ってから、とにかく腹が減って仕方が無いとのコトだった。
「だろうな、ぶつかってナンボのスポーツだもんな!」ボクが川村のコップにビールを注ぐと「おいおい・・相撲取りじゃないんだからさ」と川村も笑った。
「ラグビーはぶつかるけどな、投げて走って、蹴って・・のスポーツなんだぜ?!」
知ってるよ、それ位・・とボクも言った。
「さ、新しいお友達の歓迎会や!乾杯しよか?!」
ハ〜イ!とボクらは乾杯した。
「夏の暑い京都に、ようこそお越しやす」おばちゃんが言った。
「恥ずかしい登場の仕方で、すんませんでした」
最後のすんませんでした・・で二人がハモったもんだから、あはは・・と笑いながら4人はコップを空けた。
「ふ〜、うまい!」
「ちょっと、いい加減にしてよね?」
また酔い潰れたら知らないからね・・とユミさんが小首を傾げて川村を睨んだ。
「大丈夫、オガワがいてくれるからよ!」
「な、オガワ」と川村はボクに、ニヤっと笑いかけた。
ボクは「あ、オレ、朝、腰痛めたみたいだから・・もう無理!」と言ってやった。
「だから・・悪かったってば」
「うそだよ、気にすんなって!」
みんなで笑っていたら「な〜ん、盛り上がっとるっちゃんね・・お待たせ〜!」と、恭子が卓上コンロを持って現れた。
4人の真ん中にコンロを置いた恭子は、続いてホースを壁のガス栓に繋いだ。
「なんだ?鍋料理か?」川村が言った。
「そうっちゃ、鍋はなべでも・・おばちゃん直伝の水炊きやけ!」
「へ〜、水炊き・・」ボクは席を立って、恭子に続いて台所に行った。
「恭子、手伝うよ」
あ、ありがと・・と恭子は言いながら、傍らを指差した。
「アンタ、その鍋、持って行ってくれん?」
「うん・・でかいな、これ」
「おばちゃんがな、みんな、ようけ食べるやろって」
土鍋は本当に大きくて熱くて、これじゃ恭子にはとても持てそうになかった。
おまけに白濁したスープが、目一杯入っていたからね。
「具は?」
「もう、入っとると、それに」
そうなんだ・・とボクは、台布巾を使って土鍋を持って行きコンロに載せた。
「へ〜、関西の水炊きは、白いんだね・・」ユミさんが不思議そうに覗きこむと、おばちゃんが言った。
「これはな、関西風言うか、博多風の水炊きやねん」
「博多」
「暑い盛りの鍋も、またええもんやで?汗かいて、ふ〜ふ〜言いながらな」
「鳥ガラをこれでもか、いう位煮込んでな、出汁を取るんや」
「それに、塩で味付けて・・」
おばちゃんは立ち上がって、小鉢にほんのひと抓みの塩を入れて、土鍋からスープを取り分けた。
「まず、これだけで飲んでみ?!」
ボクらは銘々に、小鉢のスープを味わった。
「やだ、美味しい!」
「うん、すげ〜うまい!」
これだけでも、旨いんですね・・と川村が感激しながらおばちゃんに言った。
「美味しいやろ?ブロイラーやのうて、放し飼いの地鶏やからな」
小鉢のスープが無くなった頃、恭子が野菜の入った大きな笊を持って来た。
「さ、準備は終わったけね」
恭子はコンロの火を点けて、鍋が煮立つのを待って、野菜を景気良く入れた。
「・・しんなりしたら食べ頃やけね」
恭子もボクの横に座って、手酌でビールを飲んだ。
「ふ〜、美味しいっちゃ!」
ボクらが箸を構えて野菜がしんなりと煮えるのを今や遅し・・と待ち構えていたら、それを見ておばちゃんが笑って言った。
「大丈夫や、鍋は逃げやせんし、鳥もまだまだ、ようけあるしな?!」
はい・・ボクらも、お互いに顔を見合わせながら笑った。
「あ、忘れとった!」恭子が台所に戻って「これこれ・・」とポン酢と大根おろしを持って来た。
「これ・・・付けて食べてな」と各々の小鉢に入れてくれた。
「さ、もうええやろ」
おばちゃんの一言で、ボクらは煮えた鍋を突き始めた。
鳥も野菜も、美味しかった。
「うまいっすね、これ!」川村は、バクバク食べながら言った。
ボクもユミさんも、口々に美味しいおいしい・・汗をかきながら飲んで食べた。
「何かさ、コクがあるのにサッパリ食べられて・・初めて食べたよ、こんなの・・」
「うん、鳥も美味しいし、野菜もね」
このカシワはな・・とおばちゃんが説明し始めると「え、カシワって・・・なに?」ユミさんが恭子に聞いた。
「関西から九州ではな、鳥肉のコトをカシワって言うっちゃ」
「そうなんだ・・」ボクが感心している間にも、川村は無言で食べていた。
「ちょっと、無くなっちゃうじゃん、あんたばっかり食べてたら!」とユミさんが言った。
「いいっちゃ、ユミ。まだまだあるっちゃけ」
恭子はまた、台所に行ってお代わりの鳥肉を持って来た。
「そうや、みんな、どんどん食べや?」
おばちゃんは、そんなボクらを見ながら、いつの間にか手酌で一杯やっていた。
「どこの・・鳥なんですか?」ユミさんが聞くと「丹波の地鶏や」
「さっきも言うたやろ?ブロイラーとは全然違うんやな、味も歯応えも」
うん、ほんとに・・・ボクらは、夢中で食べた。
ボクら4人が水炊きをあらかた食べ終えると、おばちゃんは「さて、そろそろ、ええかな?」
「ほれ、鍋、さらってしまいや?」と言った。
鍋にはもう、何も残っていなかった。
おばちゃんは残ったスープに今度はご飯と溶き卵を入れて、雑炊を作ってくれた。
「いい言うまでは・・待っててな?!」
火を落として蓋をした鍋を、4人がじっと・・・3分待った。
「さ、ええで、そろそろ」
蓋を開けた鍋の中には黄金色の雑炊が、これもまた、美味しそうな匂いをさせていた。
「うわ〜、きれい・・」ユミさんが嘆息した。
「味もいいけね!」と恭子は、細かく刻んだネギをパラパラと振りかけて、小鉢に盛ってくれた。
雑炊もまた、美味しかった。
結局、4人ともお代わりをして・・特に川村は4回、ボクは3回・・雑炊は鍋から姿を消した。
「ひゃ〜、ほんま・・よう食べたな、あんたら」
おばちゃんは空っぽになった鍋を見て、嬉しそうに言った。
「大体、そうやな・・8人前位はあったんやで?!カシワも」
「あはは、うちら、揃いもそろって大食いっちゃね!」
「やだ、あんた達と一緒にしないでよね?」ユミさんが抗議した。
「でも、お前もお代わりしてたじゃん」川村の一言でみんな笑った。
「ええやんな、ユミちゃん。美味しかったんやさかいな?!」
「うん、そう。本当に美味しかったんです」
「私、こんなにお代わりしちゃう位美味しい雑炊って、初めて食べました」
おばちゃんは、ユミさんにおおきに・・と言って笑った。