ノブ ・・第1部
「ゴメン、私、何か怒らせるようなコト・・言ったかな」
「怒ってるワケじゃないけど、どうでもいいじゃん、オレのことなんか」
「何で?なんでそんなに構うの、オレに!」
いつの間にか、ボクの語気は荒くなっていた。
一気に残りのビールを飲み干して席を立とうとしたボクに、彼女は言った。
「ごめんなさい、ほんと。そうだよね、どこの誰とも知らない女にあれこれ詮索されたら誰だってイヤだよね」
ジョッキを両手で抱えて、うな垂れて彼女は言った。
「私、言い過ぎだよね・・勝手にあれこれと。ごめんなさい」
彼女は下を向いてしまった。
ボクは苛々の矛先を失って席に座りなおした。そして、思った。
そうだよ、何でオレ、こんなに苛立ってんだろう・・・。
茶蕃館が見えたから?ここが恵子と来た店だからか?
それとも、思い出が溢れてる界隈に、もう他の女と来てる自分にか?
「いいよ。飲もう?!」
彼女は顔を上げて、ボクを見て言った。
「怒ってない?」
「あぁ、怒ってないよ、もう」
「うそ、顔が怖いもん」
そんな、仕方ないじゃん、スペアの顔なんか持ってないんだから。
「ほら、怒ってないってば!」
ボクは無理やり、ニ〜っと歯を見せて笑った顔をした。
優しいんだね・・君、と彼女は涙ぐんだ目で言った。
「泣くことないでしょ・・何も。そこまで怒ってないよ、オレ」
「だって、ほんとに帰っちゃいそうだったじゃない・・」
またウルウルしてきてる、彼女。
真由美
しばらくグスグスしてた彼女が、チ〜ンと鼻をかんで言った。
「本当のこと言うとね、私さ、少し前からキミの事がすごく気になりだしてね」
「今日は来るかな・・とか、来たら来たで、もう帰っちゃうのかな・・とか」
ゴメンね、おかしいでしょ?と泣きやんだ後の少し赤い目で無理やり微笑んだ。
「どうして、いつもマンデリンなんだろうとか、何か訳があるのかなって」
彼女は気を取り直したようにボクを見て、言った。
「気になって気になって仕方が無くなって、考えて考えて自分でやっと分かったの」
「・・・君の事を好きなんだって」
暫く二人とも黙ってしまった。
ボクは投げられた直球を真正面に受けていいのか、受けずに流していいのか分からなかった。
「あ、いいの、無理に答えなくても。勝手に思って勝手に言っちゃっただけだから!」
また、無理やりに微笑んで言った。
「飲も?ね?!あ、何か食べない?!」
「うん・・」
間抜けだな、オレは。こんなにストレートに言われたのに、洒落た答えの一つも言えないなんて。
「焼き鳥は、塩とたれ、どっちにする?」
「どっちでもいいよ、どっちも好きだから」
じゃ〜ね・・・とお品書きを見る彼女を、ボクはさっきよりは随分と近くに感じる様になっていた。
「好き嫌いって、ある?」
「ないよ、何でも食べるから」
すみませ〜ん!彼女が店員さんに色々と注文してる姿を見て、ボクは自己嫌悪に陥った。
ガキなのかな、オレって。彼女に嫌な思いをさせちゃった。
「私ね、焦ったんだ。君が学校の人にも言われたて言ったでしょ?」
「あ、私の他にも君を好きな人がいるんだ!って思っちゃって」
「そんなんじゃないと思うけど」
ボクはそう言いながらも、ヨシカワさんの顔を思い浮かべてた。
そうかもな、きっと。でも何で?なんでオレなんか・・。
「だから根掘り葉掘り聞きたかったの、君の事。ゴメンなさい、詮索して」
「いいよ、もう。知りたい事があったら聞いて?」
「お答え出来る範囲で、お答えしますから!」
「あ〜、何か偉そうだよ?その言い方」
彼女が笑ってボクもホっとした。
ボクは、出身地と名前、学部を言った。
「何か、入学の自己紹介みたいだね!」
と彼女は笑ったが、しょうがないじゃん、まだお互いに何も知らないんだから。
それもそうね、と彼女も自己紹介をした。
彼女の名は、田中真由美、21歳。埼玉県の川越出身で、高校を出てから新宿にある文化服装学院に入学したが、課題の消化に明け暮れる日々に嫌気がさして、昨年、中退。
そして、帰って来いと言う親には「勉強する事を探したいから、自分の事は自分で何とかするから、もう少しこのままで」と言って、一人暮らし中・・・との事だった。
「へぇ、自活してるんだ、すごいね。大変じゃないの?」
「そりゃね、大変よ。この辺は家賃も高いしバイトの給料は安いし、贅沢は出来ないよね」
ボクは聞いた。
「服のデザインって、大変なの?」
「うん、大変。自分で好きな服を作るだけなら楽しいからいいんだけどね、デザイナーを目指すとなると、売れる服、いい服を作らなきゃならないでしょ?そうなると、楽しいだけの趣味じゃなくなるんだよね」
「うん、難しいんだろうな、そういうのって。オレなんて一年中、Tシャツだからお洒落な服なんて持ってないし」
そういうコトじゃない、と真由美は言った。
お洒落かお洒落じゃないかは受け取る方の感受性の問題であって、着る人が着ればただのTシャツでもとんでもなくカッコよくなるのだ、と。
人に、これはいい、買いたいと思って貰う服を作るには、センスと腕と最後に運も必要なんだと言った。
真由美は熱く語った。服について、デザインについて。
それこそ身振り手振りを交えて。
そんな真由美を見ていて、ボクは聞いた。
「服、本当に好きなんだね」
「でもさ、そんなに好きなのにどうして中退しちゃったの?」
真由美は、中退した訳は自分には才能とかセンスが無いんだってコトを嫌ってほど思い知らされたから・・とだけ、小さな声で言った。
「ゴメン、オレ、無神経なコト聞いちゃったかな」
「ううん、いいの。私には、無理だったってだけの事だから」
真由美は微笑みながら首を振って言った。
誰にでもあるんだな、心の傷が。
「ゴメンね、湿っぽい話ししちゃって!ね、飲もうよ、もっとさ、パ〜っと陽気に!」
「うん、飲もうか」
ボクらは、それからかなり飲んで語った。
真由美は途中から酎ハイを頼み、ボクはひたすら、生。
「ね、ノブさん」
「何ですか?マユミさん」
いつの間にか、ノブさん・マユミさんと呼び合っていた。
酔っていたせいもあって。
「ノブさんは・・・好きな人、いるんでしょ?」
「あ、答えたくなかったらいいからね?!」
「・・・いた、な」
過去形なの?と真由美が聞いて来た。
「うん、過去形だけど、現在形なのかな。自分でもよくわかんないんだ」
ビールのせいか、ボクは本音を語っていた。
ボクは、恵子との出会いから突然の別れまでを真由美に話した。
どうしてなんだろう、今まで誰にも話さなかったのに。お酒のせいか?
それとも。
「かわいそう・・」真由美は泣き出していた。
「どうして?ねぇ、どうして死んじゃったの?恵子さん」
「ノブさんと、これからって時に、どうして?!」
事故だったからね、仕方ないんだよ、としか言えなかった。ボクだって、どれだけ、その問いを繰り返したことか。
「かわいそう、ノブさんも」
「一人で残されちゃって・・・ノブさん、かわいそうだよ〜!」